24 ―手助け―
24―手助け―
「さて、時は来たぞ伊勢屋。お前の考えは変わらないのだな?」
結婚式当日。挙式の時間まであと少しといったところか。
私は寮の窓辺に座って電話をしていた。
相手は桂御園信太。その声は落ち着いている。そして私も落ち着いている。
「もちろんだよ桂御園。僕は君を止める。君の挙式をこれからめちゃくちゃにしてやる」
「……そうか。ならば来るといい。歓迎は出来んがね」
通話が終わる。寮の窓から外を眺めていると、窓から見えていた木が揺れる。
風ではない。私が窓から身を乗り出せば木の傍に何か小さなものが見える。
それは人のような姿をしているが額からはしっかりとした角が生えている。
鬼である。一人の鬼が楽しそうに木に体当たりをして揺らしている。
私がすることは桂御園と対峙し、彼の野望を打ち砕いてやることだ。
足元に置いてあるカバンを肩にかけてから私は窓から外に飛び出した。地球の引力に引かれて私の体は落ちていく。
しかし体はすでに変化させた。体が羽のように軽い。
ゆっくりと舞うように地面に着地すると私は自分にかけていた変化を解除する。
私の気配に気付いた鬼は喜んでいるのかきぃきぃとよく分からない声を出している。
もう一度体を変化させる。今度は重く硬く変化せねばならない。まるで鉛のような肉体にならねば。
四股を踏むような感覚で前に足を踏み出す。
ぐっと地面に私の足が沈み込む。その様子を見ていた鬼は力比べとばかりに両手を広げた。
私も両手を広げて鬼と手を合わせる。私の肉体の変化を鬼は目視し、認識した。
問題なく変化した私の影響を受けるだろう。鬼の力というのは人のそれとは大違いだ。まるで岩を押し上げようとしているかの如く。
しかしそれは相手も同じらしい。隙ありと私は渾身の力を込めて鬼の腹を蹴り上げた。
木にぶつかった鬼はそのまま倒れ込み動かなくなった。
手を合わせて鬼に心の中で謝罪をして、私は用意していた原付に跨りエンジンをかける。
寮を出た私の眼前に広がる魑魅魍魎の群れ。
すでに桂御園の手によって町中に妖がばらまかれているのか。
式を挙げると同時に街に妖を出すのかと思ってたがそうでもないらしい。
大きなものはがしゃどくろにダイダラボッチ。小さいものは子鬼やらつるべ落としなどがうじゃうじゃ湧いている。
それらは無軌道に歩き回っているようだが何人かは連れだって移動している。
この妖達を桂御園が葛葉さんを使って呼び出しているのなら桂御園の所まで行かねばならない。
そのためにはこの妖の群れを抜けなければならない。
私は山に向かって真っ直ぐに進む。
音で私に気付いた妖もいるが原付のスピードにはついていけていない。
風を切る音が聞こえる。体を風が撫でていく。
私は何かがおかしいと感じた。
体? 体に風が当たっている?
半袖なのだから腕に風が当てるのは分かる。
しかし服を着ているはずの場所になぜ風の感触がある?
