悠久の戦の始まり

大義名分

 古来から高原の枠組みというものは五大部族によって受け継がれていた。

 近年そういった枠組みというものは崩れている。幾つかの部族の繁栄というものがあり、その影には幾つかの凋落があった。


 枠組みの外にいた五大部族以外のものたちは、その流れを歓迎して繁栄するものたちを支持した。五大部族以上の力をつけた部族もいたが、やはりその名声というものは及ばぬ所がある。





 見渡す限りの草原のなか、何十となくラークが並んでいる。

 それを護るようにして騎兵が並び、その後ろに隠れるようにこの部族の特徴とも言えるシャーマン達が並んでいる。


 彼らは風の魔法を巧みに操ることが出来る。無理な魔法は身を滅ぼすが、少しの奇蹟でもこれほどの数が集まれば偉大な力となるであろう。

 彼らの本分はいくさではないが、自衛のためなら当然戦いに向かう。


 シャーマン達の前に騎馬の戦士がならんでいる為、彼らの能力魔法で攻撃すれば当たり前であるが、味方の戦士は巻き込まれる。


 騎馬の戦士たちは戦っている以上前に出なければならない。彼ら戦士のプライドがそうさせた。


 ひ弱なシャーマンを前列に屈強な騎馬兵を後列になどとはことわりからいっても合わないことだ。シャーマンに敵の騎馬兵の突撃を止めることなど出来ないからだ。


 しかしシャーマン達のなかにはむしろそうさせろと言わんばかりの鬱憤うっぷんが溜まってきている。


 太陽が頂点に達するよりは少しばかり前の時刻、毎日押し寄せる敵の攻撃が来る時間だ。

 いつも同じ時刻に同じような攻撃を反撃することなくただ守り受けている。その負担をおうのがシャーマンたちであった。


 大地を駆ける騎兵の足音は、馬の嘶きと共に響いてくる。騎兵の一団が突撃してくる様は見るだけで十分な恐怖を煽るものであるが、彼らはそれにしまっていた。


 敵の攻撃は騎馬の突撃ではなく、騎射であった。自軍は動かずに相手は移動している。こちら側の戦士も弓で応戦はするものの、射程ギリギリのところを敵の騎馬は駆け抜けている。相手は射ちたい時に少しばかり近づけばよいが、それを見てから放っても、もうその矢が届く頃には騎馬は走り去っている。


 先頭を行く敵指揮官が「行くぞ!」と勇ましく合図をだす。その瞬間一瞬だけ敵騎馬と味方本陣の間隔が狭まり敵の放った矢は次々と本陣へ迫る。狙いもそこそこではあるが、無数の風切り音と共に迫る矢は、無防備に当たれば当然死を意味する。


 敵の騎射による攻撃は確かに脅威ではあったが、被害は無かった。なぜなら、シャーマン達が防いでいたからだ。


 シャーマン達は役立たずの戦士たちに不満を持つのは当然であった。それを感じ取っているが鼓舞をするため演説をする。


「敵の攻撃は大した効果はない!――」

 誰が守っているんだという呟きがあった。

「――守っていれば援軍が来る!――」

 まらられたんじゃないか? と誰かが言った。

「そうなれば我らの勝利である!」

 いったい誰のためのなんの勝利なのか、という疑念が皆の心に浮かびつつあった。


 ヴァチェの率いる軍には大した被害はない。しかし打つ手がなくなにも出来ないという状況に彼らが陥っているのは、緒戦の失敗からであった。

 ヴァチェは一人だけで叫んでいる。



 ◆◆◆



 ――さかのぼること七日前。デイドは五十の騎兵の率いてヴァームの本拠地についた。

 その手には槍を持ち、部分的に身を護る、簡易なプレートメイルを纏っていた。不動の鎧もなく、愛刀も捨ててきたため、ワンユ族の武器庫にあった槍と鎧を借り受けたいたのだ。

 漆黒のツーチャに跨がり、槍の先端に輝く白銀の刃に一点真紅の短髪が揺れている姿はまさに威風堂々としており、見るものはほれぼれする姿である。

 新しい槍はまだ手に馴染んでいないが、振り回すのには十分な鍛錬をデイドは普段からしている。

 傍らには同じようにベーラーとバティが控え、彼らも槍を持っていた。


「大義名分は我にあり!」


 デイドが叫んだ。

 襲撃を予期していたヴァームはすぐさま二百の騎兵を繰り出し、ラークの前に展開する。交代で臨戦態勢を取っていたのだった。


 デイドの言葉に応えるようにヴァームの将が前に出てきた。


「これは我が義弟のデイドではないか。そのような出で立ちはどういった要件か?」


 ヴァームの将はアーヴィの次男ヴィンであった。白々しい台詞にもデイドは全く動じずに応える。


「我が妻モーカとワンユ族長クロガネ殿の不当な拘束をとき開放してもらいたい。手段は選ばぬ。一騎打ちでも軍による戦でも力ずくで奪い返すつもりだ」


「軍とはそれっぽちの部隊のことか? 手段を選ばぬのなら、羊百と軍馬百を貢いでからいうのだな」


「その言葉、一騎打ちの申し込みととった! 尋常に勝負」


「望むところだ!」


 ヴィンはヴァームの中でも軍拡主義であり、武芸で並ぶものは居なかった。従って長子のヴァチェ派の急先鋒に当然のように収まっていた。ただその自信は小さな部族では通用しても、広大な高原では通用しない。


「はっ!!」とデイドがツーチャを駆る。

 一瞬で両者の距離は縮まり、デイドが槍を横薙ぎにする。

 ヴィンもなんとかそれを受け止めるが、一撃で手が痺れてしまう。すぐさまデイドは上段に構え槍を振り下ろす。なんとかヴィンも槍を弾いて切っ先を反らす。隙きができたデイドに一撃を喰らわせようとヴィンは槍を突き出した。しかしデイドに軽く弾かれてしまうとすぐにヴィンは距離をとった。

 デイドにとっては普段の襲撃で一騎打ちは手慣れたものであったが、ヴィンはたった三合で命の危険を感じたようだった。


「いっ、一騎打ちなど野蛮である。軍同士で決着をつけようではないか!」


 デイドはその言葉に無言で槍を収めると、自軍へと戻った。それをみてヴィンも逃げ帰るように自陣へと戻る。


 その数四倍の差である。ヴィンは突撃すれば勝てると判断したのだろう。すぐさま自軍に命令を出した。


「突撃!!」


 勇ましく言う声は自分を奮い立たせるようで、ヴィンは突撃する軍の後方に居た。幸か不幸かそれでヴィンは生き残ったのだった。

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