五 この時ばかりは嘘と言って欲しく
五
私たちはその後も談笑を続け、部室に戻った。
時間も時間なのでと今日は帰ることになったので、考える時間を頂けた。
空也に部屋に来るかと聞かれたが、スタンスを考えるのに彼女の力を借りるのもどうかと思い、寮に変えることにした。
ただ、何となく誰かとこの話したくなっているのも事実である。
自分の考えを纏めるために。
「ほんで、一日目が終わり、と」
夜、私は葉子の所に足を運んでいた。
とりあえず彼女もあの一件に関わっているし、付き合いも長い。
相談、というか話せば何かが掴めるのではないかと思った。
人ではない存在、というのも身の回りには少ない。
古びた神社の賽銭箱に座り、私は向き合うように地面に座っている。
「でも、その話やとよっぽど変なスタンスでもない限り弾かれへんやろ?」
「そうは思うんだけど……不安だなぁ……」
「そこんとこは自分あんまり変わらへんよな……」
そんな事はないだろうと反論したくなった。
が、思い返せばそうだったような気がしないでもない。
「ウチが決めたろか?」
「なんで……?」
「そっちのが楽やろ」
楽だが。
借り物の言葉で大丈夫、とも思えないのだが。
今までにそういう人物はいたのだろうか。
それらしい理由など、思いつく人間がいないはずもない。
質疑応答があっても、ある程度考えていれば……でもその場合、相手から質問されても答えられるぐらいには考えているということだろう。
それなら、それで十分なのかもしれない。
スタンスは借り物だが、それに即して行動は出来るのだから。
「分からなくなってきたよ」
「難しく考えすぎなんちゃうん?」
「僕もちょっとそう思う」
ごろりと地面に体を預ける。
神域は夜だ。
この世とは違う空間だが、時間だけが一致しているのだろうか。
それともこの風景を葉子は自由に扱えてしまうのだろうか。
よく来る場所だが、よく知らない場所でもあった。
「咲良君、スマホ鳴ってるで?」
「え? えぇっと……メッセージ?」
送り主は若王子羽彩。
メッセージの内容は――――――『遊びましょう』
「あ?」
「ん?」
顔をあげると葉子がまっすぐに何かを見てる。
私の反対側だ、もう一度後ろに倒れてその視線の先を見た。
鳥居の上に何かがいる。
その何かは鳥居に掴まるようにしてぶら下がっていた。
いや、私が寝ころんでみているのだから、この景色は逆さまだ。
だから、あれはぶら下がっているのではない。
そんな風に考えてくるうちに、はっきりと分かったことがある。
あれは人間だ。
というか、あの体に合わない服のシルエットは若王子さんで間違いない。
「何してんねんあいつ」
鳥居の上で彼女は逆立ちをしている。
罰当たりどころの話ではない。
……そういえば、空也が校門の上に立っていたことがあった。
ユートピアのメンバーは門は地面と同一のものと思っているのだろうか。
「葉子、怒ってる?」
「いんや。あのぐらいでは怒らん。神罰はなしやな」
安心した。
神域において葉子は絶対的な存在だ。
その気になれば若王子さんを再起不能にすることも出来てしまうかもしれない。
逆立ちをした状態のまま腕立て伏せを行う若王子さん。
なんというか……暗いから分かりにくいけれど、お腹とか見えてしまっている。
どうにかならないだろうか。
「若王子さ―――」
「うわっ!」
ぐぐっと肘を曲げて力を溜め、彼女の腕が伸びる。
まるで跳ぶ前の膝の屈伸運動と同じだ。
若王子さんが腕を伸ばす力を使って跳んできた。
宙返りを何度もしながら舞い上がって落ちている。
私が体を起こすよりも先に、葉子が私の足首を掴んで持ち上げた。
床に落ちている雑巾を拾い上げるように私は浮き上がり、放り投げられる。
そして、着地。
うまい具合に投げられていたらしい。
裾の広いズボンや、オーバーサイズの服が風を受ける。
若王子羽彩が落ちてくる。