おかしいのだ。私は片手を離して体を触る。
私は触れた。確かに体に触れた。
服が切り裂かれている。既に攻撃されているのだ。
カバンも切られてやないかと思い触るためにブレーキをかけようとすると私の体が前に投げ出される。
手にはしっかりと握られたハンドル、目線の先にはバラバラになった原付が見えた。
カバンはどうやら無事らしいがそれどころではなくなってしまった。
「かまいたちか……」
全く気付けなかった。体を変化させ地面に叩きつけられた時の衝撃を殺す。地面に倒れた私の側に妖が集まってきている。
私が原付と同じスピードで移動出来るように体を変化させるしかない。
起き上がった私は人間離れしたスピードで走り出した。
寄ってくる妖達の間を抜け、彼らを撒けると思ったその時だ。
私は見えない壁にぶつかった。また妖だ。恐らくぬりかべであろう。
ここは行き止まりだ。振り返れば妖達が迫ってきている。
鬼やバケガニ、人骨の妖などその種類は様々だ。袋小路である。
私は覚悟を決めて手に持っていた原付のハンドルを刀に変えた。
戦うしかない。ぬりかべを切り倒せるかもしれないがそうしているうちに奴らは私に追いつくだろう。
剣道の経験はないが刀を振り上げて妖の中に突っ込もうとした時だ。
迫ってきていた妖の集団の中にいた一匹の大蛇が近くにいた妖を飲み込んだのだ。
さらに近くにいた妖を締め上げる。
妖たちもさすがにこれはおかしいと思ったのか標的を私から大蛇に切り替えた。
大蛇が向かってくる妖達と戦っているとまた集団の中から離反者が出る。
今度は一体の鬼が大蛇を攻撃する妖を持ち上げて地面に叩きつけたのだ。
妖達の仲間割れだ。一体どうなっているのかと思い辺りを見回せば頭の上から声がする。
それはとても聞き覚えのある声であり、つい先日も聞いた声であった。
「よ、菊屋ちゃん」
「過書さん」
「あたし達もいるわよ」
一反木綿に乗ったユートピアの三人がいた。
とすると裏切ったのは過書さんの使役する妖なのだろう。
「あれ、あの神様連れてないんすか?」
「……これは、僕が解決するべきことだと思ったので」
正直な話葉子を連れて生きたかったのは確かだ。
しかしそうするべきだとは思いながらもしたくないという気持ちもあった。
彼女に頼るということはつまり喧嘩の道具に銃やミサイルを持ってくるようなものだ。
空也や葉子に助けられながら戦っているが桂御園との決着はなるべく力を借りずにと思っている。
「なにそれ。意味わかんないわ」
「ぐっ……」
「あなた時々阿呆なのね。使えるものはなんだって使う気じゃなきゃ」
「羽彩さーん、ばっさりいくねぇ。別にいいけど」
私の考えが甘いと言うならばそうだろう。勝つための手段を選べるほどの能力があるかと聞かれれば答えは否である。
変化は万能ではあるけれど最強ではない。
「それにね菊屋君。あたし達はユートピアとして活動してきたの。今回は油断によって負けた。これはあたし達にとって初めてのことよ」
「それは……」
「あたし達を倒したあなたがこんな所で妖に負けて終わるなんてして欲しくないの」
一反木綿から下りる若王子さん。
ニッコリと笑いながら近付いてくるのが不気味だ。
女性に対して失礼な事だが彼女の力や行動を多少知っているからか彼女の笑顔は何故か恐ろしいを感じる時がある。
「あたし達の目的は二つ。一つ、菊屋咲良あなたに手を貸す。二つ、今発生している妖に対処する、以上」
「僕に手を貸すって……」
「あら、嫌かしら?」
「いえ、とても心強いですけど……その……」
「何度も同じこと言わせる気? 大丈夫。別に桂御園とあなたの戦いそのものに手出しはしないわ」
「そうやで咲良君。人の好意には甘えなあかんで」
若王子さんが乗っていた一反木綿から声が聞こえる。
葉子の声だ。なぜ彼女の声がするのだろうか。幻聴かとも思ったが一反木綿から葉子が下りてきた。
驚いた私に向かってへたくそなウインクを見せつけてきた。
「葉子、なんで」
