18 ―相生初―
18―相生初―
空也が相生さんに指定したのは夜だ。
それもまた丑三つ時である。
完全に夜型の生活をしている。
よしんば上手く全てが片付いたとしてちゃんとした生活リズムを取り戻すのには時間がかかりそうだ。
夜の道を行く。
心臓がドクドクと鳴る。
まだ少し暑さの残る夜なのに体が震えそうだ。
「はぁ……」
ため息も出る。
私は自分の手に握るものを再度確認した。
大事なバットの入ったバットケース。
そして空也が持たせてくれた酒だ。
貰い物らしい。君が貰ったものを私にくれるなと言いたい。
酔って気分でも紛らわせろということだろうか。
小さなサイズの瓶で携帯性に優れているところに選んだ空也の気遣いを感じる。
「……えふっ……ひんっ」
飲んでみたが喉の中を熱いものが通った感覚だ。
腹が熱い。喉もだ。やはり酒は得意ではないのかもしれない。
一人酒は初めての経験だがこれ自体あまり好きではないかもしれない。
「みいつけた」
もう少し余韻に浸らせて欲しかったな。
頭の上から声がする。
位置が高すぎる。振り返ればそこにいるのは案の定相生さんがいた。
空中に立っている。そして不気味に笑う。
綺麗な月がバックに浮かびとても絵になっている。
ジャージは少しミスマッチに思えたが。
「まさかお酒飲んでるとは思わなかったけど」
「……僕だって飲みたかったわけじゃない」
「そう。別に私はなんでもいいよー。じゃあ始めようか少年君。君の事よく知らないんだけど、君をなんとかしないと話進まないみたいだし」
出来れば始めたくはないが、仕方がない。やるしかない。
それと空也が彼女に私のあだ名を教えたのだろうか。
どちらかといえば空也が少年少年と彼女の前で言ったのでそっちを覚えてしまったのだと思う。
私はポケットに酒の入った瓶を突っ込み、バットケースからバットを取り出した。
そしてそのバットをまっすぐ相生さんに向ける。気圧されてはいけない。圧倒されてはいけない。
私は若王子さんとの勝負に勝ったのだ。様々な人の助けを得たが一夜乗り越えた。
ビビってる場合ではない。
「何? 予告ホームランかな?」
「僕を少年と呼んでいいのは空也だけなんだ。だから……あなたを月まで吹き飛ばしてあげよう」
開幕だ。
まずは一撃食らわせて相手のペースに乗らないようにせねばならない。
相生さんは空中に立っているという奇妙な状態だが下りてこねば攻撃は出来ない。多分。
「へぇそうなんだー格好いいんだねーどうでもいいけど。でも震えてるよ」
「……武者ぶる」
そう言いかけたところで相生さんの腕が上がる。
まるで投球フォームのような動きだ。
いや投球フォームのようではない。それそのものだったのだ。
投擲。空中でとられた行動は私が予想してはいないものである。
マンションの三階から投げ落とされる。あれはなんだ? 石だ。
「うぉっ」
私は何とかその石をかわすが思わず尻餅をついた。全くもって決まらない。
「えー。なにそれー」
また投球フォームに入る。どうする。避けないといけないのではないか?
頭ではそう考えていても体は違う行動をとっていた。
体を丸め、身を固める。防御としてはいいかもしれないが行動としては下策ではないのか?
かちんと私の後方で石が地面を叩く音がする。
外したのか? 何はともあれ立て直さなければ。
私は立ち上がる。いつまでも地に伏してはいけない。
前向きになろうとした気持ちに追い打ちをかけるのは耳元で鳴る風切り音。
思わず体が硬くなる。相生さんの手には石が収まっている。
石を取り出したのか?
「じゃあ、もう一度ーね?」
また投げるつもりだ。やられっぱなしではぺーズを持っていかれるだろう。
打ち返しでもして彼女の余裕を奪わなければ。
彼女の右手から石が投げられ、私はそれをしっかりと見つめバットを振った。
「ぶっ……!」
「ストラーイク」
デッドボールだ。それも顔面。いやバットを振ったからやっぱりストライクか?
