16 ―若王子羽彩―
16―若王子羽彩―
さて夜だ。丑三つ時だ。
私は寮の前で原付の調子を確認する。
最近乗っていなかったがまだまだ大丈夫そうだ。
出来ればこいつの出番が来ないまま今日が過ぎ去って欲しい。
「あのぉ……あんさん。わざわざ助けてもろうてなんてお礼したらエエか」
「まだ誰も助けてないし、助かってませんよ」
桂御園に頼んで葛葉さんにも手伝ってもらうことにした。
狙われている葛葉さんを連れ出すのは不味いかもしれないがあえて弱みを出すことも重要ということにしよう。
「でもうち嬉しいわぁ。信太はんだけやと色々大変やったやろうし」
「……ですか。葛葉さんは桂御園と会う前はどうしてたんです?」
「え? んーそうやねぇ。ぼーっとしとったかなぁ。うちは元々売りもんやったからね。夜になったらお店ん中を回るくらいやったわぁ。でも、信太君がうちを買うてからは一 緒に暮らして……それから、色々教えてくれたんは信太君やなぁ。葛葉って名前つけてくれたんも信太君やし……それにうちこの時代のこと詳しくなかったから……」
桂御園と出会う以前のことを彼女はあまり話せないらしい。
水晶玉の中にいた彼女だが自分が売りに出される前のことをあまり覚えていないらしかった。
「でも昔のことはエエかなって、思うんよ。生きてるんは今やからねぇ」
「そうでしたか。それはよかった。にしても、桂御園と一緒だと疲れるときもありませんか?」
「んー? 信太君って案外素直で扱いやすいんよ?」
「そうなんですか?」
ひねくれものっぽいが。思い返せば私や空也に手を貸せと言ったのは彼の本心だ。
回りくどい言い方をせずにまっすぐ助けを頼んできたのだから素直と言えなくもない。
……我が道を行く対応の男なので扱いやすいかどうかは別だとは思うのだが。
「初めはあめのびさいのかみやなんやてびっくりしたけど……あめのびさいのかみって知ってはる?」
「あぁ桂御園から聞きました。芸術の神様でしたっけ」
「そうやねぇ。人間の世界にありとあらゆる芸術を持ち込んだ神様やあって信太君は言うとったけどホンマかなぁ?」
そんな神はいない。いるとしたら桂御園の頭の中だ。
「実際どうなんやろ? でもうちその神さんのこと知ってる気ぃもするんよ」
訂正しよう。いたとしたらそれはすごいことだ。
新種の生物の発見というのはニュースに取り上げられるが新種の神様はどうなのだろうか。
「ホンマやよ。ホンマのホンマ」
「…………」
「どないしはったん? 急に黙り込んで」
「葛葉さん。僕の後ろに」
来たのだ。迎え撃つ相手が。
夜の闇から現れた人物は二人。体に合わない大きなサイズの服を着ている若王子さん、それとジャージの相生さんだ。
過書さんの姿はない。どこかに隠れているのか?