「咲良君があのボンクラと喧嘩するって聞いてた。ほう、あの咲良君が喧嘩か珍しいなと思うて、まぁ野次馬ついでに護衛でもしたろと思って」
「あ、あぁ……」
野次馬が第一なのか。
いや別にそれでも文句は言わないし言えないので問題はないのだが。
「さ、選びなさい。といっても拒否権はないに等しいのだけど」
「……もし手助けを断ればどうなりますか?」
「あんたを殴ってでも手を貸す」
目的を果たすために手段を選ばないのは個人の主義なので口出ししないが、殴られたらただでは済まないだろう。
ただで済むように加減をしてくれるかもしれないがそもそも殴られたくはない。
「まぁそれは冗談にしてもここから先、またぬりかべや他の妖に邪魔されることだってあると思うわ。さっきみたいな状態になって、無傷で乗り越えられるの?」
乗り越えられるとは言い難い。
先ほどの突進だって自分が傷つくのも覚悟の上だ。
私だけが消耗することになる。いざ直接対決という時になって私が万全の状態である確率は低いだろう。
ハンディキャップを与えているといえば聞こえはいいが、そんな立場でもない。
「正直、出来るならあたし達が解決したいけど手を引くって言ったし」
「すいません……」
「そもそもあなた桂御園を助けたいのか倒したいのかどっちなのよ」
「僕は……桂御園を助けたい」
初めからそのつもりだ。
私は包み隠さず若王子さんに告げた。
「だからその、申し訳ないんですけど手を貸してください。若王子さん」
「……そ。じゃあ今回の手助けは貸しにしとくから。雁金先輩にも伝えておくわね」
私はここにきて彼女に頼ることを決めた。
なんとも揺らぎやすい意志だが私だって桂御園と戦う前に負けるのは嫌だ。
若王子さんの言葉に従おう。使えるものは使おう。
決戦に向かうためなら頭の一つや二つ下げられる。今までそうしてきたのだから。
「素直でよろしい」
頷き私の胸倉を掴み上げる若王子さん。結局殴るつもりなのだろうか。
若王子さんなら私を殴り飛ばして桂御園の所まで連れていくくらいわけないだろう。
その際私の安全は一切保証できないが。
「今失礼なこと考えたかしら?」
「いえ、別に」
「そ。それじゃあ神様。後のことは任せたわね」
葉子が私の背中に飛びついた。若干彼女の上で首に食い込んでいるのが苦しい。
神様と言えど質量はあるのだ。重みは感じる。女性にこういうことを言うべきではないだろうけれど、そう思ってしまう。
「任せとき。そんじゃまあ向こうの山まで頼むで」
「えぇ。菊屋君も準備はいいわね」
「はい……ありがとうございます。わざわざ、僕のために」
「別にいいわよ。菊屋君、誰かの力を借りることは恥ずかしい事でもなんでもないし、誰かの力を借りたから自分の働きは微々たるものなんて考えない事ね」
「……」
「誰かの力を借りたって、誰かに頼っていたって、誰かに助けてもらえるだけの事をしたり誰かに頭を下げたり、なにより誰かの力を使って行動しているんだから。胸を張りなさい」
彼女はそう言って私を放り投げた。
空中で敵に遭遇したら葉子が敵を迎撃してくれるらしい。
なので私は自分がしっかり握ったカバンと私自身の安全を確保していればいい。
彼女が貸してくれた力を無駄にしないように尽くせばいい。それだけを考えて私はそれを飛んでいた。
私が落ちたのは桂御園がいるであろう場所ではなく山道だった。
細かいコントロールは出来なかったのかもしれない。
しかし幸いなことにそこはあの日過書さんを倒した後に見つけた祠が並べてある山道であった。
体を起こし、桂御園の所へ行こうとした私の前に現れたのは雁金空也だった。
手には一升瓶と黒バットという武装である。
「空也」
「やぁ、少年。若王子ちゃんに助けられたのかな?」
「空也が頼んだんじゃなかったんだ」
「うん、そうだよ。ところでさぁ、本気で戦うつもりなの?」
「あぁ。僕は行くよ空也」
「私がぁ、少年に結婚式まで桂御園君を守れって言われたから結婚式終わるまで少年を足止めするって言っても?」
