六 火曜日:張るもの


「すぐ座れそうで良かったわね、菊屋」

「そ、そうですね……」

 若王子さんが連れてきてくれたのはレストランだ。

 見方によっては定食屋といえるかもしれないが。

 置かれた券売機から商品を選ぶ必要がある。

 その券売機の前で私は困っていた。

 何を注文するべきなのだろうか。

 店の売りであるいくつものハンバーグの名前が並んでいる。

 大きさと追加注文で値段が変わるようになっているらしい。

 まるで出席簿だ。

 そんな事を考えているうちに迷いもなく若王子さんが紙幣を差し込んでいる。

 どうしたものか。

「このデミグラスソースとかいいって他の子が言ってたわ」

「……」

「菊屋?」

「お、お先にお願いします」

「そう」

 若王子さんがボタンを押す。

 ……ハンバーグが二個のものを二回押した気がするが気のせいだろう。

「菊屋、ハンバーグは嫌いだった?」

「そんなわけじゃ」

「貴方がハンバーグを好きって聞いて、来てみたのだけれど」

「誰から聞いたんですか……?」

「雁金先輩よ」

 私の嗜好も話されていたのか。

 別にそれは腹を立てるようなことではないのだが、気恥ずかしさのようなものを感じる。

 もっと言えば、私は空也の作ってくれるハンバーグが好きだ。

 人がおふくろの味というものに安心する様に、私は空也の料理に安心する。

 母親や父親といった家族の料理が嫌いなわけではない。

 だが多分、私は最後の晩餐に雁金空也の料理を選ぶのだと思う。

 もしくは空也と食べる食事を選ぶのだろう。

「それとも遠慮しているのかしら?」 

「いや……そんな……」

「図星ね」

 正解である。

 未だにこういったことに慣れない。

 昨日の鯉山先輩の時もそうだが、人に奢られる、特にそれが目上の人間であると恐縮してしまう。

 空也と食事に出かけることも多いが、初めの内は好意に甘えるというのが上手くできずに彼女を困らせたこともある。

 そういう性質なのだと割り切ってはいるが、商品を選ぶときに迷ったり時には店の前で押し問答のような状態になることもある。

 そういうのはお互いに望まないことだと理解しているのだが、どうにも苦手だ。

「あたしのハンバーグが食べられないって言うの?」

「え、や、そんな訳じゃ……!」

「冗談よ。あたしが作ってるわけでもないしね」

 分かりにくい。

 冗談めかした顔をせず、いつもの調子でそんなことを言うのだから。

「じゃあ、そうね……どのハンバーグがいいのかしら?」

「こ、これですかね……」

「そう。じゃあこれね」

 券売機のボタンが押される。

「それとチーズハンバーグが好きだったわよね貴方」

「あ、え、あの……」

「どっち?」

「好きです!」

「はい、決まりね」

 追加のチーズのボタンが押された。

 私の注文が確定した。

「これから一緒に食事に行くときは、しばらくあたしが選んであげるわ」

「恐縮です……」

 今日以外にも食事に連れて行ってくれる気持ちがあるらしい。

 そういう部分にも私は恐縮してしまう。

 そこまでしていただくのは悪い気がした。

「その代わり予算内なら平気で高いものを食べさせるし、貴方の嫌いなものでも食べてもらうわよ」

「え……」

 好きなものを知れるのなら、嫌いなものを知ることも出来るだろう。

 高いものは申し訳ないし、嫌いなものでも食べるが少し気持ちが重くなって両方とも困る。

「困るでしょ」

「多少は……」

「なら、自分で自分の食べたいものを食べなさい。少なくとも私は金銭的に余裕があったり、何かの頑張りとかの見返りに奢ってる節があるから、私と食事に行くときは胸と食い意地を張りなさいな」

 そういって私の背を軽く若王子さんが叩いた。

 よろける私を置いて、彼女が先に席についていた。

 若王子さんの言葉のおかげか、少し気持ちが軽い状態で食事が出来そうだ。

「そう言えばなんですけど」

 食事が来るまでの間、私は彼女に質問をしてみた。

 先ほどの問答のことではない。

 日常的な疑問だ。

「なんで大きなサイズの服を着てるんですか?」

「ハンディキャップよ」

 何に対してだろうか。

「動きにくくすると、戦う時とか競技の時に差が縮まるでしょう?」

「そう、なん……ですかね……?」

 私には分からない感覚だ。

 強すぎる彼女の場合、それだけでも力量は均等にならないと思うが。

 私の原付に若王子さんが走って追いついたこともある。

 いつも通りの体に合わない大きさの服を着ながらだ。

 先輩の強さを改めて噛みしめていると、私の携帯電話に着信が入った。

「出なさいな」

「すいません……」

 画面を見ると、そこには雁金空也の文字が浮かんでいる。

 空也からか。

 何の用事だろうか。

「もしもし」

「やぁ、元気かい?」

 いつもの空也の声に安心する。

「今日ぉ部屋に来る?」

「え、あぁ、行こうかな」

「オッケーオッケー。ちょっと差し入れ貰っちゃってさぁ」

「差し入れって何?」

「美味しい和菓子だよ。少年甘いもの好きでしょ? せっかくだから一緒に食べようよぉ」

 空也に来た差し入れだが、いいのだろか。

 しかし空也の好意も無下には出来ない。

 それに和菓子を貰ったからと、私に連絡してくれるのは純粋に嬉しくもある。

「うん、行くよ……あ、でも、差し入れって誰にもらったの?」

「ニコちゃんだよぉ。えぇっとぉ、鯉山仁子ちゃん」

「鯉山先輩?」

 鯉山先輩と面識があったのか。

 ……意外だ。

 私がサークルに入る時はそんな話をしなかったのに。

 別に言う必要がなかったから黙ってただけで、隠していたわけではないのだろうが。

 世間というのは案外狭いのかもしれない。

 なにせ大学内である。

「そっかそっかサークルが一緒だったね。ま、いっか。それじゃあ待ってるからねぇ。焦らずゆっくりぃ来るといいよぉ」

 空也との通話が終わったころ、料理が来た。

 では、いただきます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る