私がいた場所に落ちてくる。
「……こんばんは、若王子さん……」
「こんばんは。菊屋、それと……」
「葉子や」
「こんばんは、葉子さん」
「あい、こんばんは。若王子ちゃんやったか?」
「はい。若王子羽彩。雁金先輩の後輩で菊屋の先輩です」
何もなかったかのように話し始めないで欲しい。
葉子のどっしりとした神様的態度と、若王子さんの能力や生い立ちからくる強者的態度で噛み合わないで欲しい。
「メッセージ見てくれた?」
「あの、遊びましょうってやつですよね?」
「そうよ。あなた、古市から判子を貰ったでしょ?」
「貰いました」
「多分、貰ってから話し合ったでしょ?」
……バレているではないか。
時間を遅らせて戻った意味が失われてしまっている。
「古市のしそうな事が分かるぐらいには、あたしたちもあいつを理解してる」
「……」
「別にだからなんだというつもりもないわ。そうじゃないかって思っただけだから」
「遊びましょうっていうのは……?」
「次は誰か、言ってなかったと思って」
確かに、次は誰か決めずに私は帰った。
「だから次の相手に立候補するわ」
「え」
立候補というシステムがあるのだろうか。
そもそも三人全員の所に判子を貰いに行かなくても大丈夫なのだ。
「あなた、三つ貰いに来るつもりでしょ?」
「そのつもりでしたけど……」
「ダメかしら?」
神域に浮かぶ月の明かりを受けながら若王子さんが言う。
柔和な笑顔を浮かべている。
威圧感はない。
今まで若王子さんは少し怖い印象があったが、それが和らいだ気がする。
……ほんの少し、空也を思い出した。
今頃何をしているだろうか。
多分酒を飲んでいるだろうが。
「菊屋くん。ぼーっとしとったらアカンで」
「え、あ、あぁ、うん」
「どうかしら?」
「だ、大丈夫です」
ふわふわとした気持ちで答えてしまった。
思わず、と言った感じだ。
若王子さんの言う通り、確かに三人分貰うつもりなので、それが前倒しになっただけだ。
「それで何をすればいいでしょう……」
「移動の必要とかないから大丈夫。ただ葉子さんにお手伝いをお願いしたいのですけど」
「ん? ええで。神様やし。前にしばきあった時、黙って色々やったし」
「ありがとうございます。菊屋に神様の加護のようなものを付けてもらいたくて」
「加護?」
「ええけど、なにするん?」
「遊びですよ。ちょっとした喧嘩遊びを」
また若王子さんが笑う。
さっきと同じように笑っている。
だけれど、纏っているオーラが全く違う。
空也とは違う。
「問答よりも戦う方が分かりやすいでしょ」
分かりやすいのかもしれないが、あの日のことを思い出してしまう。
強過ぎるほどに若王子さんは強い。
あれを……もう一度?
原付に走って追いつく人ともう一度?
「大丈夫。死なない様に加護を付けてもらいなさいな」
「葉子……」
「ん。出来るから安心し」
「そうじゃなくて……」
怖すぎる。
アクセルをベタ踏みにした乗用車と正面からぶつかれと言われて従う阿呆がいるか?
いや、いない。
少なくとも私はその種の人間ではないのだ。
「ごめんなさいね。菊屋」
「あ、謝られるような事ではないです。ユートピアのメンバーになるのに必要な事ですし」
「とても痛くするから」
痛くされたくない。
心の底からそう叫びたかったが、仕方ない事なのだ。
そうやって自分自身を納得させるほかない。
一度言った事をころころと変えるものではない。
そういうのはあまり褒められない。
「私は拳で語る以外のやり方をあまり知らないの」
……彼女は本当に私と同じ時代、同じ国に生まれたのだろうか。
「さぁ、来なさい。可愛がってあげるわ」
全く嬉しくない。
が、やるしかないのは確かだ。
「菊屋咲良……行きます……」
やるしか……ないのだ……
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