儚い勝利
デイドが深追いをしなかったのは、好機と見なかったわけではなく、単に余裕がなかったからだ。
捕虜は次々と捕まえていたが、それだけでは何の役にも立たない。また、虎の子の騎馬もいきなり消耗して使い切ったらそこで全てが終わってしまうとわかっていたのだ。
すぐに捕虜を連れて敵本陣からの追撃を警戒しつつ一時撤退をする。
死んだ馬はどうしようもなかったが、生きている馬は連れていった。
つまり、捕虜は馬を奪われて最前線に立たされたのだ。
もし、戦の機微を理解できる敵将が居て、全軍をだし短期決着を断行し、反対派の決起も起こさせないような将がいれば、デイドは撤退するしか無かった。
しかし、そのような将はおらず、デイドがかけた将星の元に訪れたものは、この緒戦の勝利であった。
「聞け! デイド様はお優しい。お前たちを殺さない。しかし!――」
バティが地を震わすような大声をあげている。
「――逃げれば容赦なく殺す! 」
捕虜は五人一組になってた。鎧は奪われている。手に持つ武器はみすぼらしく、短剣やただの棒きれのようなものさえある。
「――これは例外なく行う。敵から逃げたら殺す。五人ともだ。よく覚えておくことだ」
捕虜の目には絶望しか無い。同胞と戦わされると悟っているのだ。
デイドは仲間には優しかった。しかし必要ならば、敵に情けなどかけず、非道もする。殺しもする。
有効であるなら、兵力の増強のため、捕虜を戦わせることに戸惑うことはない。
それは、味方を守るために行うのだ。
これはバティが提案したことであった。それをデイドは採用した。しかし、もしバティが提案しなければ、デイドはその案を腹案としてだして実行するつもりであった。
これによりヴァームは、迂闊に追撃のために突撃することができなくなった。
次の日、デイドは騎馬隊を率いて、敵本陣に騎射を行った。
騎射を行った後、すぐに逃げるデイドたちへ、ヴァーム兵は追撃をかける。
しかし、そこに待ち受けたのは、つい先日まで隣りにいた哀れな姿をした仲間の壁であり、その後ろから放たれる矢の雨であり、反転したデイドの率いる騎馬隊の突撃であった。
ヴァームはそこで、さらに手痛い損害をだしてしまったのだ。
更に次の日、デイドは騎射を行った。その時からヴァームは守りに徹した。彼らが守りに徹したのは理由もあった。
騎射は大した効果は無かったのである。騎射による被害はなかった。
騎射には大した効果がないという効果があった。ヴァームはそこに集中する必要があった。
そのため、ワンユの精兵はヴァームの羊を簡単に奪うことが出来た。
緒戦の結果、デイド達は敵の食糧と兵士を奪うことに成功したのだ。
想定の範囲内であったが、事はデイドの思い描いた通りの結果となり、勝利と言えるだろう。
しかし、デイドたちにはわかっていた、これがただの前哨戦であって、これから始まる過酷な戦いの幕開けに過ぎないことを。
◆◆◆
あるワンユの兵士が手慣れた手付きで馬を解体していた。
デイドはそこに通り、その兵士に声を掛ける。
「死んでしまったか」
兵士は単純に声をかけられたことに驚いたようだった。高原の部族に身分の差というものはあまり無いが、他部族の族長とただの一兵卒ではさすがに差というものはあった。
「はい! 大事にしろとの事でしたが、申し訳ありません!」
デイドは馬は好きであった。解体されていた馬が手負いであったと知っていた。
デイドは、馬をなるべく死なないようには計らった。当然理由はデイドが馬好きであるからではなかった。
「そう緊張されるとこちらも緊張してしまう。普通にしてくれないか?」
兵士「はっ、はい!」と肩に力をいれて返事をする。デイドは、やれやれと思いながらも兵士の年の頃がソウエイと同じくらいであると、見てとった。デイドにはあまり自覚はなかったが、高原に自分のうわさのようなものも、もしかしたら武勇伝の如く流れているのかもしれないと考えた。
「あ、あのデイド様」
「なんだ? 遠慮せず言ってくれ」
「ソウエイに聞きました。デイド様直々に
「そうか、そうか」とデイドは喜んだ。デイドもきっとソウエイはそう思っているだろうとは感じていたが、他人からそう思っていると聞かされると悪い気は全くしなかった。
「それで、ソウエイはしっかりとお役目を果たしているのでしょうか?」
「お前達がどう言っているのかしらないが、俺はソウエイを立派な男だと……、まあ男になるだろうと思っている。心配などいらん。お前もこの戦で生き残るのだぞ」
はい! と周りが何事かと見られるほど大きな声をあげたのを見て、デイドはその場から立ち去った。
デイドは名でも聞いておけばよかったと思ったが、また会ったときかソウエイにでも聞けばよいかとそのままにしておいた。
そして、決してこれ以上の味方の犠牲はだすまいと、新たに決意を固めるのであった。
そして、そんなデイドの背中に、遥か遠くから来ている軍馬の足音が、直ぐ側まで迫っていたのだった。
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