17 ―ワインとコーラ―

17―ワインとコーラ―


 結局空也も交えて朝までコースであった。

 目覚めれば空也の部屋。そのベッドの中だ。

 頭が痛いのは隣に空也が薄着で寝ているからではなく酒の飲み過ぎだと信じたいものだ。

 なにもやましいことはなかった。なにもやらしいこともなかった。

 はずだよね? 空也。

「おはよ」

「あ……あぁ」

「目、合わせてよ」

 合わせたくないのだ。全くひどい目にあった。

 私の人生はドタバタギャグコメディではない。かといってハードボイルドでもラブロマンスでもない。

 もっと平凡な誰も覚えないような日常系のはずだ。

「少年。まだ眠い?」

「……ちょっとだけ」

 朝は眠い。昼過ぎだけれど。

 目覚めはいつもつらい。

「昨日は頑張ったね」

「……」

「それにさ、私も心配してたけどやりとげてくれてよかったよ」

「……やめて……」

「なんで」

 なんでって。そんなこと理由は決まっている。

 きっと今空也は不思議そうな顔をしているだろう。

「あんまり褒められると……気がゆるむ……」

 あと気恥ずかしいというか照れる。

「……」

「急に黙り込むなよ……」

 不安になるだろう。

「ねぇ……耳まで真っ赤だよ」

「言うな」

 もう何も言ってくれるな。

 しかし昨日は死ぬほど痛い思いをさせられたしその相手と飲み会などとありえない一日だった。

 あれに比べれば空也にいじられるのくらい別にいい。

 それが平気かどうかはまた別だがね。

「謙虚っていうより恥ずかしがり屋さんだね」

「いいよ。別に」

「ねぇ」

「ん?」

「もうちょっとこうしてていいよ」

 ありがたいことだ。

 目覚めれば次のことを考えなければいけない。

 また怖い思いをするし、辛い思いをするだろう。

 今だけは休ませてもらおう。ほんの十分だけでもいい。昨日勝ち取った安らぎだ。

 日常と非日常のブレはなくしていきたいものだ。

 非日常を歩んだ分だけ日常を歩まねばならない。

 ……寝すぎてしまったが。

 そのまま微睡みに体を預けて二度寝してしまった。

 空也、起こしてくれてもよかったのに。

「さて、次の相手は決まってる。相生初ちゃんだよぉ少年」

 相生初。ジャージを着た女性だ。そしてあの夜私を引きずった女性。

 彼女は彼女で結構恐ろしそうだ。

 最強は空也と若王子さんという言葉を信じるならば相生さんはそこまで脅威ではないのかもしれない。

 一番目に一番強い若王子さんの相手をしたのだから次は二番目に強いのだろうか。

「相生ちゃんは我々ユーロピアの中で最弱なんだぁ」

 四天王の一番最初の方だった。それでも油断できるわけではないが。

「よしよし。少年に相生ちゃんの事を教えておこう」

 そういって上機嫌に空也が机の上に置いたのはワインとコーラだ。

 ワインはともかくとしてコーラは好きだ。もらっておこう。

 と思って手を出すと空也がそれを制する。

「これはちょっと今から使うからねぇ。少年、カリモーチョを知ってるかい? 赤ワインとコーラで作るカクテルさ。レモンとかも使うけど……」

 全く知らない。しかしワインとコーラを混ぜていいのだろうか。

 ワインというと新聞などで出来が云々と言われるイメージだ。

 しかもソムリエがいるというのだから結構質のいいものだと思っていた。

 庶民的と思えるコーラがワインと合わさるというのはスラムの子供と地方領主のお嬢様が並んでいるような気持ちになる。

 なんとなく、だが。

「このワインを霊的なもの、コーラが人間としよう。ワインとコーラを半々で割る。これが人間と妖のハーフ、分かるかなぁ?」

「まぁ……そのカクテルが人として、半分が妖でもう半分が人なら確かにハーフだ」

「うんうん……結構結構」

 一気にそれを飲み干す空也。まさかたとえに使うたびにグラスを空にするつもりなのだろうか。

 するつもりなのだろう。それが空也だ。

「じゃあ……ワインが一、コーラが二なら、人間よりの存在になる……ね?」

