逃走のはて、答えを知るものは誰も居ない
逃げ帰った先で
眼が覚めたデイドの左腕には包帯が巻かれていた。
包帯の下には森で採れた毒を中和する薬草が気休めに挟まれている。デイドは何事かと思うが、森のなか眼前の人物をみて、状況を飲み込んだ。
デイドの目の前にはバティが立っていた。
太陽はもう既に昇っているようだが、濡れている為かまだ肌寒く感じる。おそらくまだ陽は頭の上には来ていないであろうとデイドは予測した。
森は豊かに茂っており、あちらこちらから生命の息吹を感じるようである。
「デイド様、気づかれましたか」
シュマダイの放った矢には遅効性である毒があり、もし鎧を貫通し、腕に突き刺さっていたらデイドの命は無かったかも知れない。
しかし、デイドは先ほどの体験が
目眩のするなか、地面には土の、空気には風の、太陽の熱には火の、大樹の夜露には水の魔素をそれぞれ感じ、それらが互いに反発しあうのを見た。
暫くして目眩が収まると、それらは見えなくなったが、何か南方へ魔素の流れというものが見えた。
恐らく先ほどの出来事の余波というものではないかと、デイドは予測した。
「バティか、俺はどのくらい気を失っていたのだ?」
「私が手当てする間だけでしたので、一刻ほどかと」
適切な応急手当てを施してくれたバティにデイドは感謝をし、やはりここをバティに任したのは正解だったとデイドは思う。
「何者が射たのでしょう。単純な毒というよりは、呪術の類いのようでありました」
「そのことは…また後でだ。先ずは速やかに撤退する――その前に」
デイドが珍しく云い淀んだ。バティにはデイドの言葉が何を示しているかは十分にわかっているようだった。
「ズゼンは誠、立派な最期だった。俺の鎧を着て血反吐を吐きながらも、その役目果たしてくれた」
デイドはズゼンの最後の姿、身体を変容させ、声までも異質となり、役目を果たさんとする姿勢であった、彼の父親の最期を伝えた。
「本望であったことでしょう」
デイドはこのようなときに伝えるべきか否か、一瞬の迷いをもったが、伝えるべきだと思った。そして伝えて良かったとデイドは思う。
バティにはズゼンの意志が伝わったはずだからだ。そのバティの顔に沈むところなどなかったのだった。
「この恩、一生涯わすれん。師であり、我が第一の将であり、命の恩人であるズゼン。この返し切ることの出来ない借りはバティ、おまえに返すことにする。そしてズゼンの遺言のとおりの将として活躍もこれから、より一層期待しているぞ」
バティの手筈は万全であった。影の民の能力を存分に発揮させ、敵の部隊がおらず、発見すらされることのない逃走ルートの選定は見事であった。
湖の北側を敵軍に発見されることなく悠々と走破することが出来た。
完全にゴティウはデイド達を見失っていたのである。
彼にとってみれば大失態であったろうし、デイドにとっては願ってもない結果となった。
モーカはコーネストから脱出できたのだ。それ以降の足取りは、さすがのワンユの精兵でも、ソペニアの大軍を挟んで連絡を取り合うことが出来なかったので不明であったが、その事はデイドに喜びと力を与えるのには十分な情報であった。
デイド達一行は一路、ワンユの本拠地を目指すのであった。
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