ソウエイの役目
ソウエイは総大将と担ぎ上げたれたが、実質的な総大将はもちろんデイドであった。
ソウエイにも担ぎ上げられたと自覚はあったものの、役目というものは理解して全力を尽くしていた。
デイドの側近につける連絡役の選定、捕虜に対する軍隊内の統制、移動した本拠やコーネストからの連絡など、
アジータにおいてであれば、デイドは絶対的な命令権というものを確立してはいた。しかしそれがそのままワンユに適用されるなどとは思っていなかった。
他部族のことは知らないデイドにとってみれば、ワンユの事はワンユの人間に決めてもらったほうが都合が良かった。
ソウエイはデイドの意図をよく理解していた。
デイドがあれこれ直接指示するよりも、ソウエイの決めたことなら従おう、という雰囲気ができあがっていったのだ。
命令の伝達はワンユの役目であって、それが滞りなく伝わることが肝要であった。
デイド達もまず敵援軍を警戒した。
部隊行動中にコーネストを出発したソペニア軍に奇襲や挟み撃ちを受けないように、哨戒網を敷いた。移動した本拠を狙われ無いようにする配慮も必要だった。
コーネストの動きは逐一報告は上がっていたし、移動している本拠への指示――必要な物資の補給などを行う必要があった。
それらをソウエイはデイドを支える為に全身全霊を尽くして注視していた。
そういった情報は全てソウエイの元に集まっていて、なにか動きがあれば最前線に立っていたデイドのもとに即座に伝わった。
当然そこにワンユの将兵が居た。その役目を誰が果たすのかが問題であって、その指名はソウエイが行った。
その名はダラムと言って、質実剛健と評するのが相応しい老将の重鎮であった。
デイドは常に側に居る相手として、ダラムのことは適任であろうと感じていた。
ソウエイは相性がよいであろうという配慮に長けていて、適任を指名した。これはまだワンユにどういう人がいるのか知らないデイドにしてみれば、非常に有り難いことであった。
また、捕虜に対しての規律というものも、ソウエイが提言したものが多い。
ソウエイは密告を推奨することを提案した。
その案を聞いた時デイドはこういった。
「己可愛さに嘘の密告が上がるのではないか?」
その問いにソウエイは即座に答えた。
「実際に逃走するかどうか、見極めればよろしいかと思います」
逃亡を図ったという密告があれば、監視をおき成り行きをみれば良いということである。もしそれが嘘であるならば、その偽証をした密告者の指の爪は失われることになる。
そして偽証であったとしても、その五人は組み替えをすれば良いであろうということだった。
実際密告はかなりの成果をあげた。捕虜たちは皆疑心暗鬼に囚われたのだった。
以後ソウエイの作った軍規は絶対の法となり、一糸乱れぬ規律のある軍隊の礎となっていったのであった。
野営地でソウエイはデイドに言われたことをただひたすら待ち続けていた。
デイドから「必ず機というものが訪れる」と言われていた。その兆しを見逃さないようにするために敵の様子は逐一報告を受けていた。
ソウエイは敵が油断してきていると感じていた。騎射に慣れ、ただ少し守れば脅威が去ると判断しているのではないかと感じていた。
おそらく機が熟しかけているとソウエイには思っていた。
前線の部隊をベーラーとバティにまかせて、デイドがダラムを連れてソウエイの元へやってきた。
ベーラーとバティは補給や食料の配給の処理に追われているはずだった。
「ソウエイ怪我の具合はどうだ?」
デイドはまずソウエイの体調を心配した。かなり無理をしているのは見て取れた。
「いえ、後方に居るだけですので問題ありません」
デイドはそうかと応えるだけで、あまり無茶をするなと釘はささなかった。未だ年若いソウエイは多少のことなら、問題なかろうと判断したのだろうし、ソウエイの覚悟を無碍にしたくなかったのだ。
「コーネストから部隊がでそうという話だが?」
デイドが問いかけた。
「そのようです。もう残りの刻限は僅かでしょう」
「今一度確認するが、撤退と突撃の判断はソウエイに任せる。ただ未だ機は来ていないと感じている。ただのカンだが何かが起きそうな気がするのだ」
非常に曖昧で微妙なことである。デイドが直接本陣に来た理由であった。デイドの言葉にでる機微というものはさすがに人づてで分かることではなかった。
「私も機というものは、敵の油断している様子から訪れるのではないかと思います」
「まあ――、ソウエイ俺が言っているのはただの感覚のようなものであって、将星が輝いたかどうかと言うような次元の話だ」
「私にはよくわかりませんが……」
「理屈でものを言えば、挟撃をうけるのは危機であるが、受ける直前までなら片方しか相手にしなくていいという好機があるということだ」
「それはわかります。挟撃できると思った瞬間が一番敵が油断するのですね」
「いや、違う。そういう思い込みを捨てよということだ。機はいつ来るかはわからんが、待つしか無いということもある」
ヴァチェの蛮行が伝わってくるのは、このやり取りのあった翌日のことであった。
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