しかし二人連れで来たぞ。どうなっているんだ空也。
いや大丈夫だ。相生さんは若王子さんほどのスペックを持っていないはずなのだから。
「羽彩さん。いたよ、どうする?」
「鴨が自分からやってくるとはいい心がけね。予定通りやりましょう」
「こちらのことを無視しないで欲しいものですね。若王子さん。相生さん」
「……羽彩さん、あの子誰?」
「知らないわよ。桂御園じゃないことだけは確かだけど」
やはり覚えられていない。まぁ、慣れたことだ。
「それはそれは……僕の名前は菊屋咲良。君達の邪魔をする」
「そう。誰だろうと邪魔をする以上はのいてもらうわ」
すでに準備はできている。私は原付に跨り、葛葉さんは私に掴まりシートの後ろにしゃがみこんだ。
今私の魂は燃えている。そして体も燃えるような気持ちだ。
そう燃え上がっている。
「げぇっ。羽彩さん燃えてるよ」
「あれで顔がドクロだったら完璧だったわね」
「知るか!」
私は目の前に立つ彼女たちに向かって突っ込んだ。
エンジンが駆動し体が前に進んでいく。
「初。あたしなら追いつける。あっちはあたしがやるわ。あなたは桂御園の方を」
「あいあい」
突進する私を二人は避けた。
それでいい。それがいいのだ。私が目指すのは彼女たちがいる場所の後ろにあるのだ。
寮の外への脱出。それがしたかったのだから。
能力も解除する。
「逃げるつもりならもっと速度だしなさい。鬼ごっこみたいに十秒待ってあげる」
背後から聞こえる若王子さんの声。
余裕だ。そうだろう。彼女は自身への自信がある。
しかもそれは桂御園が持っていたような裏付けのない自信ではない。彼女が打ち出した数々の記録や逸話が彼女の自信を揺るがないものにする。
本当に自分が強いのかなどと彼女は自分に問うたりしないだろう。羨ましい限りだ。
「今のが信太君の言うとった霊能力? 着物とか乗りもんに燃え移るか思ってひやひやしたわぁ」
「ちょっと色々コントロールがありまして」
私の変化する能力というのは基本的には私の思い込みの力だ。
引火すると思い込めば引火するし思わねば引火しない。はっきりといってかなり万能だ。
まぁイメージが出来ないものには変化出来ないし、一度にできる変化も一種類のみだとか色々デメリットもあるのだが。
だからもしも燃える覚悟で若王子さんが止めようとしていたら危なかった。
「あんさん、追ってきはったで」
「そんなに距離稼げなかったかなぁ……」
不安だ。深夜故に車も全く走っておらず好きなだけ進めるのはいいが相手の移動を邪魔するものもない。
若王子さんなら邪魔な車を踏み台にしそうだが。
「遅いわね。そんなんじゃ能力使わずに追いつけるかも」
背後からする不吉な言葉だ。
進むしかない。体に当たる風が強くなってきている気がする。
「よっと」
ごん、と上で音がした。
なんだ? 視線をあげてみればそこにあったのは信号機だ。
時間も時間なのかちかちかと点滅するだけで本来の用をなしていない。
なぜ信号機から音が……いや分かり切っていることだ。
「あんさん! 前! 前!」
「分かってます!」
「来なさいよ」
余裕そうに笑う顔が目の前にある。若王子さんだ。
ブレーキを掛けたい衝動に駆られてしまう。
「さっきみたいにかわさず、受け止めてあげるわ」
「ど、どないするんよ。さっきみたいに火ぃつける?」
本当にどうしよう。Uターンするべきか。それども彼女をかわすように動くか。
どっちがいいんだ。いや、どちらでもダメなのか?
ゴールはそこまで遠くない。迂回ルートを使うか? だがスピードを落とさないとしくじるかもしれない。
出来るのか? 迂回、退避。
こんなに強大な人間が相手だとやはり自分の力のなさを思い知る。
……そうか。そうだった。私はこんなに大きな相手に挑もうと思っているのだ? 自分の小ささを知らずに虎に挑む鼠なのか?
