心眼の首飾り三

 モーカは手足に枷をつけられて、監禁されていた部屋まで連行されている。

 モーカにとって、牢獄に入れられないのは有り難かったが、当然この扱いを受けるのは不当であると感じている。

 大人しくしているのは、暴れても敵わないことを理解しているからだ。従順にしていれば、シャーマンであるモーカを不当に傷つけることはないという判断もあった。


 モーカは一つここで、逡巡を抱えたいた。

 先ほどゴティウと対面したとき、一番重要であることを言えなかった。今からでも強引に戻って告げなければならないのかもしれない。この衛兵に伝言を伝えるべきなのかもしれない。しかし、それはともモーカは考えていた。


 モーカは知っていた。なぜゴティウが実の父親とデイドの父親を殺したのか、という理由を知っていたのだ。

 デイドはなぜゴティウがそのような蛮行に及んだのかを知らなかった。

 モーカがデイドにそれを告げていないのは、ズゼンに口止めされているからであった。


 モーカはゴティウがを知らない、と思っていた。そしてその予想はあたっている。


 当時ゴティウは自分のために行動したが、それは自分のためかつデイドのためであった。

 基本的な行動原理が己のためでしかないゴティウにとっては、その事件が人生のなかで唯一他人の為にしたことと言っても良いかもしれない。

 ゴティウも些細なことであれば、もちろん人のために何かをする。親殺しなどという後にも先にも無いであろう大事件を起こす理由が、ゴティウ自身以外にもあることが一大事なのである。

 ソペニアの長として他の部族を攻撃したり、帝国と取引したり、高原に覇を唱えようとすることは全部ゴティウ自身の為である。ゴティウにとって、デイドはそれだけの意味を持つ存在だったのだ。


 ゴティウはその理由をデイドは全部知っている、若しくはある程度は気がついていると思っている。モーカもそう予想していた。デイドが全く知らないとはゴティウは思ってもいないのだ。

 それはゴティウの根幹を覆す事実だ。

 ゴティウにしてみれば「デイドのためにしたことを、デイドは何も知らず事件から今までのうのうと生きていた」という事になる。


 デイドにその責任はないが、いつかきっとわかってくれると思いながら生きてきたゴティウはいったいどうするのだろうか。

 モーカにはそれが分からず、事実を言い出すことが出来なかった。

 もしかしたら怒り狂い、一気にアジータを滅ぼすかもしれない。デイドに告げなかったモーカを恨み殺すかもしれない。或いはただ事実をそのまま受け入れ特に何もしないかもしれない。

 ただデイドに事実のみを言うのかもしれない。


 しかしどれも、モーカにとって積極的に望むようなことではなかった。ならば何も言わぬのが吉となるが、知ることですべてが解決するという可能性は限りなく低いがゼロではないのだ。

 それに賭けるほどモーカは博打打ちではなかったが、逡巡が無くなる理由とはならなかった。



 モーカは衛兵に幾つかの質問をしたが、彼らは頑として口を開くことはない。そう厳命されているのだろう。さきほどのトバモンホの一件をみていたので、命令違反をする愚を犯すはずがなかった。

 足音がだけが響く暗く重たい回廊の中で、衛兵とモーカは背後の黒い影が蠢いているのに気が付くことはなかった。


 結局何一つ積極的に行動することが出来ず、モーカは監視が目を光らせる部屋に入るほかなかったのだった。

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