幕間――陰謀の切れはし

 ヴァチェの本質というところは他力本願というところにあるだろう。

 それはソペニアにこうべをたれたことで、はっきりと顕在化することになる。

 彼が兵士たちを鼓舞する源となったのは、ソペニアから援軍がくることであり、それまで守れば勝利するはずだという他者依存である。ヴァチェは自らの力で導くことを放棄してしまったのだ。


 緒戦では確かに負けとなった、しかし勝敗は決していない。


 ヴァチェは援軍を求めた。コーネストまで馬で飛ばせば二日かかる。使者をだして援軍を求めた。

 僅か三日後に返答が来た。ソペニアからの書簡を携えた使者が到着したのだ。使者は影の民であり、奴隷のようだった。

 ヴァチェは奴隷のくせに律儀に使者をする影の民を馬鹿にして横柄な態度であった。

 そして返答の伝令が一日で走破できるからとはいえ、影の民の奴隷であったことが、ソペニアにないがしろにされているということに気が付かなかった。


 彼の伝令は影の民ではあったがで、学もあったが奴隷の身分だった。



「さすが亜人、文字をしらんとは愚かなやつ……」


 書簡を渡した時に伝令は嫌悪を隠さずに口にした。

 高原の民は文字を持たなかった。神秘は口伝で伝えられ、一子相伝の口伝もある。

 帝国では神秘や秘伝を文字に宿して大編纂し、それを全て伝えている。高原では文字を知識を奪われるものだとして忌避していた。


「文字など帝国の浅はかな知恵であろう。我々の力に敵うものか」


 とはいっても、読めないものはしかたないので、嫌味を言いつつもこの伝令にヴァチェは内容を問わなければならない。

 プライドなどあったものではなかったが、その内容は知らなければ話にならなかった。

 ヴァチェは書簡を伝令に読み上げさせた。


「なんともいや。その二つとも理解し難いものがある」


 伝令はヴァチェの反応は予め予期していたらしく、これといってなにも感じていないようだった。そして懐から小さな袋を取り出した。

 それは七色に輝く宝石であった。ヴァチェはそれに目を数秒奪われる。


「それは羊の代金……、だそうだ」


「奪われている羊のことはわかった。そうしよう。それでもう一つ、その事は他言するなといわれているのか?」


「言いたければ言え……、だそうだ」


 ヴァチェの出した使者にはただ援軍を求めるとしか言っておらず、使者はデイド達が羊を奪っていることは知らなかったはずだ。

 羊を食料として奪われているなら全て殺せとは、はえらく状況を読むのに長けているとヴァチェは思ったのだった。


 宝石は羊の対価として申し分なく、食料をこれ以上奪われず、軍を率いてソペニアに降りさえすれば、ヴァチェの地位は保証されるという。断る理由はなかった。

 そして、帝国に伝わる聖典に記された高原にまつわる秘伝というものの事実をヴァチェは知った。真偽はわからなかったが、それを確かめるためにおあつらえ向きな人物は、すでに手中にあった。

 それを他言しても良いということは、モーカ達にそのことを質問してもよいということである。

 なにかしらの反応はするはずであったので、ちょっとした用事を済ませてから、ヴァチェはモーカ達のところへ向かうのだった。


 ◆◆◆


 ヴァーム族のラークの中。モーカは父のアーヴィとワンユ族長のクロガネと一緒に厳重な監視の目のなか閉じ込められたいた。


 影の民の肉体的なピークは短い。

 体内に魔素を二つ持つため、異能は発揮されるが、その生涯のうち、使える期間が限られる。

 異能は擬態、影隠れ、俊敏性にすぐれるという所にある。


 クロガネもピークはとうに過ぎていたが、宝具である疾風の靴をはくことで、往年とかわらない速さというものを維持していた。

 ソペニアの伝令が一日でコーネストから来たが、それと変わらぬ能力を維持している。普通は四十代ともなればほとんどケモノとしては全く走れなくなるので、それは驚異的であった。


 しかし、よる年波には勝てなかったようで、クロガネは腰が痛いと嘆いている。それを見てモーカが優しく話しかけた。


「同じ姿勢ばかりでいるので、ご負担になっているのでしょう。少し指圧でも致しましょうか?」


「このような監視の中ではあまり変な動きはしないほうがよかろう。なに、これしきの痛み宝具が戻ればなんということはない」


「それではまたお身体に障ります。痛みのあるうちは安静にしているのが一番ですよ」


「ふん。まだ若いのに情けない」


 とアーヴィが言う。アーヴィはクロガネよりも更に年は上であった。

 クロガネは嫌味を言われるが、その返答をすることはなかった。

 ラークの外で異様な音が聞こえてきたからだった。突風がラークを揺らし何かの断末魔を届けてきた。おそらく鳴き声から羊のようではあるとその場の者は皆思った。


「なんじゃ!?」とクロガネが驚きの声をあげる。対する二人はある程度の心あたりはあったので、何故そのような蛮行にいたったかを思案しているようだった。


 すぐにその異音は止み、ラークの中にヴァチェが宝具を着けて入ってきた。


 それを見てアーヴィは声を上げる。


「お前がその魔導の籠手に認められたと思うな!」


「何故そのようなことを仰るのですか。俺は十分に使いこなせているだろう」


「兄上。いったい今何をしてきたのですか?」


「それは何故か? と言う問だと思うが、ソペニアが羊を買ってくれるそうだからな。憎きアジータに奪われるくらいなら皆殺しにしたのだ」


「貴様! この高原に生きる命をなんだと思っているのだ!」

 思わずクロガネが叫ぶ。羊は家畜であっても好き勝手に殺すような対象であってはならないのだ。高原にいきる人々はその生命に感謝して日々生活をしている。

 欲に目がくらんだヴァチェの行動は、高原にいきる理をもつものには激怒をもって非難されるであろう。クロガネでなくても怒りをいだくはずであり、その場にいた監視の兵も含めて一同はその行動に驚愕していた。


「些末なことだ。それよりお前たち三人に聞きたいことがある」

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