勝てるはずがないのだ。私は見誤った。自分の大きさを。私は彼女のように大きくない。小さな存在なのだ。
縮め。縮むのだ。私だけでない。すべてだすべてが縮むのだ。
「あ、あんさん。なんか足場小さなってる? ちゅうか、あんさん自身小さなってない?」
「いいえ。僕だけじゃありません。葛葉さん。あなたも小さくなっている」
「え? え、そうなん……? あ、思うたら確かに」
そうだ。私達は蟻よりも小さな存在だ。
だからなるべきサイズに変化する。
「っ!」
「抜けたで。あんさん」
股抜きだ。やってやった。
心の中でガッツポーズをとりつつ能力を解除する。
「え? このまま小さかったら逃げ切れたんやないん?」
「逃げ切るのが目的ではないですから……そろそろです」
大きくなった私達を見つけた若王子さんは先ほど同様人間離れしたスピードで近づいてくる。
彼女が徐々にペースを上げていく、距離が縮まる。
「やったわね少年。ちょっとだけ驚いたわ」
「少年じゃない。菊屋咲良だ」
私のことを少年と呼んでいいのはこの世にただ一人だ。
ゴールが近い。ゴールテープでも用意してほしかったがないらしい。
でも若王子さんがそろそろ追いつきそうだ。
本当に化け物だ。葛葉さん以上に人間離れしている。
「はぁい。追いついたわよ。大丈夫?」
並走されている。不味い、追い抜かれる。
そんなことを思ったとき突然若王子さんが跳ねた。
その場で回るように跳ねたのだ。
なぜか、と首をひねるよりも早く結果がやってきた。
目の前に広がる黒。それは夜の闇ではない。彼女の髪の毛だ。
「ぶっ」
回転した彼女に引っ張られるように髪の毛が襲い掛かる。
まるで鉄のような重み。柔らかくしなやかでありしたたか。
髪の毛すらえげつない。そして私の目の前にそれが来ているということはつまり、私が迎え撃たれたということだ。
体が吹っ飛ぶ。ホームランボールのような気分だ。
地面に叩きつけられると骨が折るような鈍い痛みが襲ってくる。
「ふぅ……ご機嫌いかがかしら?」
「最悪です……」
「厄日やわぁ……」
葛葉さんはどこだ。声のする方はどこだ……
「あら、返事が出来るほどだとは思わなかった」
「色々ありまして」
空也の霊能力のおかげだ。
彼女は保存する能力を持つ。つまり彼女の手にかかればどんなものもダイアモンドよりも頑丈で柳の葉よりもしなやかだ。それを受けた私は絶対に壊れない。
しかし痛みは感じるので死ぬほどつらいが。
「まぁいいわ。これで終わりね」
「まだだ」
まだ終わってはいない。目的の場所にたどり着けていないがゴールは依然近い。
行くしかない。たどり着くのだ。
痛みに耐えながら立ち上がる。体はどこも壊れていないから安心だ。
「立たない方がいいわよ。どうせ私の狙いはあなたじゃないし」
「立たないと終わってしまう……」
「そう、立派ね」
若王子さんが掛けた。チーターよりも素早く私に到達し、腹に拳がめり込む。
また内臓がひっくり返るような苦しみを味わうこととなった。
保存されたせいで痛さと苦しさだけなのがつらい。
「ッッッ」
「残念ね。ちょっとは楽しめるかもと思ったけれど逃げるだけで勝負にならないわ」
「うるさい」
私は彼女にすがりつくようにして動きの邪魔をする。
あまり誇らしく言えることではないが腰に手を回し、みっともなくても彼女を止める。
葛葉さんを目を動かして探せば今まさに立ち上がろというところ。
「葛葉さん……走って、まっすぐ走ってください」
「わ、わかった……」
走り出す葛葉さんが見える。私は若王子さんを押さえないといけない。
「邪魔よ」
彼女が足を前に蹴りだせば私の体がサッカーボールのように浮く。
リフティングをするように何度も腹を蹴りつけられる。
完全に遊ばれている。
「ねぇそろそろ止めないと内臓破裂しちゃうわよ?」
私はこの手を離さない。
その気になれば一瞬で私の拘束など外せるくせにそれをしないような人間の話など聞いてやるものか。
「はぁ……時間切れよ」
ひと際強く私の腹を蹴り上げた。手が外れる。拘束が解かれる。
浮き上がった私の喉に彼女のつま先が突きたてられる。
