8 ―桂御園部屋、三度―

8―桂御園部屋、三度―


 桂御園が買い出しに行ってしばらくして私は着替えも洗顔も済ませてしまった。

 朝食はない。かといって昼食もない。食べるものがないわけではない。寝起きは食欲がわかないのだ。

 彼が帰るまでの間に暇を持て余すのも退屈である。なので桂御園の部屋に行くことにした。

 昨日(正確に言えば今日)の事件の舞台となった桂御園部屋。

 流石に叩き潰されたギターの残骸は残っていなかった。

 ただし天井を見れば私がぶつかった時にできたらしいへこみがあった。寮に望まないつめ跡を残してしまった。

 よく見てみれば人型に見えなくもない。いっそ染みか何かと処理していただきたいものだ。

 桂御園だけが住んでいる部屋なので当然同居人の荷物というのもある。

 しかし目につくのは桂御園の荷物だ。

 彼がありえないくらい物を散乱させスペースを取っているわけではない。

 目立つものは全て桂御園のものだ。あのサイケデリックっぽい達磨や意味深な絵画。彫刻の類など様々な作品が床に無造作に置かれている。

 私はそこである物を見つけた。部屋のすみ、黒い影のあった場所だ。

 祠だ。私が以前何度か寮内で見たものだ。いくつもの祠が重なり合って塊になっている。

 そう無造作に扱っていいものではないのではないかと内心思うがそもそもなんの神を祀っている物かもわからない。

 全ては桂御園だけが知っている。正体不明の祠と正体不明の神だ。

 祠を一つ手に取ってみると繊細微妙なバランスであったのか少し山が崩れてしまった。

 桂御園には謝らないといけないだろう。

 勝手に部屋に入って勝手に荷物を触っているだから。

 ゲームの中の主人公達を尊敬する。

 彼らは時には他人の部屋から金品を持ち出し、なおかつ罪悪感を感じている様子もないのだから。

 手に取った祠を見てみるとなかなかに精巧である。

 彼の芸術家としての技術のなせる技なのだろうか。

 崩れた山を直そうと手を伸ばすと山の下敷きになっているものを見つけた。

 クリアファイルに入っている。紙だ。見た目からして賞状らしい。

 芸術家とまで呼ばれる人間なのだからなにか賞の一つでも持っていそうではある。

 私は好奇心にかられその賞状に手を伸ばそうとしたその時である。

「何をしている」

「うわっ」

「驚きたいのはこっちだが」

「いや、すまない。昨日色々あったから、それで」

「別に構わんよ。俺だけの部屋でもないしな。俺の作品に興味があるのか?」

「あ、あぁ、まぁそんな感じだよ。ところでそこの祠は一体なんの祠なのかな」

「神を祀るものだ」

 それくらいは知っている。何の神を祀っているのかが気になるのだ。

「貴様らにいっても分からん神だよ。なにせ俺しか知らない神だからな」

 彼の手には私が頼んだものが入っているらしい買い物袋。

 私が彼に小銭を投げてよこしたのと同じように彼は私に袋を投げた。

 受け取った私は食べ物を投げるなと言ってやりたかったが私も小銭を投げたので大概である。

「桂御園。これは?」

 袋の中に油揚げでないものがある。

 封筒だ。ご丁寧に封蝋までしてある横長のものであった。

「招待状だ」

「僕にか? 君のじゃなく?」

 というかなぜこの袋に入れてあるのだろう。

「俺の結婚式の招待状だからだ」

「⋯⋯なんで僕なの?」

「お前だけだ。俺が指定した時間にきちんと来たのは。それに葛葉のために囮になったんだろう」

 どうやら私は知らぬ間のこの男から信頼を得ていたらしい。

 しかし彼の言い様からすると彼は好奇心でやってきた者達全員にあんなことを言っていたらしい。

 行かなった気持ちがなんとなく分かってしまう。

 私も本来であれば行かずにいる気だったので少し申し訳ないところだ。

 この招待状は受け取っておこう。

「これから行くところにあの女はいるのか?」

「僕といた酒臭い先輩ならいるよ」

「そうか。ならばよし」

「あいつにも渡すの?」

「当然だ」

 空也が助けたのは桂御園ではなく私のはずだが。いや、空也が来たからこそあの三人が帰ったのかもしれない。

 そういえば彼らとの関係を聞き忘れていた。

 それも聞いておかないといけない。

「あ、さらっと流してしまったけど君しか知らない神様ってどういうことかな?」

「俺の頭の中にいるということだ」

「⋯⋯名前は?」

「あめのびさいのかみ」

 それから私は桂御園の信仰するあめのびさいのかみについて語られた。

 彼はその神の逸話などをまるで見てきたかのように話している。

 その顔は子どものような無邪気さを持っていたが話の内容は新興宗教の類にすら感じる。

 やはり桂御園は変人だ。変人で宗教家で芸術家。とても一般的な人物とかいいがたいだろう。

 そんな彼の結婚相手が人ならざるものだというのだから人生とは案外よく出来ているのかもしれない。

 だとすれば私の人生もそうなのだろうか、とほんの少し考えた。

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