 人間でいうとクォーターといわれる存在がそうなのだろうか。

 外国人の血が日本人の血で薄くなっているはずだ。

「霊感があれば妖の類と干渉出来る……でぇ、人間とそれらの間に生まれた子供っていうのは確かにいるんだなぁ」

「相生さんがそうなの?」

「おっ、そうだよぉ。察しがよくていいねぇ……でもこれじゃない」

 またカクテルを一気飲みする空也。

 いい飲みっぷりだが彼女でなければ心配になる光景だ。

「相生ちゃんは……これくらいかなぁ?」

 空也が次に作ったカクテルは大量のワインと少量のコーラで構成された。

 これではほぼワインだ。コーラの味や風味が存在するのだろうか。

「うふふ……人間と交わり続けて人間の血が強くなっちゃった子って多いんだけどぉ、その後に何度も妖の血が混じって妖ベースの人間になったのが相生ちゃんなんだぁ」

 妖ベースの人間。妖の色が濃い人間。

 私は空也に出会う後にも前にもそういう人間にあったことはなかった。

 もしかしたら私が認知していないだけでいるのかもしれないが、とにかく私が自覚している中にはいなかった。

「そうだったのか……そんな風には感じなかったけど」

 まぁ、葛葉さんも人の形をしているので妖が人の形をしていること自体はおかしくはない。

 しかし独特の雰囲気のようなものはあると思うが。

「人間の血が混じってるのもあるし、普段は人間の姿だしねぇ」

「普段は……?」

「一応、妖としての姿もあるらしいよぉ。私は見たことないけどぉ」

 空也でも知らないのか。

 彼女に見せると何か不便があると思って見せていないのか、それとも仲間にも見せないほどの部分なのか。

「まぁそれでも彼女は最弱なんだけどねぇ」

「そうなの?」

「うん。最も恐ろしいものはいつだって人間だよぉ。妖っていうのはさぁ、人間に影響されるもので人間が作るものだからさぁ」

 つまり機械などに近いという考え方が出来る。

 例えばパソコンを使ってゲームを作れるだろうか? 私は無理だ。作り方を知らない、そして作る際に必要な技能や知識がないからだ。

 だが技能や知識、作り方を完全に把握している人間であればどうだろうか。

 もちろん短時間にとは言わないが、不可能ではない。

 妖も同じこと。人に作られ、語られる存在である彼らもまた把握されてしまえば対処される。

 吸血鬼が十字架を苦手とすることを知らなければ、殺される。しかし知っていれば対処ができる。

「ま、後は動物とかならその動物の習性を引き継ぐこともぉ、あるんだってぇ」

「……牛の妖だったら反芻するの?」

「するんじゃない? あーでもその辺の種がばれたら負けるのは少年も同じだからねぇ」

 全くだ。私の能力には欠陥がある。

 私の変化する能力は私が思い込むことで体や私が持っている物品の性質などを変化させる。

 この思い込みという部分がネックなのだ。

 あくまでプラシーボ効果、催眠と同じなのだ。

 相手がその変化を認識し、信じなければ私の能力は他人に干渉できない。

 万能だがその部分だけは本当に不便だ。

「ところで相生さんがどういう妖なのか教えてもらえるのかな?」

「んー……正体不明ってことはないんだけどさ、教えられないんだぁ。約束しちゃったからねぇ」

「約束?」

「取引だよぉ。今回は少年とタイマンしてもらうためにぃ色々とねぇ」

 空也は昨日、桂御園の部屋にやってきた相生さんを撃退したらしい。

 撃退、というよりは空也が邪魔をしているので手が出せなかった、それゆえに相生さんは空也の交渉に乗ることになったのだ。

 菊屋咲良が負ければこの一件から空也は身を退く。

 そして私と一対一で勝負をすることの条件に相生さんの情報について漏らさない約束をしたらしい。

「少年の事忘れちゃいけないからぁ、メモ渡してぇ少年の写真をあの子のスマホの待ち受けにしてあげたよぉ」

「そうか……ん?」

 いま彼女は何と言った? 私の写真をスマホの待ち受けにした?