石がもろに額にぶつかり、ひりひりと痛む。
流れている感覚がある。汗ではないだろう。血だ。
「ねー降参するー?」
「しない!」
興味なさげに私を見下ろしまた投球フォーム。
一体彼女はポケットにいくつ石を入れているんだ。
「もう一発」
投げられた石。それは私の顔を腕でかばった。
痛い。服の上からでも石の重みを感じる。
意趣返しに石でも投げ返してやりたい気持ちにもなる。
石が当たると痛い。当たり前のことだ。
「……?」
本当に投げようかと地面を見たが石が見当たらない。
ついさっき私の腕に当たったのだ。そう遠くないところに落ちているはずなのに。
ない? おかしなことだ……石が消えたのか?
意味が分からない。考えている間にもまた相生さんの攻撃は続くのだ。
もうどうにでもなれという気持ちになりそうだ。
「くそっ!」
「なんだよーやけくそ?」
めったやたらにバットを振って投げられた石に対処する。
カツンと音がした。バットに石が当たってくれたようだ。
「……」
もう一度だ。もう一度足元を見た。ない。石はバットで叩いたはずだ。地面に落ちているはずだ。
どこかに飛んでいったとしてもそんなに遠くにはいかないだろう。
だが石はない。どこにもだ。
気になるのはさっきの風切り音とあの夜の事。
私を縛った謎の糸。あれは相生さんに関係するもののはずだ。
確かめてやらねばなるまい。
私も男の子だ。やられっぱなしでは桂御園、葛葉さんに合わせる顔がない。
それに空也になんといえばいい。遊ばれて終わりましたなどとあの人に言えるか。
大体変化もしない石ころになにをビビっている。
このくらい捕れるだろう。
「あぁ、捕れるとも」
私は目を背けない。彼女の投げる石ころを見つめる。
バットを振る必要はない。まっすぐに来るのならば手を広げて待っていればいい。
エサを待つひな鳥のように。エサは向こうからやってくる。
「いつまでも同じ方法を使うからだ」
掴んだ。石は私の手の中にある。
だがそれだけではない。石の感触が違う。なにかが石から伸びている。
それは目を凝らせば見えてくる。月の光を通すそれはあの時に見た糸だ。
なるほど、引っ張れば戻ろうとする。ゴムのような性質である。
これが彼女の霊能力なのだろうか。妖ゆえの能力といってもいい。
きっと彼女の足元にも彼女の糸が張っているのだろう。
近くの建物などにつけて糸を足場にしているに違いない。
「あーあ。バレちゃった。まぁいいや。あげるよ、それ」
あっさりと相生さんは手を放せば糸の緊張がなくなる。もらってどうしろと。
トスバッティングでもすればいいのか。
「別にそれだけで勝てるとは思ってないしね」
ぴょんぴょんと二度三度その場で飛び跳ね、相生さんが降ってきた。
迎撃しようとバットを持ち直す。
彼女は空中で一回転するとそのまま踵落としを私のバットに落とした。
重い。空也が保存していなければバットは折れていただろうし、彼女の踵が私の額にさく裂していただろう。
この衝撃は彼女にも伝わっているはずだがけろりとしているのが恐ろしい。
「……おかしくない? そのバット」
「アオダモのバットだ」
本当にそうなのかは知らんが。
バットを思い切り振り上げ彼女のバランスを崩してやる。
まずは一撃。長期戦は身も心も疲れる。
信じるのだ。私が彼女を倒せると。
覚悟を決めなくてはならない。そして背負わなければならない責任もある。
「あああああああ!」
自分を鼓舞する様に叫びながら私は一気にバットを振り下ろす。
手の中に伝わる感触に手が痺れそうだ。
肝心の攻撃そのものはというと相生さんが両腕を交差させて防いでいた。
ただ片足立ちの状態で防いだのが仇となった。
そのまま後ろに相生さんが倒れ込む。
これは好機だ。好機なのだ。勝つためには叩くしかない。振り上げて振り下ろす。
