影の力


 ワンユ族の兵士は優秀であった。ソペニアの哨戒部隊の合間を縫って本拠地のそばまで、発見されることなくたどり着くことができたのだ。

 それは百騎という少なさを更に分割し、またその高い機動力が味方していたこともある。


 丸二日かけて移動をした。その間ソウエイは馬に乗り、デイドの側にいて様々なことを話していた。ソウエイ側に居た目的は、出来れば移動中のトバモンホを発見したく、巡らせていた偵察網との連絡を取るためであったが、そのおかげでデイドはますますこの若武者のことを気に入っていたようだった。


 ソウエイは姉のハクエイのことや父であるクロガネのこと、亡き兄のこと、そして自分が宝具を装備しても、クロガネほど力を引き出せないことなどを語った。デイドもモーカのことや、ベーラーやズゼンのことを語り、ゴティウに父親が殺されたことなどを語っていた。


「デイド様。私は悔しいです。もっと力があれば、ゴティウの寝首をかいてやるものを……」


「ソウエイ殿。ありがとう。しかし、俺はそれを望まない。それにゴティウがモーカを拐えと言うはずはないんだ」


 ソウエイはデイドの言葉を受けて不思議そうな顔をした。トバモンホはソペニアの武将であり、ゴティウの命令を聞いているはずだという、当然の疑問だろう。ソウエイは、デイドに対して尊敬の念を込めつつ失礼の無いよう発言をした。


「デイド様、私など呼び捨てで構わないです。なぜそう思われるのですか?」


「ではソウエイと呼ばせてもらおうか、ソウエイも俺のことはデイドと呼べよ?」


 滅相もないとソウエイは固辞した。デイドは齢にして四つしか違わないのだから、クロガネと比べてかなり近いではないかと言うも、ソウエイは様を外して呼び捨てはできないようだった。


「俺が成人するずっと前の頃だ。年に一度の会合の度に俺たちはよく遊んでいたのだ。俺とベーラーゴティウとな。ゴティウは年上であったが、昔は兄のように思っていたものだった」


「そうだったのですか。デイド様はゴティウをよくご存知のようですね」


 デイドは遠くを見ている。その先に映るのは遥かな草原の大地ではなく、遠い日の思い出である。戻りたくても戻れない、平穏だった日々はいったい何故壊れてしまったのか、デイドにはわからなかった。クロガネはなにか知っているようだったが、ソウエイは何も知らなかった。

 ズゼンは当然何も言わないし、クロガネに問うてもきっと今は答えてくれない。


「ああ。成人する前の頃だった。モーカと知り合って、間もなく結婚するという頃、ゴティウと会ったことがある。『お前には勿体無い女のようだが、祝福しよう。お前たちの絆は俺が保証する』と言った。やつは二言のない男だ。それはきっと今も変わっていないはずだ」


「しかし、ソペニアの武将がモーカ様を拐ったのではないですか?」

 ソウエイは、ゴティウがきっと変わったのだと思っているのだろう。非難の色の強い声音であった。そんなソウエイを宥めるでもなく、同意するでもなく、デイドは淡々と語った。


「昔モーカに言われたことがある。『将来ゴティウは部族を大きくできても、皆が付いていかないでしょう。反対に貴方はきっと小さくても、大きくても皆付き従ってくれるでしょう。もちろん私も含めて』といわれたことがある。その時は、単に俺のことをおだてて褒めてくれているだけだと思っていた。だが今はその意味が少しわかった気がする。ソペニアは一枚岩ではないのだ」


「部下を纏めきれていないと?」


 ソウエイはデイドの意図を汲もうと思考をめぐらしているようだった。


「そうである、とも言えるし、そうでもない、と言えるだろう」


「難しいです」


 デイドは、ソウエイは素直であるな。良いことだと言いつつ、その答えをソウエイに教えた。


「ソペニアは父殺しと盟主殺しの汚名を背負ったゴティウの元にある。力がすべての高原であるから、皆表向きは従う。そして帝国からの物資や資金の援助がある。その背景からその財力は高原で並ぶものは居ない。部下にそれが目当てのものも多い」


「なるほど、力と財がある限りは盤石なのですか」


「そうだ、しかしそれが失われたら瓦解するだろう」


「となれば、今回はその力を削ぐ楔も打てるということですね」


 その言葉を聞いて、デイドは大きく目を見開いて驚く。ソウエイが自分と同じ視点で結論に至ったのに驚いたのだ。しかし、ソウエイはそれを怒りを買ったのだと思い肩をすくめて目を閉じたのだった。


「いや、怒ってはいない。これはチャンスでもある。誘拐してたった百騎に取り返されたとあっては、ゴティウの評判は地に落ちるだろうからな。だがそれは目的ではない」


「はい。失礼いたしました」


 ソウエイとの会話を楽しむ程度にデイドは落ち着きを取り戻していた。しかし、胸のうちにはこれかの戦いを控えて煮えたぎる思いを封じている。

 一刻も早く救出に行きたい気持ちを抑え、偵察部隊から伝わってくる情報を冷静に分析するのだった。

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