 彼女が私を忘れていたら謎の男が待ち受け画面なのにか。

「や、だから忘れないようにぃメモもつけたよ?」

「大体なんで僕の写真なんか持ってる?」

「え、私がスマホとかパソコンに少年用のぉ画像フォルダに作ってるの知らない? ……まぁ、大体バレないように撮ってるんだけどぉ」

「知るはずがないよ……それにそれ盗撮じゃないのか」

「オフショットだよぉ」

 物は言いようだ。

 その画像フォルダを見てみたくもあるが恐ろしい。

 いつの間に撮られていたのだろう。

「んー? 寝てたりぃ他の所ぼうーっと見てたりぃゲームしてたりぃ……」

 本当に隠し撮られていたらしい。

 空也でなければ法的措置をとっている。

「あとはねぇ……少年、耳貸してみぃ?」

「?」

 空也は私に耳打ちした。そして私は聞いたことをすぐさま後悔した。

 そんなこと本人に決して言ってはいけないのだ。

 私は顔が熱くなるのを感じる。本当に火が付いたらどうするんだ。

「赤くなってるぅ~」

「空也、消してよ……お願いだからさぁ……」

「じゃあ少年もスマホに入ってる私の写真消してよぉ」

「え……」

 なぜ知っている。

「あ、適当言ったけど持ってたんだ」

 ハメられた。酷い話だ。

「おっとぉ……のろけてる場合じゃなかったぜぇ。少年、プレゼントあげるねぇ」

 玄関の方に歩いていく空也。

 私は今のうちにとスマホの画像フォルダから空也の画像を消そうとした。

 酷く口惜しいが消さないとまたそれでからかわれるに決まっているのだ。

 酒を飲んでぼうっとしていて無防備で楽天家で、そんな彼女は気づいているのかいないのか、カメラを立ち上げるとこちらを見てくるのだ。

 おかげで写真を撮られる準備が出来ている空也しか撮れない。

 ……これは断じて盗撮ではない。私ほどの紳士であれば盗撮などしない。オフショットだ。

 私は泣く泣く画像を消去しようとした。

 だがそれは中断される。

 私の耳元にやってきた異物の存在によって。

「バット……?」

「そ、お姉ちゃんの護身用黒バット」

 なんて物騒なものを持っているのだ。

 いや、女性の一人暮らしなのだからむしろ対策をしていてくれてよかったという感じがある。

 空也は決して傷つかない。その能力とその反動によってだ。彼女は自分自身を保存しようと無意識にしているため、代謝がいい。

 ウイルスは潜伏期間中に死滅し、傷の治りも早く髪も早く伸びる。

 彼女は体が常に同じ状態であろうとする。

 空也が酒をたらふく飲むのは常人よりアルコールの分解速度が速いからだ。

 酒好きなのと酔っぱらってふわふわしているのが好きだからいつも酒を飲んでいる。

 それに……色々と変化しないがゆえに悩みもあったらしい。

 ただ彼女の心は常に同じというわけでもないらしい。

 話がそれた。つまり、空也は守ること防御することに関していえば右に出る者はいない。

 攻撃は苦手なはずだが。

「ん? 少年、いまちらっとスマホ見えたんだけど」

「気にしなくていいよ空也。それで……なんでバット?」

「ふふん。素手だと厳しいかもしれないからねぇ。危険度ならぁ、若王子ちゃんと変わんないしぃ……」

 私はそのバットを受け取る。木製だ。折れてしまうこともあるかもしれないが、そこは空也が霊能力で加工していると思う。

「若王子さんと変わらない」

「あの子は飢えてるからねぇ……」

「飢えるってなにに」

「お腹。相生ちゃんのスタンスは食べることなんだぁ」

 食べる。妖を食すためにユーロピアに在籍しているのか。

「彼女はほぼ妖だからねぇ……人間の食べ物だけじゃあ心が満足しないんだぁ。それで、妖を食べる。霊的なモノを食べないといけないんだってぇ」

「……妖を食べないと死ぬの?」

「さぁ? でも、お腹がすいてたらぁ……人間を食べちゃいかねないって言ってたかなぁ」

 それは実に怪物的な行為だ。

 妖ベースの人間らしいといってもいいだろう。恐らくだが。

「油断してたらぁ食べられちゃうぞぉ」

 物理的にか。ハンニバル・レクターを相手にした方がまだマシかもしれない。

「それと、今回は私の能力で保存はしてあげられないからぁ注意してねぇ」

「うん。わかった……! わわっ」

「それよりさっきの画像なにかなぁ?」

「気にしないでいい! それと抱きつくな」

「ははぁ……ま、相生ちゃんとの勝負の時間が来るまでぇ緊張ほぐしてあげるよ。少年」

 逆に色々と困るのだが。

 けらけらと私を抱きしめながら笑う空也。

 本当に気が抜けそうになる。私は今日を乗り切れるのだろうか。

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