七 水曜日:音楽姉妹


 白壁葵(しらかべあおい)と白壁菖蒲(しらかべあやめ)は私を知る者の中の二人だ。

 私はこの日、この二人にイタリアンレストランに呼び出されていた。

 レストランといっても大衆向けのモノ、いわゆるファミリーレストランである。

「こん前はあんがとなー咲良ー」

 皿に乗ったパスタをフォークで巻き取りながら私にそう言ったのが白壁菖蒲。

「菖蒲ちゃん、ちゃんと目を見て……すいません、菊屋さん。私からもお礼申し上げます」

「あ、いえ。僕は別に……」

 白壁菖蒲に続いて声をかけてくれたのが、白壁葵である。

 苗字でも分かるように、二人は姉妹だ。

 二卵性双生児。

 どことなく似ている気がするが、外見も性格も違う。

 姉の葵さんはストンと落ちる黒髪に黒縁眼鏡。

 いかにも優等生といった感じの見た目で、真面目な人柄である。

 妹の菖蒲さんは金に髪を染めてそれをまとめている。

 ……私の高校時代の同級生でもある。

 砕けた口調と態度と服装が特徴的で、誰に対してもそのように振る舞う。

 恐らく冬以外はへそを出しているのではないかと私は疑っている。

 もしかしたら冬でも出していることがあるかもしれない。

 時々心配になってしまうものだ。

 いつだったか腹巻を渡そうと思い、どんなものが好きかを聞いてみたが笑われてしまった。

 その後に感謝されたので、間違った対応ではなかったように思われる。

 そして、今回も感謝されているので多分間違いはなかったのだろう。

 なぜそうなったかの理由は簡単だ。

「またライブが出来てよかったです」

 彼女たちはバンドを組んでいる。

 姉妹だけではなく高校や大学の友人で構成されており、区分としてはスカをよく演奏する。

 二人の担当は歌であり、力強くかつ元気よく歌う姿が輝いていたのを覚えている。

 菖蒲さんはともかくとして、葵さんは普段落ち着いている分普段との違いに驚いた。

 他の人達は私を覚えていないが、この二人は私を覚えてくれている。

「今まで使っていたハコが改装で急に使えなくなってしまったので」

「ふた月に一回は絶対ライブって決まりだしなー」

 何でもお世話になっていた会場が使えないとのことだった。

 それの話を聞いて、私が友人の店で出来ないだろうかと打診したのだ。

 なんとかうまく話がまとまり、彼女たちのバンドは目的を達成できたという訳である。

「だから今日はうちらの奢りだ。たらふく食え」

「菖蒲ちゃん、口の周りにパスタのソースついてる」

「え、嘘ぉ!?」

 二人のやり取りが微笑ましい。

 私にも姉がいるが、こういうやり取りはあまりなかったような気がする。

 ……思えば空也がお姉ちゃんを自称するのはそういう面もあるのかもしれない。

 心の中の何かを埋めようとしてくれているのだろうか。

 これ以上、彼女に甘えるのも良くないと思うのだが。

 どうしても私は空也といると気が緩んでしまうきらいがある。

 恋人故と言ってしまえばそれまでだが、それを是とするかは人によるものだろう。

 是とした方が私の営みというのも華やぐとは思うのだが、それが彼女の負担になるような気持ちもある。

「どしたー? ぼーっとしてんぞー」

「え、え、あ、あぁ」

 思考にふけっていると菖蒲さんが私の額をつついた。

 綺麗に塗られた爪が私の額から離れる。

「調子悪いのか?」

「そういうわけじゃないけど……」

「よし、決めた。食わしてやる。口開けろ菊屋ー」

 パスタを巻いたフォークを向けられる。

 驚きで少し身を引くと、胸倉に手が伸びた。

 菖蒲さんが体を前に突き出す。

 服を掴む力は強くないが、振り切ればそれはそれで危険な状態だ。

「アーン?」

 これは決闘の申し込みではなかろうか。

 慣れてないのかぎこちない菖蒲さんの仕草に思わず私はそう思った。

 これに応じれば決闘罪が成立するかもしれない。

「菖蒲ちゃん。やめなさい」

「えー」

「私、二度は言いたくないかな」

 笑っているはずの葵さんの表情に背に冷たいものが走る。

 菖蒲さんも笑っているが少しひきつっているようだった。

 こういった状況を見るのは初めてではない。

 自由奔放な菖蒲さんを葵さんが抑えるというのが白壁姉妹の振る舞いの基本である。

 穏やかな印象のある葵さんだが、有無を言わせない力のようなものを持っていた。

 その普段見せない表情こそが、白壁葵の強さなのだろう。

「……分かったよ」

 私から手を離し、菖蒲さんがソファーにもたれた。

 手に持ったフォークのパスタは自分で食べることにしたらしい。

 この状況は助かったと表現するべきなのだろうか。

 別段、危機的な状況でもなかったが。

「無理にそういうことしてもダメだからね。するなら優しく、ねぇ咲良さん?」

「え、そこですか?」

「もう、同い年なんですから敬語はよしてくださいよ」

 お互い様である。

 私が言いたいのはそこではない。

「はい、あーん」

 先ほどとは違う柔らかな笑みで私の口元に葵さんがピザを差し出した。

 もしかしたらこの姉妹は似た者同士なのかもしれない。

「あ! ずりーぞ姉ちゃん、ぬけがけだ!」

「後で菖蒲ちゃんにもしてあげるわねー」

「マジで! ラッキー!」

「そこ?」

「咲良さん、あの、腕が疲れるので、ね?」

「え、いえ、自分で食べられますので……」

「ね?」

 ……私はピザを食べることにした。

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