幕間――トバモンホ――
「ひぃやっほーい」
栗毛の馬に跨がり、草原を駆けながら男が歓喜の声を上げる。脇には女性を抱えている。先程まで暴れていたが、腹に一発叩き込むと諦めたように静かになっていた。美しい女性であったが、奇声ともとれる歓喜をあげたにも関わらず男はあまり女性本人には興味が無いようだった。
男の名はトバモンホという。
かつては高原の一部族の長であったが、今まではソペニア部に降り一武将の地位に落ち着いている。元の部族は数が多く、それ故に高い地位を与えられていた。トバモンホはその地位と引き換えにソペニアから金銀財宝といった品や自分好みの奴隷といったものを手に入れていた。
彼は生粋の
特に混沌の血が混ざったオーガに対する差別というものが酷い。奴隷商が彼の好みの奴隷少年をつれてたら即断で購入するのだが、その奴隷が擬態する能力があると知れると途端に扱いが酷くなる。トバモンホの暴力に耐えられる混血種は少なく、ましては少年であっては最後にボロ布のように捨てられるため、奴隷たちはまず擬態は決してしないようにと新人には忠告していたのだった。
トバモンホという男は猜疑心と加虐心が強く、いつからか影の民のような混血種が奴隷商から仕入れられなくなったと気がつくと、奴隷百人分の価値があるマジックアイテムを幾つも手に入れた。
そのアイテムとは、擬態できる能力を強制的に強化するものであった。使い捨ての飲み薬であるそれを、彼は暇つぶしに奴隷に飲ませては、少しでも変化のあったものには懲罰として、変化のなかったものには褒美として暴力を奮っていたのだった。
弱者への暴力は、自身が強く有りたいという願望の顕れでもあり、それは決闘というものに初めて負けた時から始まった。
その時は負けた相手に対して恨みより羨望というものが勝り、その相手には今でも心酔していた。
自分に勝利した相手を絶対の神であるかのように信奉し、家臣として絶対の忠誠を誓ったのであった。
彼は主に対しては敬い、遜り、献身し、汚れ仕事であろうがなんだろうが命令には絶対服従をした。その反動として、自分の部下や奴隷に対しては同じようにそれを求め、強いていた。
トバモンホは主に自身の
トバモンホはそれが気に入らなかった。彼には高原で二番目に力があるのは自分であるという自負があったからだ。
それに、主の勢力に与する者たちが事あるごとにその
ある時トバモンホは主より賜った鎧を着て――自分で魔改造していたのだが――その
結果彼は、人生二度目の敗北を知ることとなる。
しかし二度目の敗北は彼にとって容認できないものになってしまった。
力が全てであった彼の前に立ちふさがった圧倒的な力を前に、トバモンホは自身が赤子であるかのような錯覚にさえ陥り、無様な醜態を晒すことになった。
彼がモーカを奪取できたのはほとんど偶然であった。
復讐の機会を得ようと何度となく出兵したが、直接アジータ族の元へと仕掛けることはなかった。
威力偵察という名目で、アジータ族の周辺部族を襲い、家畜を奪い、時には人拐いのようなことをしつつ、辺境の民を侵略するということを繰り返していた。
たまたま、同じ様に侵略行為を行おうと遠征していた道中に、偵察部隊がモーカも発見した。彼らにとって幸運であり、モーカには不幸であったことに、モーカたちはそれに気がつくことがなかったのだ。
トバモンホは、デイドがいないということを何度も確認してから、部下を捨て駒にすることでモーカを拐うことに成功した。
彼にとって部下の命の価値は、その成功に比べると幾ばくの価値もないものであった。
モーカを殺すのでなく、拐うことにしたのは、主のモーカに対する発言を何度か耳にしたからであった。
「ねぇ、そこのあなた、この雌豚ちょっと重たいのよ。代わりに持ちましょうとかいえないの?」
「は、申し訳ありません。直ちに――」
トバモンホの部下の首が飛び血が吹き出しながら落馬した。
トバモンホが右腕にモーカを抱えつつ、左腕で刀を一閃したのだった。
「謝るくらいならさっさと持ちなさいよね、そこのあなた――」
そばに居たもう一人の部下はいうよりも早くトバモンホの腕からモーカを奪い取るように抱え、事なきを得たようだ。トバモンホもさすがにモーカを抱えた部下の首を刎ねて万が一でもモーカに逃げられる隙を作るようなことはしないようだった。
「わたくし、こんなに強いのに、なぜやつに勝てないのかしら。でもこれがあればきっと勝てるわよね。主もきっと喜んでくれるでしょう」
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