3 ―彼女の話―
3―彼女の話―
桂御園信太は変人である。
それが私の住んでいる大学の寮の入居者で私の部屋に近い部屋に住んでいた。
文学部の人芸学科、哲学を学んでいる二回生、らしい。
桂御園信太は変人であったが芸術大学に行かなかったのが不思議というほどには芸術家でもあった。
絵画だけでなく工作的なことも得意らしく変なオブジェや絵を作り上げてはそれを寮内に放置している。
そしてインスピレーションが湧いてこなければギターを弾いているという。
また何やら祠のようなものを寮のいたるところに設置していた。
週に一回は祠の前で何かを称える歌を歌っている。神だのなんだのといっている。
彼が信仰する神について詳しく知るものは一人としておらず、また一人として知ろうともしない。
大学の講義に全く出ず芸術と謎の神に心血を注いでいる男。それが桂御園信太だ。
そのため二回生ではあるが留年でそうなっている。本来順調にいっていれば四回生。
寮の方針で年上であろうとため口を使うことが出来るが、その普段の行動も相まってさんづけをしてしまう者も多い。
この場合敬っているから敬称を付けているのではなく、お近づきになりたくないと心が鳴らした警鐘が現れているのかもしれない。
社会や学校といった集団の中で孤立し独自の進化を遂げたガラパゴス人間、それが桂御園信太だ。
「お、少年」
頭の上から声がした。
身長の問題で頭の上から声がする経験は少なくない。
声の主に返事をするために顔を上げる。
私を少年と呼ぶ人間はこの世に一人しかいない。
「なにしてる」
「やぁ。ちょっと野暮用でね。あっはっは。少年はこれからどっかお出かけかい?」
「……寮に戻るよ」
「どこか喫茶店でも行かないかい? 私がおごってあげるよ。懐あったかいからね」
「そんな所にいる人とは行きたくないかな」
「あはは、お姉ちゃんにちょっとは優しくしてくれよぉ。それにそんなこと気にしない気にしない」
私に声をかけた女性がいたのは我らが大学の正門、そこの上だ。
校門の上に器用に立っている。
彼女は雁金空也という。私にとっては先生であり先輩である。
いつも酒臭くへらへらとしていて軽薄で自分勝手な女だ。
よくお姉ちゃんを自称するが血縁関係はない。
彼女は姉のような存在ではあるが当然姉ではない。
「悪いけど、予定があるんだ。すぐに済むようなことだとは思うけど」
「じゃあついて行こうかな。少年の用事が終わったらどっか行こうねぇ」
校門から飛び降り、私と肩を組む空也。
私の顔を覗き込みながらにっと笑って見せた。
彼女の呼吸を感じる。いつもの深いゆっくりとした呼吸だ。
それと同時に鼻につくアルコールの香り。また飲んでいた。
僕は彼女の汗を手で拭ってやった。
「いいよ」
私は彼女の望みを聞いてやることにした。大抵こういう場合、彼女は決して折れないし結局なんだかんだでついてくるに決まっているからだ。
なので私はいつも通りに、呼吸をするように彼女の行動を許した。
我ながら悲しいことだ。
「あ、途中でお酒買ってもいい?」
「ダメだが」
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