25 ―桂御園信太―
25―桂御園信太―
「来たか。来たな」
祠の道を進んでいけば桂御園のいる広場についた。
積み上げられた祠の塔の前で桂御園は水晶片手に座り込んでいる。
ここにアコースティックギターでもあればあの夜の光景に近づくだろうか。
あの時はこんなことになるとは思わなかった。
「桂御園。聞きたいことがある」
「今日であらゆるものが変わる。教えてやろう、なんだ」
「なんで世界をキャンパスにしたい。野望だからじゃなくて、野望になった理由が聞きたい」
「世界に桂御園信太を輸出する。俺というブランド。俺というレーベルだよ。それを世界に広めて、俺を認めさせてやる」
「……妖の力を借りて?」
「お前だって誰かの力を借りて戦ってきただろう?」
確かにだ。
若王子さん曰く誰かの力を借りて使う。そうやって私はユートピアとの戦いを潜り抜けてきた。
だが胸を張れる。他人の力を借りてでも果たしたい目的があったのだと。
「さてそろそろ時間だ。俺を止めるんだろう? やってみろよ。出来るならな。葛葉」
水晶を葛葉さんに手渡す桂御園。
そしてそのまま、二人の影が重なった。
突然のことで私は硬直した。そしてその後目の前で起きたことを理解して紅潮した。
「どうした? 顔が赤いぞ」
「気にすんなや咲良君! 自分かてしたことあるやろそれぐらい!」
ともかく戦わねばならぬ。
私は桂御園を止めに来たのだ。思い切り駆け出していく。
生まれて喧嘩など全くしたことはないが思い切り歯を食いしばって桂御園に拳を振り下ろした。
桂御園に手首を掴まれる。強い。手首に痛みが伝わってきた。
「お返しだ」
桂御園が足の裏で押し込むように腹を蹴る。
不味いと思い空いた方の手で腹を守ったが腕ごと蹴り飛ばされる。
腕には鈍い痛み。本当に人の力か?
「咲良君。そこのボンクラなんかおかしいわ! 多分、そこのから力借りとる」
「力?」
「そうだ。あめのびさいのかみとなる葛葉から俺は力をいただいたのさ。人ならざる力よ」
なるほど。妖に取りつかれているようなものか。
納得だ。なら私も人ならざる力を使わせてもらおう。
私の肉体は変化する。若王子羽彩ほど強くはないが身体能力が向上していくのを感じる。
それから私と桂御園は殴り合い蹴り合った。
素人同士、格闘技の技術もなにもない。とにかく腕を振り足を上げ相手に当たればいいと攻撃しあう。
私の拳が桂御園の腹に食い込めば、桂御園の拳が私の顔に叩き込まれる。
桂御園の足が私の足を蹴れば、お返しに桂御園の足の甲を思い切り踏み抜いてやる。
髪を掴まれ思い切り顔面を殴り抜けられる。流石に疲れてきたのか私は尻餅をついた。
桂御園は私を見ろしながら近寄るが私は思い切りやつのすねを蹴り飛ばした。
構わず迫ってくる桂御園。馬乗りになろうと私をまたぐ。
「諦めろ。お前の負けだ」
「諦めない!」
今度は狙いを変えて腹を狙う。みぞに入ったのか顔をゆがめている。この隙にと距離をとり立ち上がる。
お返しだ。今度はお前が倒れろと思い切り走り込んで腹に突っ込む。
が、桂御園は倒れない。何度も私に膝蹴りと上から鉄槌のような拳を落とす。
「そんなに街を守りたいか!」
「街なんてどうでもいい!」
膝蹴りを掴む。片足立ちの状態の桂御園は思い切り押し込めばそのまま倒れ込む。
馬乗りになろうと体を押さえつけながら這う私。
そうはさせまいと攻撃を食らう。私は一度立ち上がると思い切り彼の胸を踏みつけた。
私の足を桂御園が掴んだが関係ない。私は何度も何度も地団太を踏むように彼を踏みつけ続けた。
息が上がり何度か踏みつけが外れる。
桂御園は体勢を立て直そうと私の足に掴まり、立ち上がろうとする。
「街なんかどうでもいいんだよ桂御園! 僕はお前を助けに来たんだ」
そう叫んで私は桂御園の腹をボールのように蹴り上げた。
言葉と行動はかい離してはいない。私は力づくにでも桂御園を止めたいのだ。
蹴り上げるときに私の力が強くなってしまったのか桂御園は少し飛んだ。
ごろりと地面で一回転をすると咳ごんだ。
「俺を助けるだと? バカを言うなよ。お前に俺の気持ちが分かるのかよ。お前みたいに誰かに支えられる奴になにが分かる!」
「何も分からん!」
