四 スタンプラリー制覇者
四
過書古市。
ユートピアの先輩であり、私からすれば一番親しみやすい人間である。
それは彼の砕けた雰囲気だけでなく、あの人がユートピアの面々の中にいると浮いてしまうからというのもある。
彼は普通という視点から見ればズレているのだが、異常という視点から見てもズレている。
ガラパゴス人間という、かつて私の先輩―――ユートピアではなく、前から加入しているサークルの先輩の造語にあたる、変人といえる人間なんだと思う。
人間生活の中で独自の成長、あるいは退化をした私たち霊能力者の中でも変わり種。
使役と創造、二つの霊能力。
恐ろしく強いユートピアの三人の中で初日以外、籠城を続けていた人物。
かつ、唯一スタンプを三つ集めた人物。
あの二人と比べると浮いてしまう。
私と比べれば過書さんの方が当然強いし格も上だろうが、それでも彼に親しみを感じる。
普通に近い感性を持っているような気がする。
……間接的に私の感性が普通であるという宣言になってしまったかもしれない。
しかし仕方がない。
私は口が裂けても私自身が異常だとは言えない。
通常の感性にこだわる。
「どしたん、菊屋ちゃん。ぼーっとして」
「いえ、ちょっと考え事を……すいません」
「いいよ別に。スタンスだとか色々考えなきゃいけない事多いしな」
過書さんはあの後、私を喫茶店に連れてきた。
「何でも頼んでいいぜ」
なるほど、何でもとは懐の深い人だ。
もしくは懐が紙幣や硬貨で重たい人だ。
とりあえず、食費を浮かせるためにご飯を注文した。
たくさん食べられるぞ。
好意を無下にするというのはよくない事だ。
いっぱい食べよう。
「あ、菊屋ちゃん。紙出して、紙」
「? はい」
「あいよっと」
過書さんは着流しの懐から巾着袋を取り出し、そこから印鑑を出した。
そして紙の四角の所にポンと判を押した。
「郵便物みたいですね」
「書類の印鑑だからそりゃこういうのだろ」
「あぁ、それもそう……って、そうじゃないです!」
「デカい声出すな。目立つっすよ」
「すいません……」
いや、誰だってびっくりすると思うが。
空也の話は前振りか何かだったのだろうか?
「だって菊屋ちゃん、雁金先輩の彼氏だし」
「か、関係ないでしょうそれは」
改めて他人から言われると照れる。
空也から言われるともっと照れるが。
顔がほんの少し熱くなる。
心なしか全身も熱くなってきた。
「んにゃ、関係ないってこたぁないっす。菊屋ちゃん、ユートピア入りたいって雁金先輩に相談したろ?」
「分かりますか?」
「性格的にな、しそうだって。雁金先輩は多分だけど止めなかった。嫌な顔もしなかった」
正解だ。
私がユートピアに入りたいと言った時、彼女はむしろ喜んでいたようにも思える。
普段と変わらないおちゃらけた雰囲気ではあったけど、何となくそれが分かった。
「あの時の飲み会、雁金先輩が誘った時のテンションとか、そういう感じだったし」
「分かるんですか? 空也の事」
「雁金先輩の事が分かるってより、他人の事がよく分かるように頑張ってる」
「人間観察とか」
「あぁ、近い近い。ただ世間一般でいう人間観察よりももっと細かいかもしれねぇっすけど。ま、今のが俺の推理。どう、当たってる?」
「当たってました」
「点数で言えばどれくらい?」
「点数……点数? 八十点くらい……ですかね」
そう答えたのを聞いて過書さんは満足そうな顔をした。
機嫌良さそうに両手の指をくっつけている。
ご希望に添った答えだったのだろうか。
別に忖度などはしていないが。
「八十点ってのがいいな。丁度いい、百点なんてのは対人じゃ厳しいし、それはもう本人じゃないと無理。他人なら、八十点ぐらいの読みで十分だぜ」
「はぁ……いえ、僕はなんで判を押したのかを」
「ごめんごめん。えっと、あぁ、何で押したかね……俺は雁金先輩を信用してる。信用している先輩が、二つ返事で了承したんなら文句はない。というか、多分妖怪だとかそういうもので何かしでかそうと思う奴じゃない」
信用、か。
雁金空也がどんなキャンパスライフを送っているのか私は知らない。
出来ればあまり知らない様にしていた節もある。
なんだかそこを知ってしまうと、気が重くなりそうだから。
「まぁ後は……雁金先輩、案外潔癖っていうか、正義とか誠実とか純真みたいなのが好きそうだから」
……否定しきれない。
雁金空也は不正には寛容でも、悪には不寛容だ。
私はその話を昔聞いたことがある。
不正と悪の違いが私にはいまいち分からなかったけれど、彼女からすれば確固たる理論のあることなのだろう。
「だから俺は躊躇なく判を押せる。太鼓判ってほどじゃないから、小太鼓判ってくらいか」
「十分過ぎますよ、それでも」
「純粋にテストとかすんのが面倒なのもある」
「やっぱりあるんですね……」
適当だなぁ……
ここまでくると砕けた感じというより、型破りとか形無しという気持ちにもなる。