足を支えに宙ぶらりんな私。若王子さんの足が喉から離れたと思うと振り切った後ろ回し蹴りを食らった。
若王子さんは私を見ることもせず葛葉さんの方に向かう。
私は無様にも地面に体を預けてしまう。
若王子さんが葛葉さんに近づく。葛葉さんはまだゴール手前だ。
大丈夫だ。まだ間に合う。
私は自分の身代わりに処刑される友のために走る青年の如く諦めない。
体は壊れない。どれだけを無茶をしようと、させようとだ。
さぁ立ち上がれやることはただ一つだ。
今まで楽がしたくて原付に乗ってたんだろう。
追いつかれるギリギリの速度を出せるそれがベストだった。
彼女を誘い出すにはそれが一番だったのだから。
さぁ、走れ。
「今の僕は原付だって追い越せる」
そう私はなんにだってなれるのだから。
私は走った。きっと太陽が地平線に落ちるよりも速い。
一気に距離を詰める。若王子さんの背中にじき手が届く。
葛葉さんは捕まった。若王子さんが片手で彼女の首を掴んで持ち上げている。
まるで物でも扱うように簡単に葛葉さんを扱っている。
だがもう少しだ。あとちょっとだ。
「ん?」
靴がつぶれる。底が外れてどんどん靴としての原型がなくなる。
しかし体はつぶれない。どこまでも走っていける。
足音に気づいて若王子さんが振り返ったがもう遅い。
私は若王子さんに飛びついた。
槍のようにまっすぐに飛ぶ。そして私がすがった腰にぶつかる。
突然のことで対処できなかったのだろう。彼女は体勢を崩した。
押し込め。一気に押し込め。
「僕の勝ちだ……若王子さん」
私に押された若王子さん、そしてそれに巻き込まれた葛葉さん。
我々三人は無事にゴールにたどり着いた。
ゴール、そうこの世の別の世に入り口となった鳥居に彼女たちを押し込んだ。
今は油揚げも必要ない。葉子にはすでに空也から話が通っているはずだから。
――――私は達成した。後のバトンは葉子に渡そう。
もみくちゃになりながら転がるとそこは予想した通りの神域だ。
「咲良君。遅かったやん。大丈夫か?」
「うん大丈夫。ありがとう」
「べつにええよ。で、あの服ダボダボ女が件のごんたくれやな? アレの相手してうちの仕事は終わりやな?」
「若王子さんだよ。葉子」
葛葉さんの手を引き葉子の近くまでかけていく。
若王子さんは私達の下敷きになって少し行動が遅れたらしい。
顔を上げ立ち上がった若王子さんの顔に驚きの様子はない。
「どこかしら。まぁ関係ないわ」
「関係あるわい、この阿呆。目の前に一人増えてるんが見えんへんのか。ウチがおるやろウチが」
「……あなた、人間じゃないわね」
「そうやで。うちはこの辺りの神域を収める神様、そして玉藻の前の生まれ変わり妖狐の葉子さんや」
「ぷっ……あっはっはっはっは!」
吹き出し大笑いをする若王子さん。
声が辺り一帯にこだまする。
肺活量も人外レベルらしい。その気になれば声だけで人ひとり倒してしまいそうだ。
呼吸が武器になるというのも恐ろしい。
「あなたのどこが玉藻の前よ。狐っぽい見た目でもなしに……それに玉藻の前が葛の葉を助けるっていうの? お笑いだわ」
「なんやとお前。大体こいつ葛の葉ちゃうやろが!」
「そんなこと知ってるわよ」
「なんやねんこいつ……けったくそわるぅ。神罰執行やな」
背後の森からがらんがらんと音がする。
あの鈴の音色だ。桂御園を叩き続けた恐ろしい鈴。
火の玉のようなスピードで飛んでくる鈴を焦った様子もなく若王子さんは拳で迎撃した。
「すごいわね。あなたいったい何者?」
「神様や」
「へぇ……あたし、神様ってどのぐらい強いのか知りたかったのよ。そこのを片付ける前にあなたから相手しましょう」
「余裕ぶっこいとったら怪我するぞ」
また森から鈴が飛んでくる。二つ目だ。
若王子さんは空いていた拳でそれを迎え撃つ。
そこからは葉子と若王子さんの根競べだった。
何度も迫りくる鈴を何度も拳で叩く。
神域であるこの空間において管理者、神である葉子はなにもかもを自由にできる存在だ。
それに対抗している若王子さんは規格外というほかない。
やはり人間では彼女に勝てない。勝負を挑んでは勝てない。真っ向勝負では勝てない。
プロに一般人が勝つにはどうしたらいいか。
