こぼれ話――男の料理?

 戦場で七日目が過ぎようとしていた夕暮れ前に、バティとベーラーが言い争いをしていた。

 この二人はなにかとウマが合わない。


「肩肉だ」とバティが言う。


「いや、モモ肉だ!」とベーラー言った。


 五人の捕虜には緒戦で組んでいた五人のワンユの兵が見張りとしてついていたが、デイドは決して捕虜に対して不当な扱いをさせなかった。

 彼らに不当な暴力をふろうものなら死罪と軍規は徹底した。

 鎧も武器も無い捕虜は相手がワンユ族であっても抵抗はしなかったし、ワンユの兵もそれは守っていた。

 しかしあるワンユ兵が食料の配当を、捕虜には傷んだ内臓と骨しか渡さず、仲間にも隠して自分だけで独り占めしていた。そのことが発覚した兵士は百叩きの刑にされていた。そのことは捕虜も含めて皆に知れ渡っている。



「バティ殿、やはり筋のあり、手間のかかる肩肉を渡すなど非道ではないか?」


「モモ肉の方が旨いのだから、そっちを我々でもらえばいい話だといっとるのだよ」


「いや、いや。モモより肩肉のほうが旨いのでは?」


「ならば、その旨い肩肉を渡せば良いではないか?」


「それはバティ殿がモモ肉を食べたいだけであろう?」


 そこに捕虜がやってきた。「あの……」と声をかけるが、言い争っている二人は気が付かない。

 捕虜は羊を解体していたベーラーとバティに配当を貰いに来たのだった。二人の言い争っているので仕方なく終わるまで待つようだ。


「だいたいベーラーは単純な理さえ分らんのだから、一の将など務まるものではないぞ」

 いつも飄々としているバティもベーラーが意見を曲げないので、頭にきているようだ。


「その理というのは好きなものを残したいからの理屈ではないか」


 ベーラーは頭より直感で物事を判断する。非道は許せんと緒戦の捕虜の件は反対した。しかし有用性は理解して黙ってその計略には従った。

 今バティがあれこれ理屈を言うのは、好きなもも肉を残したいがためであり、それは図星であった。それはお互い様であったが、二人の口論はどんどん熱くなっている。


 それを見かねた捕虜が言った。


「二人で勝負すれば良いのでは? それぞれ肩とモモと調理して美味しいと認めさせるのですよ」


 それが良いとベーラーもバティも声を揃えていった。そして二人の料理対決が始まった。

 それをみて捕虜は「このモツ(内蔵)と骨を貰っていっての良いですか?」と二人に尋ねた。


「臭い内臓などいらん!」とベーラー。

「食えない骨など好きにしろ」とバティ。


「感謝します」と捕虜は丁寧にそれらの材料を貰って帰ったのだった。



 ――一時の後二人の調理が終わった。

 どうだ!と言わんばかりに二人は肉の塊を差し出す。



「バティ殿…、これはちょっと焦げ臭いのでは……?」


「ベーラー、これはちょっと……筋が残り、噛み切れんぞ?」


 そこへ美味そうな料理の香りが流れてくる。さきほどの捕虜が骨からスープを取り、モツを煮込んでいるようだった。


「モーカ様の料理がたべたいなぁ」


「そうだな……」

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