三 スタンプラリーにスタンスあり


「自分のスタンスを決めるのはぁ、人によりけりだとだけどパッとは決まらない事の方が多いよねぇ。だからメンバーとの対話とかの中で見つけてもらうっていうのがぁスタンプラリーなんだけどぉ」

 目的は分かったが何故スタンプラリーなのだろうか。

 何か大事な事情があるのだろう。

 私はそう信じている。

「退魔サークル『ユートピア』の歴史でずっと続いてきた伝統のぉ……いいか。細かいのは」

「いいんだ……」

 伝統とか言ったじゃないか。

 伝統は大事にしてもらいたいところだ。

 そういうものにうるさい街の生まれなのだから。

「このスタンプラリーっていうのはぁ、スタンスを決める手助けと、他のメンバーからの承認を得るためのものなんだぁ」

「承認?」

 もうメンバーの一員だと思っていた。

「メンバーとして名簿には載るけどさぁ、実際に仕事を任せられる人間なのかってのは保証されてないんだなぁ」

「……」

「あはは。いじわるとかじゃなくてねぇ……責任をとれる人間なのかって話なんだぁ。私たちはプロじゃないけど、何も知らない人からすればぁプロみたいに見られるし。それにぃ、人の心に深く絡んでる問題っていうのもあるからさ」

 そういった問題を解決できるだけの人間でないといけない。

 生兵法は大怪我の基、という訳なのだろう。

 それでもユートピアはプロ集団ではない。

 退魔、という概念にプロだとかアマチュアというものがあるのかは分からないけれど。

「後はスタンス決めとかないとブレちゃうからね。これは哲学なんだよぉ分かるぅ?」

 スタンスとは哲学。

 哲学とは歩き方。

 歩き方とは生き方。

 スタンスがユートピアのメンバーとしての生き方を決める。

「幽霊とか妖怪とかさぁ分かる人にしか分かんないからさぁ、ちょろまかし方なんていくらでもあるんだよ。それこそ霊感商法みたいにさぁ……」

「霊感商法って……生々しい、のかな?」

「過書くんとかそういうの上手いタイプだよ」

「上手いとか……ま、否定できないっすね……桂御園と同室の奴を妖怪で迷わしたりしたし。正直、悪霊くっつけて、お払い名目で金巻き上げれるし」

 凶悪だ。

 私も他人に成りすますことで詐欺でも人間関係のひっかきまわしでも出来るわけだが。

 それは霊感商法という種類には分類されないが、犯罪行為という大本では合致している。

 そう考えると自分たちの持っているものの危うさを認識できた。

 じんわりと背に汗がにじむ。

「デメリット以上の稼ぎを出すのだって出来るんだよ」

「うん」

「でもさぁ、目に見えなかったりぃ、人が生み出したものだったりぃ、もっと大きな概念を形にしたものだったりするもの相手だから、誠実にやらないとダメなんだよ」

 そのためのスタンス。

 思った以上に重要なもののようだ。

 私は背筋が伸びたような気がした。

「じゃあこの紙にスタンプをもらったらいいの?」

「そそそ。スタンプを貰う条件は人それぞれだからね」

「条件とかあるの」

「あーそこは皆に任せてるから。対話でもテストでも何でもあり」

 急に不安になってきた。

 完全に相手に委ねるという事は恐ろしい。

 相手任せにすると何が出てきても文句は言えないのだ。

 元から文句を言うつもりもないが。

 それでも何でもありは不安が高まってしまう。

 鼓動が速くなってきた。

「ここにある三つの四角にスタンプを貰えれば合格?」

「んーん。最終的にお姉ちゃんからのスタンプを貰えれば合格」

「え、空也だけでいいの?」

 そっちの方が楽なのではないか。

 いや、空也相手だから楽というのもないだろうけれど。

 それでも律儀に枠の数である三つを溜める必要がないというのはどういうことか。

「代表である私にはぁ、他のメンバーが認めていなくても、少年を承認するだけの力がある。だけど少年がやらかしたら、それ相応の責任を負うことになる」

 それ相応の責任の言葉に心が震える。

 例えば、例えばだが、あの夜の一件のような事が起こったとしよう。

 私がやらかして、葛葉さんの思惑通りに彼女がこの世に存在しないはずの神になった場合、そこに発生する責任というのはどれほどの重さになるのか。

 人の命だってかかるだろう。

 それの責任を負うとなれば、どれだけの代償を払う必要があるのだろうか。

 となると、桂御園事件で私がユートピアのメンバーの邪魔をしたのは彼女としても危ない橋を渡っていたのではないだろうか。

「おいおい、大丈夫かい。顔青いよ」

「き、気のせいだよ」

「ははは。大丈夫。あくまでいきなり私からスタンプを貰ってぇ、なおかつ取り返しのつかないほどの失敗をしたらぁ……ぐらいの失敗じゃない限り何とでも出来るし。そもそも私の所に来た時点で結論が出たのか聞くからさぁ」

「そうっすよ。大抵みんな順序通りスタンプラリーで枠三つ埋めてから雁金先輩の所行ってるはずだし」

「あたしは直接貰いに行ったわよ」

「私もー」

「えっ、うっそ……!」

 心配になってきた。

 この場合心配の対象は空也がそうポンポンと判を押してしまう迂闊さにだが。

 ……ちゃんと考えて承認をしていると思うけど、それでも三人中二人というのは問題ではなかろうか。

「三つ集めた俺が阿呆みたいじゃん」

「あんた慎重派だから」

「んー。普通ぅは過書くんのやり方が正解だからねぇ。二人が珍しいだけ」

「そう言えば空也もこれしたの?」

「したよ。私の時も先輩三人からスタンプもらった。これでも歴史あるサークルだし。若王子ちゃんは私以外の先輩に会ったことあるし」

 そうなのか。

 いつからあるサークルなのかは分からないが、先輩がいても不思議ではない。

 となればいつからあるのかも気になるが、長くなりそうなのでやめておこう。

「ここから先はぁ君が決めるといい。誰かスタンプを貰いたい人を選んでもいいし、直接私でもいいし、今日は帰るでもどれでもいいよぉ。期限とかないしねぇ」

 スタンプを貰うと同時にスタンスについて考えなければならない。

 同時進行なのでどうなるか。

 いや、流石にスタンス探しのヒントにならないということはないと思う。

 そういう名目でもしているのだろうし。

「色々言ったけど、こんなのは歓迎会みたいなちょっとしたイベントだよぉ。だから、楽しくやって、それから真面目にスタンス考えて、それぐらいでいいからねぇ」

「……分かった」

「それじゃあ、咲良くん。君はどうしたい?」

「……それじゃあまずは、過書さんからで」

 しっかりと勉強させてもらおう。

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