十二 金曜日:ある日の回顧

十二


「羽彩さんから聞いたんだけどー」

「何をですか?」

「菊屋この間、女の人といたって」

「……」

 いつだろうか……?

 こういう言い方をすると私が軽薄に遊びまわっているようだが、そうではない。

 今までの私の足跡を見た人ならば分かることである。

 純粋に数がいつもより多いのでどの場面であったか分からないだけなのだ。

 決してすべてを忘れていたわけではない。

 すべてを記憶しているが故に起きたことだ。

「なんだっけ、三人でいたって聞いて」

「あぁ、だったら多分葵さんと菖蒲さんですね」

「葵さんと菖蒲さん?」

「えぇ」

 と言いかけて、相生さんの視線が刺さる。

 いぶかしむような目、なのだろうか。

 脱力していていささか分かりにくい。

「な、なんですか……?」

「名前で呼んでんの?」 

「姉妹なので……」

 だから名前で呼んでくれと言われたことがある。

 姉妹揃っていない時に名字で呼んで使い分けようかと思ったが、常に名前で呼んで欲しいとのことだった。

 私はそれに従っている。

「へぇー……友達?」

「えぇ。二人とも高校の同級生で……あ、えっと、双子の」

「そうなんだ。そっかそっか」

 手に持ったチーズバーガーにかじりつく相生さん。

 ハンバーガーの端からぽろぽろと葉野菜が零れ落ちた。

 それを指でつまんで口に放り込みながら、相生さんが続ける。

 ……ソースが口の端についているのでそれも拭いた方がいいのではないのだろうか。

 後でそれとなく伝えておこう。

「ごめんなんだけど、ちょっと意外だった」

「……いえ、大丈夫です」

 私に友達がいるというのは意外なことだろう。

 菊屋咲良の持つ能力、その反動。

 変化する性質を持つが故の問題。

 誰にでもなれるが誰でもない。

 菊屋咲良という個人の存在感が希釈されていく。

 だから私は友達が少ない。

 ……別にこの性質がなければ友達が多くなっていたとは言えないけれど。

 そもそも友達どころか私を覚えている人が少ないのだが。

「高校からだったらー付き合いってどれくらい?」

「妹の菖蒲さんは一年の頃からの付き合いですけど」

「何年前だっけそれ」

 今の私が二十歳だから……

「大体四年くらいですかね」

「ふーん……お姉さんはそんなに長くない感じ?」

「菖蒲さんと会って三ヶ月もしないくらいで紹介されたのでそんなに差はないですね」

「なるほどなるほど」

 意味ありげに相生さんがうなずいている。

「ちょっと気になったんだよねー。菊屋ってあんまり自分のこと話さないから」

「そうですかね?」

 そもそも話したからなんになるということでもない。

 私の短い人生の一幕の中に、語るに値するものがどれだけあるのだろうか。

 ……思い出したくないことというのもある。

 消極的で、逃避的で、それでいてどこか阿呆のような自己防衛。

 そして、必要がないから語らないという個人的な指針である。

「聞かせてくんない? その人たちの話」

「いいですけど……そんなに気になることですか?」

「いいじゃん。後輩との交流も先輩の仕事だよ……あ、でも仕事って言い方は良くないかー」

 別に私は気にしないが。

 本当に思っていてもいなくても、どちらでも構わない。

 大事なのはきっとそこではないのだから。

「さっきも言ったんですけど、初めに知り合ったのは妹の菖蒲さんの方で」

 白壁菖蒲との出会いは私が高校一年生の頃の話だ。

 理由は単純なことで、彼女の方から私に接触をしてきた。

『あんた幽霊見えるってマジー?』

 ……彼女もまた、霊感体質であったらしい。

 当時から彼女はクラスの中心人物で、私はクラスの隅に一人で佇んでいるような存在であった。

 まず私は第一にどこからその話を聞いたのかということと、私の存在を彼女が認識しているという事実に驚いた。

 確かにそれを隠してはいなかったけれど、どこで話したのかなどは覚えていなかったし、クラス内における私の存在は希薄で、出席をとる時に飛ばされてしまうこともしばしばである。