まず相手の得意分野で挑んではいけない。相手の強みを殺すルールで挑む。
もしくは審判を買収してしまうことだ。
例え観客全員が見ていても審判がノーと言えばすべてノーだ。最もそこまでのことはなかなかないとは思うけれど。
私は後者を選んだ。この空間のすべての決定権を持つ葉子であれば負けない、そう思ったのだ。
そしてそれは正解であったということが証明される。
葉子はどこまでも強い若王子さんを弱体化させられる。Xかける百のXを一にする。
彼女に立ち向かうことはこの場においては何よりも悪手なのだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「……あんさん」
「若王子さんの拳のペースが落ちている」
「もうやめとき。勝負にならんわ」
「はぁ……はぁ……」
若王子さんの体に鈴が激突した。
二度三度と鈴の攻撃を受け若王子さんが片膝をついた。
完全な王手だ。
だが心が折られた訳ではなく彼女の目はこちらをしっかりと見つめている。
「咲良君。こいつ何者やねん。制限かけて弱体化したけど、ここまでせんとアカンなんて思わなんだわ」
「本当に規格外なんだ彼女は」
「でも今は規格内よ。本当に神様だったのねあなた」
若王子羽彩が笑った。先ほどのような大笑いではない。
表情が緩んだ笑顔。それから大きく息を吐いて、
「……なに笑っとんねん」
「いえ、ずいぶんと懐かしい感覚だと思ってのよ。運動したら息が切れる。物を殴れば拳が痛い。当たり前のことが懐かしいの。久しぶりに頑張って勝とうとしたわ」
「若王子さん」
やはり彼女は強さに疲れていたのだろうか。
彼女の笑顔を見て、少し思うところはないでもない。
「もういいわ。負けを認めましょう」
「え」
「今のあたしでは勝てないかもしれないわ。まぁ、そもそもここに誘い込まれた時点で負けてたのかもしれないけれどね。それで? あたしはどうなるのかしら。なんのお咎めもなく帰れるとも思っていないけれど」
「あ……あぁ、今回の件から手を引いて欲しいんです」
「それは……困ったわね。こちらも色々と背負っている部分はあるし……でもまぁ、従いましょう。葛葉さん?」
「な、なんやろ」
「そんなにビビらなくったっていいわよ。ちょっとこっちいらっしゃい。仲直りしましょう」
意外とあっさり了承した。
正直葛葉さんを若王子さんの近くに置くのは不安だ。
しかしここでダメと言って向こうがまたどう感じるかというのもある。
仲直りするくらいなら大丈夫だろうか。
「わ、わかりましたぁ」
葛葉さんが若王子さんに近づいていく。
「ふふっごめんね」
「え、あぁ、うちは……まぁちょっと怖かったけど」
「あぁ、そのことじゃないの。ごめんねっていうのは騙してごめんってこと」
「え?」
葛葉さんの頭が飛んだ。
まるでドッチボールが飛んできたかのように私の腹に彼女の頭がぶつかった。
彼女の首があった場所には頭を飛ばしたであろう若王子さんの指。
弱体化されてたんじゃないのか。
「あー。敵を倒せる最低限のラインに達する前に降参したのよ」
「若王子さん話が違う!」
「落ち着きなさいよ。別に死んじゃいないわよ。バカ」
「どこがや、首スポーンいっとるやろ! 黒ひげ危機一髪みたいなってんねんぞ!」
「そうやわぁ。酷いわぁこんな仕打ち」
葛葉さんの生首が話している。奇妙だ。
しかし人ではないのでこういうのも普通にありうるのだろう。
いささか不気味だが。
「な、なんで……」
「あなた、首を突っ込んでくるからそういうのに詳しいかと思ったけどそうでもないのね。桂御園の水晶玉は知ってる?」
「え、えぇ……」
「多分だけど、そこのは水晶玉に取りついている霊なのよ。霊は依り代になってる物が壊れない限り死なないのよ」
「じゃあなんでこないなことしはったん?」
「依頼主に言い訳するためよ。確かに首をもぎ取ったはずだけど、水晶玉が依り代であるとは気づけなかったってね。神様、あなたなら傷ぐらい治せるでしょ。桂御園の所へは初が行っているから今のうちにその傷治してもらいなさい。じゃないと初が水晶壊して本当に死んじゃうわよ」
首を失った葛葉さんの体が投げられる。
葉子は慎重に首の切り口を合わせて葛葉さんを治療する。