よろよろ立ち上がった桂御園に掴みかかり、その顔を殴る。
こらえた桂御園が拳を握る。顔を守ろうと構えると、腹に衝撃が来た。
また前蹴りだ。
「分からないだろうよ。お前は恵まれてるから」
違う。私は恵まれてなんていない。
前蹴りでひるんだところに拳が顔面に来る。
鼻が熱くなり何かが伝っている感覚が現れた。
「誰かに助けてもらえる奴は気楽でいいよ。俺は、なんで……誰のせいで」
私が繰り出した大振りの拳は避けられる。
懐に入った桂御園は私の襟を掴んでそのまま頭突きを食らわせた。
今度ははっきり認識できた。桂御園の額に私の鼻血が付いている。
「夢も希望も、いつもいつもいつもいつも! 俺は俺だ! 誰かの子供とかどんな家なんて……! 関係ないだろ!」
桂御園は泣いていた。
彼のこれまでを思い出したのだろうか。何度も何度も私に頭突きを入れる。
私の鼻血と共に彼の涙が飛び散る。
「誰も俺の事を認めてくれない。俺の夢も、心も認めてもらえないんだよ。お前はいいよなぁ……俺はもう、寄りかかれる人間なんていないんだよ」
「……いる」
「あ?」
「ここにいるって言ってんだよ! 桂御園!」
お返しに私の頭突きを桂御園の鼻先にぶち込んだ。
どうやらあいつほどうまく決まらなかったらしい。鼻血は出なかった。
「お前は勘違いしてるよ。僕だって、僕だって認められなかったさ。誰にも気付かれなかったんだ」
もう一度私は頭突きを繰り出す。
襟にかかっていた力が緩む。私が彼を突き飛ばす。桂御園を見下ろしている。
酷い顔だ。擦り傷切り傷、土で汚れた顔だ。
「辛いだろう桂御園。僕も十五までそんな気持ちだった。まるで自分が存在しない様に思えるだろう。誰も自分を必要としてないって思えるだろう」
僕もそうだった。この体に背負わされた大きな荷物。変化する能力という弊害。
何者にでもなれる代わりに何者でもない。菊屋咲良という人間を世界の誰も認識出来ない。
誰も気づけない。分からない。
「だったらなんでだよ。俺とお前のどこが違うんだよ!」
「多分、出会った人だよ桂御園」
「っ……そんなことで俺は」
「だからさ桂御園、僕じゃダメか」
「あ?」
「僕は空也と出会って変わった。だから僕が君を変えてあげよう。友達になろう桂御園。君はやり方を間違えただけだ。まだ戻れる」
妖の力になんて頼らなくても世界は変わる。
世界を変えるのは意志だ、方法じゃない。少なくとも私はそう思っている。
だから意志さえあるのなら方法は選んでもいいはずだ。
「は、はは……何を言うかと思えば。お前も少しばかりおかしいな」
「あぁ。自分でもちょっと変だと思うよ」
「そうか。なぁ、その言葉信じていいのか?」
「……もちろん」
桂御園に手を伸ばす。彼も私の手に応じようと手を伸ばした。
私の心は桂御園に通じたのだろうか。
いや通じているはずだ。だから彼は手を伸ばしているのだ。
「あーあーあー。あきませんなぁ信太君」
握手まであと一歩というところで割って入ったのは葛葉さんだ。
桂御園を半ば無理やり起き上がらせる。
「ここまで来たのに諦めはるん? そんなんあきません。うち、今日をずっと楽しみにしとってんから」
「葛葉。あめのびさいのかみになりたいのなら俺はそれを拒まない。ただ、世界をキャンパスにするのは止めだ」
「……んーさよか。でも、足りんのよ」
「何が足りない」
「信仰心? って言った方がええやろか。でも大丈夫。代替品は見つけとるから」
足りないもの。信仰心。
ただの妖であるところの葛葉さんを神に押し上げるに必要なのは信仰心だ。
そして桂御園の祠に込められた信仰心が後押しして葛葉さんが神になる、という計画だったはずだ。
「代替品はなぁ……あんたの命」
葛葉さんの腕が後ろから桂御園を貫いた。
突然のことだ。私はそれを止めることは出来なかった。
「あ……ああ……」
桂御園が口をぱくぱくとするとその口から言葉にもならないような音が漏れる。
「桂御園!」
私が桂御園の体を掴み、引きはがそうとした。
桂御園の体は先ほどまでと違いずっしりと重い。
「邪魔や」
桂御園を貫通した腕が私の体を押す。
衝撃。原付にでも跳ねられればこれだけの感覚を味わえるだろうか。
痛みはなくただ衝撃だけがやってくる。私の体は後方に吹っ飛んだ。
