十三 ある一つの始まり

十三


「はい、肉焼けたかんねー」

「古市ーこれはー?」

「それはもうちょっと焼くから」

「古市これもらうわよ」

「あ、それ俺のカルビ……」

「少年ーお酒無くなっちゃったぁ」

「次のも注文しとくね。他に欲しいものありますか?」

「菊屋ちゃん、タン大量に頼むわ。さっさと焼ける奴じゃないと食うのに追いつかねぇっすわ」

「足りないぞー」

 やることが多い……

 真の意味での親睦会ということでユートピアのメンバーで焼肉店に来ていた。

 これで正式にユートピアに入れたのだと実感すると、不思議と胸が高鳴る気がした。

 待っている事件はそのような気持ちで受けられることではないだろうが、少なくとも前進しているのを感じる。

 そういう意味では嬉しいことだ。

「えーと……塩タンとミノを八……十人前ずつ。あと、このツラミって……?」

 何か辛いことがあった時に食べるものだろうか。

 ツラミ……ウラミツラミ……恨み……呪いか?

「こぉこ、だよぉ」

「うぁ」

 後ろから空也が肩を組み、私の頬をつつく。

 なるほど、頬肉か。

「つっつくな、くっつくな」

「つっつくぞぉ、くっつくぞぉ」

「雁金先輩、控えてくださいね」

「ごちそうさまでした」

「古市もう食べないの? あ、これいけるー?」

 そういう意味ではないと思う。

 というか、本当に離れていただきたい。

 私は純粋に恥ずかしいのだ。

 顔に火がついたように熱い。

 肉になった気分だ。

 元から顔は肉の塊だが。

「惚気話聞くのが目の前で惚気を見せられるのに変わったわけね」

「え? 若王子さん今なんて」

 聞き逃せない言葉が聞こえた気がするが。

 空也はサークルでどういうことをしているんだ。

 私は頭痛の伴う羞恥心に精神の身を包まれた。

「で、えーっと菊屋ちゃんは記録するってのに決めたんだっけ」

「はい。空也からの判子も貰えました」

 綺麗に折りたたんだ紙をカバンの中から取り出す。

 過書さん、若王子さん、相生さん、空也の四人分の判子が押されている。

 簡素な見た目だが、私にとってこれは賞状と同じだ。 

 思えば、桂御園が心の支えにしていた賞状というのはこういうものだったのかもしれない。

 知らぬ者から見ればただの紙だが、自身にとっては重要な意味を持つ。

 遅くなったが、彼の心が少し理解できたような気がした。

「なるほどなるほど。まぁ、決まったことなんで特に口出しすることもないっすわ」

「古市は別に決まる前でも口出ししないと思うわ」

「私もー……んがっんっん」

「落ち着いて食べなさい」

 ……いつも通りだ。

 そこまで彼らと一緒にいたわけではないが、多分これが平常なのだろう。

 新人が入ってきてもそれは変わらない。

 というか、一度歓迎会をしているので私も精神的には普通の飲み会くらいの印象である。

 などと考えているうちに網の上の肉が次々に消えていく。

 通常の卓の風景を早送りにしているようである。

 空也が酒を飲むときを思い出してしまう。

「ちょっとぉ、新人に一言ぉとか、おめでとうみたいなのって無いのぉ?」

「あっはっは。そういう系って雁金先輩の仕事かなーって思ったっすけど……俺あんまりそういうの得意じゃないし」

「まーでもー私たちが選んだんだし」

 そう言って、相生さんが腕を組む。

 真剣そのもののである。

 その目は肉に釘付けであった。

「うん、そうだなー。分かんないことあったら聞いてー? って感じ。私たちのすることに正解とか無いから聞かれても困るかもしんないけどー」

 それでも聞かないよりはマシだろうと相生さんは続けた。

 思った以上に真面目で、ありがたい言葉だった。

 どこか間延びしたような、無気力そうにも思える話し方だが。

 それでも彼女の内面から出る真面目さが見え隠れしていた。

「……言うのかよ」

「断る理由ないし、なんでそんなに嫌がるんー?」

「そういう青春、みたいな感じのは俺は苦手なの。お互いお互いのやることやってりゃ大丈夫だし」

「……」

「な、なんすか、はーちゃん」