「あ、でも……桂御園の方は大丈夫です」
「どういう意味?」
「僕が空也を雇いました。その……桂御園の水晶玉と葛葉さんを守ってもらうために……」
空也との夕食時、空也が教えてくれたのは彼女のスタンスについてだ。
雁金空也のユートピアにおけるスタンス。それは保護することだ。
人ならざるものを保護し守る。なにか怪しい霊商法に使われたりするような霊や脆弱な妖を守るとのことだ。
なので私は桂御園たちの保護を依頼した。期間は私と同じ結婚式の日まで。
空也が自称する自分のユートピア最強の一角という言葉をどこまで信じていいかは分からないが、守ることに関して彼女は完璧だ。
その代わり彼女の飲みに付き合うという約束を交わすことになった。
「あら……しまったわね。それじゃ初は失敗するわ。雁金先輩なんて負けないことに関しては……ん?」
「なにか?」
「あなたこの間桂御園の所に行ったときにいたわね。思い出したわ。なんで忘れてたんでしょう」
彼女が思い出せないのも無理はないのだがそれを詳細に語る必要はないだろう。
思い出せるというのも割と珍しいことなのだが。
「ダメね。これは負けるわ。雁金先輩の関係者っていうことを忘れてるようじゃね。おかしいと思ったのよねぇ、あれだけ蹴っても全然手ごたえがないんだから。雁金先輩に霊能力とかは教えてもらったの?」
「はい」
「ふうん……」
「な、なんですか」
「霊を払う時に依り代を狙うのなんて初歩の初歩よ。それを教えられてないってことは雁金先輩はあなたがそういうことをさせたくなかったのかしらね」
……ノーコメントだ。
「なによ変な顔して。大体あなた雁金先輩とどういう関係なのかしら? 先輩が助けに来るっていうのも珍しいわね」
ノーコメントだ。断固として。
「なに黙り込んでんねん咲良君。質問されとるやろ。答えたりいや」
「嫌だ」
「何や照れてんのか。空也ちゃん自分のそういう所に甘そうやんなぁ」
「うるさい黙れ!」
余計なことを言えなくしてやると私は葉子の口を押える。
もごもごとしゃべろうとする葉子の口がくすぐったい。
それと葉子を押さえたので葛葉さんの首が中途半端な治療のまま止まってしまった。一部だけ繋がったまま放置されている。
便座のようにこんにちはと開閉していて不味い絵面だ。
「賑やかねぇ。毒気を抜かれるわ。で、一つ注意しておくけれど菊屋君。隠す方が怪しいわよ」
「そうやぞ咲良君。空也ちゃんと付き合ってるくらい普通にいいや」
「あ、バカ!」
葛葉さんの首に気をとられた隙をつかれた。
せっかく今まで隠してきたのにだ。
「なに、そうなの? 別に隠すことないのに」
自分が誰とどういう仲なのかなど宣伝して回るものでもなく、ましてや誰とステディであるなどと語れようか。
雁金空也と付き合っているということを言いふらしたところで何が起きるという訳でもないが、わざわざ言うことでもない。
「隅に置けないわね菊屋君。正直かなり興味湧いて来たわ。腹を割って話しましょう。来なさい。雁金先輩おすすめの店に行くわ」
「そんなわざわざ話すことなんてありませんよ……それに、僕は桂御園やあの酒飲みに報告があるので……それでは」
「待ちなさい」
襟首を掴まれてしまった。逃げようとしても足を動かすが前に出ない。
なぜだ。弱体化されたのではないのか。それでもこの粘り腰なのか。恐ろしい話だ。
どうしてこうなってしまったのだ。誰に責任がある。責任者はどこだ。
「いいお店だからあなたも気に入ると思うわぁ。菊屋君、歳は?」
「十九! 十九です!」
「嘘つけ。咲良君二十歳のお祝いこの間したったやろが」
「二十歳ね。オッケーじゃ、行きましょう」
「おう。色々聞くとええで。咲良君かわいい顔して色々やってるからな」
「楽しみねぇ」
こうして私は退魔サークルユートピア最強の女性、若王子羽彩との勝負に勝利した。
しかしこれは終わりではなく始まりなのだユートピアとの戦いはまだ始まったばかりなのだ。
「あ、雁金先輩も呼ぶ?」
「それだけは勘弁してほしいです!」
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