心眼の首飾り五
デイドにとっての不幸は相手が如何に巨大であるか知らなかったことであり、ゴティウにとっての不幸はデイドが影の民と協力していることを知らなかったことだ。
夜も深く月明かりが地面を照らすコーネスト。その姿が普段の夜と違うのはこのオアシス都市が明るく照らされていることであり、異常なことである。炎に包まれた光景は幻想的であったが、死を纏う炎であり、穏やかならざるものである。
影の民たちは大量に油を染み込ませたフェルトを使い、軍馬を養うために大量に帝国から仕入れられていた乾し草などを燃やしていたのだった。
乾燥した空気は、火を家屋へ燃え上がらせるには充分であり、住人たちは我先に都市外へと逃げようとする。
しかし、門番の兵士は開門の命令のないことで、その通行を許さなかった。次第に増えていく住民達による暴動がおき、混乱が生じるのは時間の問題であった。
『カーン……カーン……カンカーン』
都市の中央から合図の鐘が鳴る。ソペニアの将兵は幾つかあるパターンの合図を完璧に覚えていた。もし間違えようものなら、ゴティウによって厳罰が待っている。当然その命令を遂行しなければ死が待っている。
しかし、その合図は門番の兵にとっては救いの鐘であった。門から遠ざけるために民衆を攻撃するより、門を開放したほうがよほどましで、その兵士の心は傷まないであろう。
ゴティウは指揮をするため都市を一望できる御殿の屋上に居る。それは都市内で一番高い建物で中心に位置している。鐘は御殿から鳴らされたのだ。傍らには少年がいた。
「あーいいのかなぁ、それ?」
フードを被った少年の台詞は非難めいていたが、いたずらをするときのように意地の悪い声であった。フードから覗く髪の色は、ぱっと見ただけでは生粋のオーガのように赤髪であるが、注意深くみると若干薄いようである。
「知ったことか」
非難を受けたゴティウはそう答える。彼にとって民衆が死のうが生きようがどうでも良いことであった。
ゴティウは民衆を逃がすために開門したのではなく、戦奴の往来の邪魔になるから開門したのだ。大人しく整然と待っていれば何事もなく消化されたであろうが、人間の心理は自分の命大事さに混乱をもたらす。
であれば、外敵から身を護る者のなにもない都市外に放り出してしまったほうが、混乱をもたらされるより、よほど有意であるとの判断だった。
ゴティウは非難をしてきた少年のことは嫌っている。少年の言うことなど一つも聞くものか、というほど嫌っている。金品、食料や資材などを帝国から調達してもらうのは有難かったが、その感謝をすべきはその少年の背後にいる人物であるから、ゴティウは少年に対して抱く感情は嫌悪がほとんどであった。
「きっと敵は開放した北門から入ってくるよね? あの人達は踏み潰されるかな? ふふっ」
ゴティウは楽しそうに嗤う少年にたいして侮蔑の目を向けるが、少年は気にしていないようだった。
「そして歩兵を千ばかり北門から
ゴティウは少年に対して何も言わなかった。ゴティウは自身の計画を簡単に見透かされていることに対してなにかいうのが腹立たしいこともあったし、この少年と会話をするのが苛立たしかった。
「たった千で大丈夫かな? あのオーガなら突破しちゃうかもよ?」
「問題ない」
なおも続ける少年に対してゴティウが一言、強くいう。たとえ千の兵を突破しても百を超える食客の腕自慢達とゴティウ自身にデイドが勝てるはずがないのだ。いくら怪力を持ってしても疲労はするし怪我もする。数の暴力の前に個人の力など無いに等しい。
デイドが仕掛けて来る時点で勝利したも同然であった。
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