「とはいえだな、あんまり早く帰ると冷たい目で見られると思うから、時間でも潰そうや。気になることとかあれば答えるっすけど」
「じゃあ……過書さんは何故蒐集するのをスタンスにしたんですか」
「あー……それが一番現実的だったからかな」
「げ、現実的?」
「能力的にな? ただ、蒐集ってだけなら、誰でも出来る。菊屋ちゃんにだって出来るし、その辺の怪談好きだって妖の話を蒐集してると言えるだろ? そういうのはちょっと弱い」
弱い。
スタンスに持ち込んでいいのか分からない評価基準であった。
他の二人のものに比べて、蒐集という行動そのもののハードルは低いように思える。
破壊する、食べるというのは彼女たちだから出来ること、というのもあるからだろうが。
「その辺りの話をするとだな……俺は雁金先輩からこのスタンプラリーについて聞かされた時には、すでにスタンスって奴を決めてた」
「……」
「同時にそのスタンスは誰だってぶち上げられるものだってのも知ってた。でも初めに浮かんだそれを変える気にもならなかった。だからそのために動いた」
過書さんは自分の中に答えがある状態で動いた。
そこは自分とは違うところだ。
私は自分の中にまだ答えがないでいる。
「それが先輩方の判だった。こいつは思い付きで言ったんじゃないっていう、俺のスタンスを補強してくれると思ったし、ついでにスタンスが通ったら手を貸してもらえるように地固めをする必要もあったっすから」
「やっぱり、ありふれたものは思い付きに思われますか?」
「人によるけどな。でも、別に高尚な理由が欲しいわけじゃないと思うぜ」
「そうなんでしょうか」
「だって、俺らのスタンスは単純だし。面接で言うみたいなさ、とにかく綺麗で詰め込みましたーみたいな言葉よりよっぽどいいと俺は思うぜ」
先輩方であるユートピアのメンバーのスタンスはシンプルだ。
今までにいたであろうOBやOGはもっと詳細なスタンスがあったかもしれないが。
あまりガチガチにし過ぎても自由が利かなかったりするものなのだろうか。
解釈の余地を残すというか、そういう逃げ道がいるのかもしれない。
「簡潔こそ最良、だな」
「?」
「いや、シンプルイズベストを日本語にしてみただけだ。純粋な気持ちってのは言葉が多くなくてもいいんだ。スタンスだって、簡単なものでもしっかり芯がありゃいいぜ」
そういって過書さんはコーヒーを飲んだ。
芯があればいい。
私の芯は何なのだろうか。
心の草の根を分けて探す必要があるかもしれない。
「……ま、はーちゃんとかうーちゃんは特別だわな」
「そうなんですか?」
「そうだろうよ。だって、あの二人のスタンスは俺のと根本が違うだろ?」
「二人だから出来ることだからですか?」
私の言葉に過書さんはにやりと笑った。
「そうだよ。はーちゃんもうーちゃんも人生に関わってくる。あいつらにしか出来ない事って訳でもないが、専門性の高いスタンスだ」
「なるほど」
「なるほどじゃねーよ。俺は案外菊屋ちゃんもそういうタイプかもって思ってんだぜ」
意外な言葉だった。
少なくとも私は自分が二人のような心持ちでいる意識はない。
強すぎるほど強い乙女、若王子羽彩。
妖を食べる妖ベースの人間、相生初。
強さゆえに人と競い合えない若王子さん、妖としての食事が必要な相生さん。
過書さんの言う通り、人生の中にユートピアの活動が必要なのかもしれない。
だが私はどうか。
強くなりたい、その気持ちだけだ。
……この強くなりたいという気持ちも、スタンスとしては弱いのだろうか。
「俺の霊能力なんて、やろうと思えば一般人にでも出来ちまうんだぜ?」
「そんな事は」
「菊屋ちゃん、俺たちと戦う時に神様連れてきただろ? あれもちょっとした使役だよ。それに桂御園は自分の妄想の神様を具現化しようとした。これは創造」
「……」
「勿論。俺のは強制力があるし、普通の人間ならもっと強い執念とかカリスマ性が必要だが、それでもコンプレックスは感じるぜ」
「過書さん」
「ま、俺の能力はくっそ便利だし、二つ能力持ってるなんて神がかりだが」
心配して損した。
少しセンチメンタルな気分になりそうだったがそんなことはなかった。
確かに私は今まで彼以外に能力を二つ持った人間を見たことがないかもしれない。
どこかで会っている、という可能性はあるかもしれないが。
「俺は菊屋ちゃんも、あの二人みたいに『そいつらしい』スタンスってのを見つけられるかもしれないって思ってる」
「……ありがとうございます」
「いいよ。俺が勝手に思ってるだけだ。好きなように考えな……あ、そうそう」
「はい?」
「ここ割り勘な」
「え」
何でも頼んでいいと言ったのでは?
いや、奢ってくれるとは言われてない。
図られてしまった!
「いや冗談だよ。そんなマジな顔すんなよ。ビビるわ」
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