十六 夜更けにて
十六
私は空也の部屋にいた。
部屋の主であるところの雁金空也はこの場にはいない。
ツマミが無くなったから買いに行くと言って出て行ってしまったのだ。
私も一緒に行くと言ったのだが、いいからと押し戻されてしまった。
最寄りの店からここはそう離れているわけでもなく、この時間帯に空也が出歩くのは珍しい事でもない。
だから私はそれ以上食い下がったりはしなかったし、ごねることもなかった。
それを少し後悔しているのは、空也が戻ってくるのが遅いからだ。
「迎えに行こうかな……」
眺める時計の針。
長針がすでに数字を三つ分追い越して、もうすぐで四つ目も通り過ぎようとしている。
空也に限って危機に瀕しているなどとは思いたくないが、ユートピアに入ってからというもの私は妖関係の事側に敏感になっていた。
不思議な胸騒ぎと不安による動悸を感じているのだ。
「!」
携帯電話が着信音を鳴らす。
飛びついて画面を確認するとそこには桂御園の名前。
空也でないことに対して感じることはあるが、彼からの電話を取らないという選択肢はない。
気持ちが落ち込んでいるとしても、友人として彼をないがしろにすることは出来ないのだ。
「もしもし?」
「菊屋、調子はどうだ?」
「どうって……」
「約束の日は今日だぞ。忘れてないか?」
「あぁ! いや、時間って……」
「まだ余裕はある。俺は先に着いてるが……君は雁金先輩のところだろ?」
まったくもってその通りだ。
なぜ寮にいると思わないのか。
いや、寮に私がいないのを確認したのだろうか。
「日記、忘れてないよな?」
「ちゃんとつけてるけど……ちゃんと桂御園が狙った通りのになってるかは分からないよ」
「内容云々はそこまで問題じゃない。君が書いてることの方が重要、だろ?」
「そうかな……」
「そうだ。あぁ、一応店の人には二人でと言っているから……」
幾つかの言葉をかわして通話が終わる。
ふぅと息を吐いて時計を見るともうとっくに四つ目を過ぎていた。
次は五つ目だ。
「空也……」
こちらから電話でもかけようとして、画面に残った通知に気付く。
留守番電話を示す印が画面上に浮かんでいる。
それと共に不在着信の通知。
確認をすればそこには鯉山先輩の名前や冷泉さん、白壁姉妹といったここ一週間で私が出会った人たちの名前があった。
……若王子さんや相生さん、藤花さんの名前はなかったが。
「これは……?」
何かがおかしい。
桂御園と話して落ち着いていたはずの胸騒ぎがまた起き始める。
心の中が乱れる。
波が起きている。
これは一体どういうことなのか。
これだけの人間が一気に私のところに電話をよこすということがあり得るのだろうか。
確率的に言えば、どれほどの事象と並ぶことなのか。
空也が帰ってこないことに何か関係があるのかもしれない。
責任者はどこか、説明を求める。
しかし答える者はいない、あるいは答える者の姿はまだ見えていない状態だ。
「! 空也!」
彼女からの着信が入った。
三秒と経たないうちに電話を取る。
「もしもぉし。少年?」
携帯電話を通して聞こえることはいつもと変わらない様子だった。
それだけが救いだった。
蜘蛛の糸を掴むカンダタというのはこういう気持ちだったのかもしれない。
彼女が無事そうで何よりである。
「ちょっとマズいんだけどぉ」
「……」
一瞬で蜘蛛の糸が切られてしまった。
「どうしたの?」
「なぁんか……閉じ込められてんだよねぇ。物理的にっていうかぁ……これ、結界みたいな? 普通じゃないなぁ、葉子ちゃんの所にも繋がらないし……ちょっと帰るの遅れそう」
「それ、大丈夫じゃないでしょ?」
「おいおい、そんなに焦るなよぉ。大丈夫、お姉ちゃんは強いんだぞ?」
「そういうことじゃない!」
強いだとか弱いだとかそういう問題じゃない。
空也が得体のしれないなにかに閉じ込められているのが問題なのだ。
「そりゃあ空也は死なないかもしれないけど、会えなくなるかもしれないだろ」
「……参ったなぁそういわれると、大事に思わないといけなくなっちゃうなぁ」
「……僕に出来ることってある? それと、気になることが」
「ん? なに? あれ? 少年、ごめん。またかけなおす!」
突然通話が途切れた。
何度も空也の名前を呼ぶが通話の終了と告げる音のみが耳に残った。
「葉子の所に繋げないって言ってたな……?」
あいつは神様だ。
普段はここではない神たちの住まう場所にいる。
そこには鳥居や自然などの霊的な力を持つ場所を使ってこちらとあちらを繋ぐことが出来る。
葉子曰く普通の扉でもあちらの世界と繋げられるらしいが、詳しいことはここでは割愛する。
とにかく、空也の言う葉子と繋がらないということは葉子のいる世界に入れないということだ。
それは目の前にある建物に入れないのと似ている。
葉子が不在にしているという可能性もあるが、実際どうなのかは分からない。
しかしあちら側に入れないのは少し妙だ。
「……くそ」
分からない。
それに他の人たちからの不在着信についても気になる。
一つずつ再生していくしかない。
空也が閉じ込められているのと何か関係があるのかもしれない。
あるいは、彼女たちも何かに巻き込まれている可能性もある。
私は留守番電話で残された言葉を確認する。
そして、私のその予感は的中していた。
私たちの長い夜が始まる。
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