空也がそんなことを言うのは少し意外だった。
ちゃらんぽらんだが、こういうところは真面目にやってくれるのは知っている。
だが頭の固いタイプでもないのであっさりと通してくれると思っていた。
考えが甘すぎたのだろうか。それとも空也の好意に甘えているのか。
しかし……悩むまでもない。
「空也と戦いたくはないけど、立ちふさがるならなんとかする」
「ふうん……本気ぃ? それぇ」
一升瓶を傾け酒を口に含むと空也は黒バットに酒を吹きつけた。
そして空になったらしい一升瓶を地面に突き刺した。
空也がバットを構える。私はカバンを葉子に預け大丈夫だから手出しはしないようにと告げる。
この場合、バットに叩かれるのを前提に準備をするか、バットでの攻撃を受ける前になんとかするかどちらがいいのだろうか。
私は空也に乱暴な真似をしたくはない。攻撃の隙などをついて一気に桂御園の所まで走ろう。
そう決めて私は彼女の攻撃に備えた。
思い切りバットを振り上げ私の所へかけてくる。
ここが砂浜で彼女が両腕を広げてかけてくるのなら抱きしめるのもやぶさかではない。
しかし今はそういう時でもない。私は空也のバットを避けようと飛びのいた。
空也のバットが振り下ろされる。すでに後ろに下がっているので当たる心配はない。
いや、彼女がバットを振った場所は私が元々いた場所からも離れている。
動かなくても当たらない場所だ。
「……んー七歩蛇か。こんなのまで呼び出してるんだねぇ」
バットの下敷きになっていたものを空也がつまみ上げた。
見えにくいが真っ赤で所々が金に輝いている。
蛇のような見た目たが足が生えており、その姿は龍と言って差し支えないだろう。
「空也?」
「あーしまったぁー私としたことがぁ少年じゃなくてぇ桂御園君の呼び出した妖を倒しちゃうなんてぇー」
なんだそのわざとらしい演技は。
いかにも棒読みですという調子だ。空也の本気はそんなものではないことは知っている。
「ここに集まってきてる妖を倒しちゃうなんてなー桂御園君がこの山に集めている妖を倒しちゃうなんてなー」
この山に集めている。空也は確かにそういった。
私が裏切ったので妖を列席者にするつもりか。自分の護衛にするという目的だとは思うが。
そして空也がその妖を倒したということはつまり、そういうことだと考えていいのだろうか。
戦うというポーズだけをとるということでいいのだろうか。
「行くで。咲良君」
「あ、あぁ……」
葉子が私の手を引く。横を通り過ぎようとする私達を空也は止めようともしない。
「空也」
「んー?」
「ありがとう」
「いいよぉ。少年」
「ん」
空也は私に黒バットを差し出した。非常に役立ってくれた道具である。
しかし桂御園をこれで殴ればただでは済むまい。別に桂御園を殺したい訳では無い。
受け取るべきか受け取らないべきか少し悩むと葉子がそれを受け取った。
「一応な。一応一応。それに使えるもんはなんでも使う気でおらんとなぁ」
ついさっき言われただろうと私の尻を叩く。
微妙に痛いのでやめて頂きたい。やり返してやりたかったがすればセクハラと言われそうなので自重した。
断じてビビってはいない。
「ところでや咲良君。ボンクラを止めるんは別にエエよ。でもどうするん」
山道を進んでいると葉子は私にそんなことを聞いた。
「やめろって言ってやめないなら殴ってでも止める」
「そんだけか?」
「葛葉さんを殺してでも止める」
「正解や」
私が戦うのは桂御園かもしれないが鍵を握っているのは葛葉さんだ。
彼女が消えれば桂御園の計画はそもそも成立しない。
ユートピアの見立てが正しいかは分からない。私個人の意見としてはあまり信じたくはない。しかしユートピアは経験を積んだ人物の集まりである。私よりはずっと詳しいだろう。
覚悟はできている。私は躊躇なく彼女を攻撃する覚悟だ。
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