「いったぁッ! 君結構ハイになるタイプだなー! 目、ヤバい感じだし」
振り上げて振り下ろす。叩かねば。
振り下ろし振り上げて。叩かねば。
哀れバットは地面に叩きつけられることになる。
もう一度振り上げたが、重い。バットが少し重いのだ。
どういうことかと思えばバットの先端部に糸がくっついている。
バットと地面を繋ぐ一本線。
してやられた。これではバットでの行動が制限される。
「迂闊だなー。ま、いいけど」
バットは手放さなければならない。
完全に素手の喧嘩だ。私が格闘技をしたのは高校の柔道くらいだが。
「はいどーん」
彼女の蹴りが私の腹部に放たれる。
腕を使ってそれを防げばひどい衝撃が腕を襲う。
若王子さんと比べればマシだが私なんかよりずっと強い。
「くそっ!」
素人の大振りパンチを放てば軽々とかわされ今度は尻を蹴り上げられる。
私が犬ならきゃんきゃん鳴きながら逃げていただろう。
犬でなくても逃げたいくらいだが。
私の洗礼されない攻撃の数々はことごとくかわされ、防がれお返しに相生さんの攻撃を食らう。
流石にこれは不味い。
いったん立て直しがしたいと後ろに飛びのいた。
しかしそれはしない方がよかったのだ。
私の足を引っ張る感覚。またあの糸である。いつもなにか彼女に取りつけられていたらしい。
思わず本日二度目の尻餅だ。
「これで羽彩さん倒したって信じらんないなー。ま、楽だしいいけど」
相生さんが何かを地面についた手に吐きつける。
ねっとりとした気持ちの悪い感触。
足やバットに付けられいたものと同じ糸が塊になっている。
片手と片足を拘束された。
「降参?」
「……しない」
「あっそー。じゃあ苦しんでもーらお」
今度は手から糸を出す相生さん。
彼女はどこからでも糸を出せるのだろうか。
「よいしょっ」
彼女の手の糸が伸びて緊張した状態で止まる。
きっと先ほど彼女が空中で足場にしていたいとだろう。
手の糸をたどって空に昇っていく彼女は人間らしいとは言えない雰囲気だった。
「さーて、もう一回ー」
またぴょんぴょんとその場で跳ねだす。
あの踵落としをするつもりか。いや生身で受けたら無事ですまないぞ。
死すらありうると言いたい。
あの時の衝撃は非常に恐ろしいものであったからだ。
なにか打てる手はないのか……
体を硬く変化させてみるのがいいか……うまくイメージできるか?
防ぎきれる硬さになれるのだろうか。
せめてバットが使えるのであればまたあれで防げるかもしれないが今は床に糸でくっつけられている。
拘束されているとはいえ、手を伸ばせば掴めそうな距離だ。
……賭けるしかない。
私は糸を思い切り引っ張ってバットを掴んだ。
しかしバットをどう引っ張ろうと私を守れるほど自由に扱えそうにない。
だが切り替えればいい。切り返せばいい。
あくまでこれは粘性に富んでいるだけの糸なのだ。
ならば対処は出来るはずだ。
いや、できなければならない。
「変な事しようとしてー。無駄だと思うよ。ま、別にいいけど」
相生さんが宙を舞う。
一回転して踵落としを狙ってくるか。それとも別の技か。
どれでもいい。やることは変わらないのだから。
この問題を快刀乱麻の如く解決するのだ。
そう、空也からもらった大事な刀でだ。
「え、嘘でしょ」
私には今この黒バットが刀に見える。
いや事実刀だ。これは何もかもを断ち切る名刀なのだ。
私が軽く力を入れれば糸はいともたやすく切断された。
彼女が落ちてくる。私は手と足の糸も切断する。
「見たな。この刀を確かに見たな」
「間に合えっ、間に合って!」
彼女が体をねじる。
空中で即座に姿勢を変えようとする判断はいいかもしれないがいささか遅い。
相生さんはすでに刀を認識している。そしてこれがバットではなく刀だと信じている。
