9 ―忘れられた場所―
9―忘れられた場所―
桂御園の話は寮を出るまで続いた。
流石に桂御園でも暑さには負けてしまうのかもしれない。
そして私もまた負けてしまいそうだ。
「暑いな。目的の場所は遠いのか」
「暑いっていうなよ。二十分もしないうちに着く」
「暑いのだから暑いといっていいだろう」
「暑いといわれたら余計に暑く感じる」
「……俺にここが冬のシベリアだといえと?」
私はそこまではいっていない。
「まぁ暑い暑いといっていても気が滅入るだけだな。別の話でもするか」
「そうだね……桂御園、僕はあの時聞いてなかったんだけど葛葉さん、というか水晶玉はどこで手に入れたんだ?」
「買った。古物商からな」
「古物商?」
「街をふらついている時にな、たまたま見つけたのだ。電流が走るとはあのことだ」
桂御園は水晶玉を見てその何ともいえない雰囲気に惹かれたらしい。
店主に値を問うと店主は二束三文で売るというので衝動買いをしてしまったとのことだ。
そして祠作りに精を出していると気付けば夜になったおり、一息つくかと思ったときに葛葉さんが出てきた、ということらしい。
「そういえば葛葉さんを神のようなものって言ってたけど」
「祠を作っているときに現れたのだ。きっと呼応したのであろう。あめのびさいのかみが寄越した分霊かなにかだろう」
本当にそうかどうか確かめられないので神のようなものと表現したらしい。
あくまで桂御園の頭の中の理論だ。
もしも無関係であったなら葛葉さんはどう感じているのだろう。
彼女は純粋そうだからそう思い込んでいるのだろうか。
桂御園を信頼しているようであったのでそうなのかもしれない。
私であれば信じられないことだが。
出会いが違えば私が葛葉さんを射止めていたのかもしれない。
大きな声では言えないことだ。
私と桂御園はその後言葉少なになりながらある神社の鳥居の前にたどり着いた。
鳥居の向こうには石の道。参拝客もチラホラと見える。
「場所というのは神社か?」
「そうだけどここではないよ」
「? ならなぜわざわざここに来た」
「鳥居があるから」
空也の受け売りだが、鳥居とは人の世界と神の世界を区切る結界なのだ。
鳥居の内側は神域であり神の空間であり鳥居は神のいる場所への扉ということらしい。
ならば稲荷大社の千本鳥居はめまいがしそうな程の扉の数である。
「それぐらいのことは知っている。それがどうした」
「焦るなよ桂御園」
本題はここからである。
鳥居の内側、神社の境内は神域である。
それは本当なのだろうか。
雁金空也が私に話した理論というものがある。
鳥居は確かに結界であり門である。
しかし神社の境内などという空間は神が人の世に持つ神の土地と言うだけである。
つまり神は人の世に自分の土地を持っている。それは人でいうところの別荘地ということらしい。
神はこの土地の地主と得意満面に私に告げた空也の顔は今でも覚えている。
「今から行くのは神の別荘地ではなく、神の本宅なんだよ」
「ほう。なるほど、にわかには信じがたいがね」
「そこは君のやり方で証明する」
百聞は一見に如かず。
私は鳥居の前で一礼した。
それから少し大きな声で
「葉子、僕だ。菊屋咲良だ」
といった。これで準備は完了である。
相手に声が届いていれば私たちは目的の場所へと行ける。
「これでいい」
「それだけか? なにかもっと仰々しい儀式でも必要なのかと思ったぞ」
呼びかけだけで十分だ。
私と桂御園は鳥居をくぐる。
私達に対する歓迎なのか向かい風が吹いた。
涼しげな風が頬を撫でる。暑さを忘れる気持ちよさだ。
「で、これでいいのか? なにも変わった感じがしないが」
「後ろを見てなよ」
私と桂御園が振り返ればそこに鳥居の姿はなく、また私達が通った道もない。
その代わりに湖が私達の眼前に広がっていた。
「面妖な」
「行くよ。あと少しだ」
湖に背を向ける。また風景が変わっていた。
石の道はなく、参拝客もいない。
そこにあるはずのない森が広がっているだけだ。
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