どんと体が止まり私は木にでもぶつかったのかと思ったがどうやら葉子が受け止めてくれたらしい。
「咲良君ちょっと不味いで。あのボンクラホンマに死ぬかもしれん」
「……どうやったら助けられる?」
「ボンクラはあそこの女に取り殺されそうになっとる。あいつらを結んでるもんは欲望や。アイツらお互いを利用しとったんや。ボンクラは自分の野望のため、あの女はもっと強くなるために」
「よう分かりはるわ。あんさんみたいなんが相手やったらうちも苦労しとったやろうなぁ。ただ、うちはもう王手にたどり着いた。この阿呆の言うあめのびさいのかみとかの振りするんは面倒くさかったけど、ただの怨霊が神様になれるんやったら安いもんや」
ユートピアの見立ては正しかった。
お互いがお互いを利用する。葛葉さんは桂御園の野望に従うふりをしながら自分の野望をかなえようとしていた。
桂御園も彼女に取りつかれて多少精神に異常をきたしていたのだろう。
「咲良君。アイツら繋いでるモンを断ち切ったれ。世界をキャンパスになんかせんでエエと思わせたれや」
「……葉子。カバンを」
「ん? なんや秘密兵器でも入っとんのか?」
「多分ね」
葉子からカバンを受け取り中身を取り出す。
中に入っていたのはファイルだ。そこには賞状が挟まれている。
桂御園の部屋で見つけた。祠の下敷きになっていたものだ。
これは賭けだ。賭けになるかは微妙だが、桂御園にとってこれが大事なものというのは確かなのだ。
桂御園に駆け寄り賞状を見せてやった。
「お前……それ……」
「ん、なにそれ」
「桂御園唯一の受賞だよ。桂御園、認めてもらえなかったなんて大嘘だ。お前は認められていたじゃないか」
後に過書さんから聞いた話だ。
桂御園信太という男は高い芸術的センスを持っているらしい。
そしてひたむきに努力した結果彼自身芸術の腕は高い。
だが芸術というのは上手いとか下手とかだけでは決まらないこともあるらしい。
高い能力を持ちがらも桂御園は報われていなかった。
それが誰にも認められていないという彼のコンプレックスの一部なのかもしれない。
母親に強く反対されたり、妖に取りつかれたからで彼が大きく変わるとも思わない。
根底の部分で何かあったのだと思う。
彼がこの賞状を手にした中学生の時だ。
とても権威があるものではないのかもしれない。ただの選挙ポスターの賞状だ。
「お前が芸術家として生きたいと強く感じた時はいつだ? この賞状を手にした時か?」
桂御園は大学に入ってキャラを演じ始めた。変人であり芸術家であり宗教家という皮をかぶった。
私からすればそれは迷走というものだ。桂御園は自分の一切の過去を隠し生活している。
ならなぜ自分の過去の遺産であるこの賞状を寮に持ち込んだのだろうか。
特別な思い入れがあるのだと私は感じたのだ。
「はっ。こんな紙切れ一枚で何が変わるんよ」
「変わるさ。そうだろう桂御園」
「あぁ……変わるな。少なくとも……俺にはそれが支えだった」
桂御園が手を伸ばす。
私はその手をしっかりと握った。力強く彼の手が潰れてしまうのではないかと考えてしまうほど。
「忘れていた……いつか、信仰心だ野望だとキャラに囚われて。そしてその結果、こんなことに」
「何を言うてはるん? キャラやないやろ? あんさんが望んだからやで?」
「いや。キャラだよ……世界をキャンパスになど、命をかけてまで……本心から望める人間じゃなかったはずだ」
桂御園の手から力が伝わってきたのだ。
「葛葉、俺にお前は必要ない。俺の望みは俺が叶える」
「な、なにを信太君。死んでまうかもしれんけどあんさんの望みは叶えたるわ。桂御園の名前を世界に響かせたげるで?」
「死んでから評価されるなんてクソだね。俺は生きたまま世界に俺を輸出する。それに葛葉、お前にこの賞状のことは教えてやったはずだ」
「え?」
「大事なものだと教えたはずだ。はぁ……お前もやっぱり、俺の話聞いてなかったんだな」
私は桂御園を引っ張った。
桂御園も一歩踏み出した。
葛葉さんの腕が桂御園の体から離れる。桂御園の体に傷はない。
彼らの心の繋がりを断ち切ってやった。桂御園は葛葉さんを必要としない。これ以上彼女の力が強まることはない。
