ズゼンの苦悩 三
ズゼンの肉体は張りきれんばかりに膨張する。鎧に肉が食い込み裂ける。持たざる者に対し鎧が血の代償を求めたのだ。
今すぐそれを脱ぎ捨てれば大事には至らないであろうが、当然ズゼンがそうすることはない。
「ここで誰一人とズゼンの供とすることは許さん!」
集団のなかに幾人かがその覚悟を決めようとしていた。しかしデイドはそれを許すつもりはない。うまく霧に隠れた今、そのような無駄死にを容認することはデイドには出来ない。
日が昇れは霧は晴れ、丘の上に立つ不動の鎧をきたズゼンの姿は目立つはずだ。敵はそこに必ず向かうだろう。これ以上の囮となるものはないとデイドは判断したため、ズゼンをここに残すのだ。十分に湖を泳ぎ切る時間は稼げるであろう。
「若、これが天と星の意志なのじゃ。儂は本望であった、デイド様を御護りする立派な将になれと、バティに伝えて欲しい」
「皆ズゼンの姿を目に焼き付けよ! 必ず生きてバティへ伝えるのだ!」
ズゼンは全身の痛みにも構わず、満足げな表情を浮かべデイド達に背を向ける。その声は人ではないもののようでもあった。尋常ならざる力はその声さえも変質させてしまったのであった。
「一気に飛び込む。皆、金物はここで捨てて行け!」
目下にはすぐに湖が見える。その彼方には今は霧であまり見えないが、森林がある。バティはそこでデイドたちを今か今かと待ちわびているはずだ。
行くぞとデイドが思いを断ち切るように叫び、それに皆続いてゆく。
デイド達は運良く湿地帯から、湖の上流の方へ抜けたようで、対岸まではさほど距離はなかった。丘の上から薄っすらと対岸は見えていた。しかし騎馬でそこを渡るのは不可能である。湖に飛び込んだデイドは、作戦がほとんど成功したと言って良いとこまで来たと安堵した。
しかし春先の朝の湖の水は冷たく、身体にまとわりつく水はデイドの体力を根こそぎ奪っていくようであった。
対岸へつく頃には心身ともに消耗しきっていることであろう。
デイドはズゼンが思うよりもずっとバティの役割は重要であると考えていた。そしてズゼンがそこまで追い詰めて考えているとも思っていなかった。
消耗した部隊を速やかに撤退させるために、現場指揮の能力が高いバティをデイドは必要としていたのだ。
デイドもバティを休ませたいとう思惑はあったにせよ、適材適所に配置をしたに過ぎなかった。ズゼンはモーカを護れなかったことからデイドがそうしたと考えたが、そうではなかったのだ。デイドはただその能力を発揮してもらえば、なんら罪に問おうとは思っていなかった。しかし、ズゼンは罪の意識をぬぐい去ることができなかったのだ。
泳ぐデイドの姿は霧の湖のなか、見えなくなっていった。
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