 出席簿に記されているはずの名前を何故か多くの人間が読み飛ばしてしまうという不具合が発生している状態だ。

 私としては慣れたことで、現在でもよくある現象の一つだ。

 閑話休題。

 彼女はどうやら己と同じ体質の人間を探しているらしかった。

 曰く、彼女の友人には自分と同じように幽霊を見ることのできる人間がいなかったらしい。

 菖蒲さんにとっての理解者である葵さんでも、そこだけは分かってあげられなかったとのことだ。

 その時に見えると言って見えなかった友人の話なども聞いたが、菖蒲さんはその辺りのことを随分熱をもって話していたように思える。

 それだけ彼女にとって真剣な問題だったのだろう。 

 ではなぜ霊感体質の人間を探していたのかという話になると『霊に取りつかれてるかもしれない』とのことだった。

 ……正直、その時の私は今ほど霊的な事象に詳しくはなかった。

 今でも詳しいとは言えないけど、それでもあの時は本当に何が分からないかも分からない時だったのだ。

 だけれども、何だか彼女の事が放っておけず私は彼女を調べてみることにしたのだ。

 結果として分かったのは、白壁菖蒲は何かに取りつかれている可能性があるということだ。

 可能性という表現になるのは常にそれが見えているわけではなかったからで、やはり当時の私では理解しきれなかった問題だったからである。

「それで、どうしたのー?」

「空也に相談しました……」

 あっさりと空也から答えが返ってきた。

『もし本当に取りつかれてるならぁ、葉子ちゃんに解決してもらおっかぁ』

 空也が大学に入学した時にユートピアに所属したのだとしたら、もしかしたらあの時の空也はユートピアのメンバーではなかったのかもしれない。

 だからあんなに単純な方法で退治方法を提案したのだろう。

 もしくは、ユートピアのメンバーとしてではなく、雁金空也個人として私と菖蒲さんが共有した問題を扱ってくれたのかもしれない。

 依頼、ではなく相談という形で受け止めてくれたのだろう。

「で、解決?」

「えぇ」

 単純な霊や妖の類に神様である葉子を出すのは反則のような作戦だが、間違いのないやり方だった。

 神の権能をもってして、菖蒲さんの問題は解決される。

 終わってみれば簡単な事件だった。

 そうして、私と菖蒲さんは何か一つの秘密を共有した共犯者のようになった。

 お互いにしか理解しきれない事柄を抱えた友人となったのだ。

 最も、空也や葉子といった存在も問題の解決に必要だったが、そういう風に表現しても構わないだろう。

 少なくとも私はそう思っている。

 菖蒲さんはあの時のことを差して大きな借りということもあるが、そんな風に気にしないでいいはずだ。

「その後にお姉さんがお礼ということで訪ねてきて……」

 そうやって私と白壁姉妹の道は重なった。

「ふぅん」

「これで、いいですかね……?」

「いいとか悪いとかじゃないけどさー……ま、これで菊屋の事ちょっとは分かったかなー」

 であれば、良かった。

 ……私の過去の話で何か私が理解されるのであればそれはそれで良いことだ。

 思い出し、語ったことに価値が生まれる気がする。

 相生先輩の中で何がどうなったのかは分からないけれど。

 納得のいくところには落ち着けたのだろう。

「じゃあ、はい」

「え?」

「ポテトあげる。話してくれたお礼ねー」

「……ありがとうございます」

 話し過ぎたのか少しそれは冷たかったけど、不思議と不味いとは思わなかった。

「あ、そういえば相生さん」

「なにー?」

「口の端にソースが……」

「……もっと先に言ってもらえるー? はずかしーんだけど」

 そう言って相生さんはもう一つフライドポテトを私の前に差し出した。

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