「……なんでこないにならなあかんねん。あと一歩やったのになぁ……!」
葛葉さんは水晶玉を飲み込んだ。
彼女自身であり弱点でもある水晶玉を取り込んだのだ。
それと同時に彼女の姿が変わる。長い髪は白髪となり四肢は痩せこけ皮張りのようだ。
目があったところは黒い空洞のような窪みに姿を変え、着物は朽ち果てた。
そこにいるのは最早美しく儚い葛葉さんの姿ではない。彼女の本性である妖としての姿だ。
「許さへん」
敵が手を上げると空には暗雲が立ち込める。黒く渦を巻いた雲から妖がこちらに落ちてくる。
これは非常にまずい。
「まぁしゃあない。でもここまで力を蓄えることは出来た。あんさんら殺して逃げるとしよか」
「させるかボケナス」
次々と落ちてくる妖が鈴にぶつかって消えていく。
「葉子」
「咲良君頑張ったやん。それに免じてウチもちょっとは本気出して手伝ったげるわ。ただし、そこのボケナスは自分でなんとかしいや」
葉子が四つん這いになると彼女の体も変化を始める。
一匹の野狐となり、やがてどんどんと大きくなる。気付けば葉子はトラックほどの大きさになりその尾は九本に増えていた。
白面金毛九尾の狐。葉子本来の姿だ。
大きく跳躍するとその尾や牙、鈴を操り次々と落ちてくる妖を倒していく。ああなってはただの妖では太刀打ち出来まい。
しかし問題は変わらず目の前の彼女だ。
葉子に気を取られているうちに距離を離したが神に近しい程の力を持っている今の彼女を倒せるだろうか。
いや、倒せるかではない。倒すのだ。そのためには何が必要か、よく考えろ。頭を使うのだ。
私は足元に落ちている黒バットを拾った。
「そうか、頭だな。桂御園、手伝って欲しい」
「どうしたらいい?」
「あめのびさいのかみは君の考えた神様だ。彼女は完璧ではないにしろ、あめのびさいのかみとしての側面を持っているし、君の考える設定に左右される」
だから弱点の設定を作れと私は彼に告げた。
桂御園はそれをあっさりと受け入れた。
「簡単だ。そのくらいはな」
「頼んだ」
その間にも彼女は私達の元に近付いている。
あめのびさいのかみの相手は私がしなければならない。桂御園がいい案を浮かべるまでの間の時間稼ぎだ。五分か十分かそれ以上かかるかもしれない。
やり遂げるのだ。それさえ出来れば勝機はある。
「っらぁ!」
「そん程度?」
バットの一撃はかわされる。
大丈夫だ。頭を使え。頭を回すのだ。私は菊屋咲良だ。雁金空也の弟子なのだ。
時間稼ぎの一つや二つこなせるはずだ。
「ふっ!」
「ん? ……ッ! なんや、これ」
私は彼女の顔に唾を吐いた。
……この表現は正しくない。私は彼女に糸の塊を吐いた。
「土蜘蛛の糸だ」
彼女は糸を認識した。問題なく影響を与えられる。
顔をかばったので視界を完全に奪うことは出来なかったが顔半分に糸の塊が付着し手と顔をくっつけている。
「邪魔や」
ただ私が変化して出した程度だ。本物の土蜘蛛の糸と同じ強度かは怪しい。だからまだやることはある。
私は彼女の足を見た。しっかりと踏ん張っている。ガムのように粘着し、しっかりとした強度の糸を相手にするのだ体に力も入るだろう。
今度は彼女の足に糸を吐きつけた。彼女は顔と手についた糸を無理やり引きちぎったが、足の糸のせいで近寄ることは出来ない。
当然、足の糸も外すだろう。対応しなければならない。
私は足を振り上げて糸を引きちぎる彼女に合わせて、すねに向かって思い切りバットを振り下ろした。
過書さんの洋館を叩き潰した時のような力でだ。
「痛ッ」
「もう一発」
フルスイングで怯んだ相手の胴にバットをぶつけに行くがこれは思い切り跳びのかれた。
跳ぶ力で糸を引きちぎるとは恐ろしい。だが距離を離したのは得策ではない。
大きく息を吸い込むとまた糸だと思ったのか相手は身構えた。かわす気だろう。
私はろうそくに向かってするように息を吹いた。出てきたのは空気ではなく炎だった。
人間火炎放射器だ。距離を離したので彼女はしっかりとその目で炎を認識することになった。
突然の事で反応が少し遅れた彼女に炎が飛びかかった。
「はぁ……はぁ……」
「この程度のごんたくれにぃ……」
面白いほど上手くいく。彼女が戦いに慣れていないからか?