「別に」

 若王子さんが何か言いたげな顔をして過書さんを見た後、また食事に戻る。

 肉とトマトを交互に延々と食べている。

 なんというか、若王子さんはとても綺麗に、あるいは上品に、それらを口に運んでいる。

 彼女の闘いの力強さや手段の荒っぽさというのは感じられなかった。

 個人の食事と戦い方が一致しないというのは当然なのだが、それにしても彼女の食べ方は美しかった。

 姿も箸の持ち方も所作の一つ一つが綺麗だった。

「菊屋」

「は、はい!」

 急に声をかけられて背中が跳ねた。

 同時に心臓も一瞬速くなる。

 正常な鼓動の拍子に中に一つだけ違う表紙が紛れ込む。

 びくりと体が固まるのを感じた。

「そんなに驚かなくていいじゃない」

「すいません……」

「別にいいけれど。まぁ、正直な話、あたしはあんたにどんな言葉をかければいいのか分からないわね。随分と荒っぽくしてしまったから」

「いえ、そんな……」

 あれは若王子さんが必要だと感じたからそうしたのだろう。

 ならば、私はそれを責めることは出来ない。

 他に方法はなかったのか、と悪態をつきたくないかと言えば嘘になるけれど、それを口に出す必要はないと感じられるほどには正当だと思われる。

「あたしはあんたの言葉を信じるわ、覚悟決めたら進むのしかないのよね」

「……はい」

「この道を選ばなければよかったと思うほどのことがあっても、そういうことを言えるのなら、あたしは覚悟が決まるまで付き合ってあげるわ」

 静かに若王子さんはそう言う。

 当たり前のことだと言わんばかりの雰囲気だ。

 また箸を動かし始めるが、自分の食べるものがなくなったのに気づいたらしく、過書さんに目で追加を要求していた。

「……マジかよ」

「過書さん?」

「絶対はーちゃんはそういうのしないタイプだと思ってたのに……」

 どれだけ言いたくないのだろうか。

 その気になれば口からでまかせも言えるだろうに。

 それをしないのは何か事情があるのか、純粋に素直なだけなのか。

 私は彼の心を理解しきるほど時間を共にしていない。

 そして、彼の言う通り対人関係において他人の考えを当てようとしたとして、それが百点の結果になる可能性はほぼ皆無であろう。

 だから私はきっと彼を理解しきれないのだと思われる。

「別になかったらなかったで……」

「いや、ここは全員しといた方がすわりがいい。俺だけやらないより、俺もやったの方が後腐れがないってもんだ」

 そこまでして言う意味があるのかは定かではない。

 少なくとも私はそこまで頑張っていただかなくても判子を頂けただけで嬉しいのだ。

 腕を組み、うんうんと唸ったりしながら、やっとのことで過書さんは言葉を思いついたらしい。

「俺は蒐集、菊屋ちゃんは記録。なんか、近しいものがあるような気がすんな?」

「そ、そうです、ね?」

「だからさ、俺の作った妖の記録とかそういうの、手伝ってもらうかもしんねぇから、公私共によろしくなって話。それで終わり、以上!」

 早口で言い切られた。

 ぼうっとしたら聞き逃してしまいそうな言葉である。

 精一杯で吐き出されたらしい言葉を頭の中でそしゃくする。

 そして、私は「はい」と一度だけ頷いた。

「……ホントはー過書は後輩ができてうれしいんだと思うよー? しかも自分と同じ男子だしー」

 相生さんが私に耳打ちした。

 彼女の話した内容に気付いたのかそうでないのか、過書さんはこっちを向いた。

 何も言葉は発さなかったが、嫌そうな顔をしている。

 目は口程に物を言う。

「じゃま、そういうことでぇ新人の少年……菊屋咲良くんをよろしくねぇ」

「はいはーい。よろしくしますよー」

 空也が一人でビールの入ったジョッキグラスを高々と上げ、一気に飲み干した。

 一人で乾杯していた。

 かくして、夜も宴も人生も何もかもがまだ続いていく。

 だが今日新しいものが始まった。

 退魔サークル『ユートピア』

 私の新しい居場所である。

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