ならば、私の能力は問題なく作用するのだ。
彼女が落ちてくるのに合わせて私は刀を振った。
気持ちの悪い感触が手に残った。
流れる赤い血。それは額から流れ私の顔を伝っているものと同じ。
彼女は四つん這いに着地した。
そして腹部からは確かに私が彼女につけた切り傷がある。
胴を真っ二つといかなかったのは体をねじったからかそれとも運が良かったのか。
「……君、やっちゃったねー」
「あぁ……」
やってしまった。
やらねばやられていたが、やったのだ。私が。
「ちょっとこのまんまだときついかも……逃げよ」
彼女が口からまた糸の塊を吐き出す。
私がそれを刀で防いだ時には彼女は走り出していた。
逃げられる。逃げられれば勝ちではない。
そうまでしてこだわる事ではないと普段の私なら言うかもしれないが今は事情が事情だ。
それに私はしないといけない事がある。
「待て……!」
夜の街を走る。日本刀片手に走る男とそれに追われる腹を斬られたジャージの女性。
どうみても私が悪役だ。なぜこうなった。
彼女は事前に用意していたらしい空中の糸を伝って逃げていく。
どうしても追いつけず見失ったが、地面には赤い点々が続いている。
彼女の血だ。私が握る刀にも同じものがついているのは見ずとも分かる。
血をたどれば彼女にたどり着けるはずだ。
自分のしたことに少し吐き気を催しつつも私はその血の道を進んだ。
先に会ったのは地下鉄に続く階段。
そこで血は途絶えている。
「……」
私が若王子さんにしたことを思い出す。
敵を誘い出し、そこで自分に有利なルールで戦わせる。
相生さんが罠を仕込んでいないとも限らないのだ。
「……なりふり構わず行くしかないのか」
ポケットの酒を取り出し、ぐいっともう一口。
瓶の中の酒のほとんどを飲んでしまった。
そして口に含んだ酒を少し飲み込むと残った酒を刀に吹き付けた。
漂う酒しぶき。
きっと私は酔っているのだ。この嫌な感覚に。ブレはすでに非日常だ。
地下鉄へと足を踏み入れる。
電気が消えている。もう終電の時間も過ぎたからだろうか。
スマホのライトを使って明かりの代わりにする。
シャツの胸ポケットにでも入れておこう。
視界が良好になるが自分がどこにいるか教えているようなものだ。
「嘘……」
地下に張り巡らされている糸。
いやもはやこれは糸ではなく巣だ。この独特の巣の形を私は知っている。
蜘蛛の巣。であるならばやはり彼女の正体は。
「よく来たね」
土蜘蛛だ。
私の目の前に現れたのはジャージを着た相生さんではない。
鬼のような顔、虎の体に蜘蛛の手足。妖怪土蜘蛛ここに現ると新聞の一面でも飾れそうだ。
「ちょっと本気だしちゃうからさ……覚悟してね」
「望むところだ」
「震えてるくせに……」
ぐるりと周囲を見れば蜘蛛の巣に取り囲まれている。
今までの事を考えればあれに触れれば簡単には逃げられないだろう。
「よそ見してて……いいの?」
彼女は蜘蛛の巣の上を進んでいく。
天上で止まったかと思えば鋭い針のような足がこちらに向かって来る。
「ッ!」
なんとかそれを避け、足を切断しようと刀を振り上げれば土蜘蛛は尻から糸を放つ。
急いで刀で斬るのを糸に変更して対処する。
そうしているうちに彼女は蜘蛛の巣の上を進む。
止まっていれば攻撃、反撃しようとすれば糸。退こうとしても彼女の位置と周囲の蜘蛛の巣のせいで退いているのか追い詰められているのかという感じだ。
それに何度も何度も繰り返していると集中も疲労で切れそうになる。
決定的な一撃を与えられないまま時間だけが進んでいく。
彼女だって傷を負っているのだから長期戦はきついはずなのに。
「そろそろ……楽にしてあげようか?」
疲れて膝を折るわけにはいかない。
刀は大丈夫か。イメージがぶれてはいないか。
大丈夫だ。まだいける。しかしこれ以上消耗するわけにもいかない。