それとも妖だから加減せずに戦えているのか。なるほど、若王子さんの全力を出せる相手が妖というのも頷ける。
人間とは違う存在だ。私がした攻撃は人間ならば大変なことになるだろう。
しかし妖はこれだけしても倒れないのだ。
「桂御園、どうだ?」
「……胸だ。今考えた。胸を狙え」
「む、胸?」
「あめのびさいのかみは芸術の神だ戦いには向く肉体でもない。高天原に戻ったあめのびさいのかみは新たな芸術を生み出した。それを受け入れられなかった神も当然いたのだ。その神は彼女を批判した。彼女はあの男との生活を思い出し、反論した。それが怒りを買い、近くにあった道具を投げつけられ死んだのだ」
「説明ありがとう」
つまり胸を狙えという事だろう。
理解した。それにこれで彼女は胸が弱点になったはずだ。
体を火に焼かれながらも立ち上がった彼女。その胸にはしっかりと水晶玉が浮かび上がっている。
成功だ。後はあそこを叩くだけだ。
「だがどうする? 弱点は向こうも分かってるぞ?」
「大丈夫。葉子! 手伝って!」
「しゃあないなぁ」
空から鈴が降ってくる、彼女の上に落ちていく。がらんと大きな音を立てて彼女の頭に命中した。
ぐらりと揺らぐあめのびさいのかみ。そのまま鈴が彼女を押さえつける。
「もう一発ぶち込む!」
「オッケー!」
もう一度だ。私はバットを相手に向ける。それからゆっくりと構える。さぁここが好機だ。
鈴が降ってくる。彼女に向かってではない。私に向かってだ。
頭に乗った鈴をどけようと手を上にあげている彼女は隙だらけである。
「うちは神様になれるはずやったのに、こんな所でぇ」
「人を舐めた罰だよ葛葉」
「……人罰執行!」
バットを振った。落ちてくる鈴はバットにぶつかりあめのびさいのかみの元へと飛んでいく。
胸をかばおうと腕で防ごうとしたようだが無駄だ。
その腕ごと鈴は彼女を貫くのだから。
鈴は見事に命中。彼女の腕を砕き体を砕きそして水晶玉を砕き、彼女に大穴を開けた。
灰になるようにあめのびさいのかみの身体が崩れていく。これで終わりだ。全てが終わった。
「終わった……」
「あぁ終わったよ、ありがとう」
「よかったよ。疲れたな」
私と桂御園はその場に座り込んだ。緊張の糸が切れたのかどっと疲れがやってくる。
空を見上げれば呼び出されたらしい妖達は消えていた。呼び出した彼女が消えたからだろうか。
それならばきっと街に現れた妖も消えていっただろう。
「なぁ、俺も聞いていいか?」
「なにを?」
「なぜ俺を助けた」
大真面目に言う桂御園。私は笑った。何がおかしいのかは分からないが笑ってしまった。
「君は招待状を持ってきてくれた。それに君は僕の名前を覚えてない振りして僕の名前で遊んでたろ」
「それだけか?」
「十分だよ。僕は人に覚えてもらうのが苦手でね。僕を覚えてる人間は僕のことをどうでもいいなんて思ってない人なんだ」
私自身把握しきれていない能力だがそこは分かっている。
私に関心を向ける人間が私を覚えられる。そして覚えている人間の中でも私に何らかの強い感情を抱いた人間の記憶に残り続ける。
それにしたって時が経つにつれて私の事を忘れていくものではある。
「僕はね桂御園。嬉しかったんだ、君が僕を覚えてくれている事が。だからそんな君を助けたいって思えたんだ」
「そうか。そうだったか……単純だな」
「君も単純な理由で暴れてたろ」
そんな風に話してから私達は何故だか笑えてきた。
立ち上がれるかも怪しい疲労感。それにお互いに喧嘩で出来た痛々しい怪我。それらを忘れゲラゲラと笑い、ひとしきり笑い終わったら体の痛みを思い出しその場でのたうち回った。
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