一気に行こう。
「楽になるのはあなただ」
私は刀を構えて彼女に突っ込んでいく。
当然糸を吐く。だが止まる必要はない。
糸を切断しつつ私は突進していく。勢いが死ななかった蜘蛛の糸の破片が私の体に付着する。
破片が付着したのかライトの明かりが少し弱くなるが、相手が見えるのだからこれで十分だ。
私は天上に張り付いた蜘蛛の持つ鬼の顔に刀を振り下ろした。
だがこれで終わりだという私の淡い願いは儚く散った。
「ふぁふれ……」
「……!」
急いては事をし損じる。
私は確かに振り下ろしたのだ。
しかし口で白刃取りをするなんて誰が予想できる。
しっかりと彼女が噛みしめているせいで刀はどれだけ力を入れても動きそうにない。
ぐっと相生さんが首を振れば私は天井に叩きつけられる。
べったりと背中に蜘蛛の糸がつけられ固定される。
そして仕上げとばかりに糸を吐き出し私の体を縛っていく。
蹴ろうと殴ろうとどうすることも効果がなく、私は彼女の拘束を受け入れさせられる。
相生さんが口を開くとからんと刀が床に落ちた。
いやもうあれは刀ではなくただのバットだ。
名刀でもなんでもない。黒いだけの木製バットだ。
能力の効果も切れる。
「ねぇ……降参する? じゃないと結構痛い思いしてもらうけどぉ」
「降参するつもりはない」
「あっそ……まぁ、いいけど。雁金さんには後で謝っとくね」
「なにを」
「彼氏食べちゃってごめんねって。大丈夫……死なない程度にしとくからさ」
正気か?
冗談ではない。鬼の口が開いた。
逃げることはできない。
相生さんの歯が私の肩に食い込む。
痛み。肉が貫かれる。じんわりと傷口が熱を帯びたように感じる。
痛い。痛い。痛い。痛い。熱い。歯が動く。引きちぎられそうだ。
熱さと痛さが混ざり合い私は死ぬのか。
死なない様にしてくれるのか? 死ぬほど辛い思いをするの間違いではないのか。
だがこれでいい。これでいいのだ。
「ッ!」
「あなたが悪いんだ。飢えに負けて歯を立てたあなたが悪い」
私の体が燃え上がる。
傷口から噴き出す炎を彼女は認識した。
それは彼女に引火する。
相生さんの体も蜘蛛の糸もすべてを火が包んでいく。
なにかを叫びながら地面に落ちる土蜘蛛。
その上に私も落ちる。
肩が痛い。傷口は別に焼きつぶされていないようだ。
火が消えていくと相生さんの姿は土蜘蛛ではなく本来のジャージを着た彼女の姿に戻っていた。
ジャージは少し焼けてしまっているが。
私は床を這ってバットを掴むと杖代わりにして立ち上がる。
「意識は、ありますか……」
「生きてるのが不思議だよー……とどめ、ささないの?」
「さしません……もういいでしょう」
「そ。はぁ……お腹空いた」
「その……相生さん。葛葉さんを食べないと、あなたはつらいですよね」
「そりゃあねえー」
「心霊スポットとか幽霊に会える場所くらいなら知ってます……そこを教えるので食事ならそこで……」
それで手打ちだ。飢えて苦しいなら食事の場所くらいいくらでも教えよう。
私は別に殺したいわけではない。
「そう。手を引かなきゃいけないのは残念だけど、ご飯の場所を教えてもらえるなんて……上々……」
そう呟いて彼女は目を閉じた。眠るように規則正しい呼吸を繰り返す。痛々しい傷を体に残しながら。
終わった。終わったのだ。
緊張の糸が切れたのか体から力が抜ける。
その場にへたりこむ。とりあえず相生さんを病院なりなんなりに運ばないといけないか?
胸ポケットを触るがスマホがない。天井に叩きつけられた時か落ちる時かに落としてしまったらしい。
参ったな。どうしたものか。
そんなことを思いながら私の意識は消えていった。
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