21 ―過書古市―

21―過書古市―


 さて、打倒過書古市である。

 空也の作戦は簡単に言えば協力者と共に過書さんを倒すということだ。

 あらゆる状況に対応しうる力を持っている。

 なおかつあらゆる妖の攻撃を防げる鉄壁性を持っている存在。

 そう、そんな神のような存在。

 葉子だ。

「なぁ咲良君。霧が結構キツなってきたなぁ」

「多分、過書さんのいる場所に近づいてきたってことだと思う」

 過書さんはどうやら山の中に結界を張っているとのことだ。

 私達の前に広がる白い霧がそうなのだろう。

 横に立つ葉子は目を細める。私と同じような背丈だ。

 私は彼女ほどの力がないので前回同様空也から貸してもらった大事なバットを握りしめる。

「ま、ウチの目からは逃げられへんけどな」

「心強いよ」

 過書さんは自分の居場所を悟られないように結界を張ったのだが葉子の前では逆に自分の居場所を教えるようなものだ。

 人でも妖でもない。神様なのだから。

 神域を離れてはいるがその力はまだまだ強力だ。

「よし、だいたい分かったわ。確か結界の弱い所を叩いたらエエんやな?」

「うん。空也はそう言ってた」

「まぁ結界壊してからが本番やからな」

 葉子の力を使えば結界でもなんでも破壊できるが、結界のどこが弱いかなど向こうも知っている。

 過書さんも破られてからの対策をしているだろうとの事だ。

 何か罠を仕掛けていると思わせておいて何も仕掛けてないというのも彼のやりそうなことらしいが。

「じゃあいくで?」

 葉子が指をピンと立てれば何もない空間から大きな鈴が生まれる。

 くるくると彼女の指が回るのに合わせて鈴もくるくると空中で円を描く。

「皆さんご一緒に。神罰執行!」

 葉子が前を指さすと鈴が霧の中を飛んでいく。

 なにもないはずの空間で鈴はまるで壁にぶつかったような挙動をした。

 甲高い音が聞こえる。耳をつんざくような轟音だ。

 耳が痛い。鼓膜が破れていないかとその場で声を出す。どうやら破れてはいないらしい。

 少し声が聞こえにくいが。

「うるさ……そういえば咲良君なんで一緒に言ってくへんかったん」

「恥ずかしいよ……」

 戦隊ヒーローに声援を送る子供ではないのだ。

 二十年を生きる成人男性だぞ。

「……咲良君、アレなんか分かるか?」

 白い霧が晴れ、私達の前には立派な洋館が見える。

 見覚えはないし、そもそもこの山にこんな建物はない。

 過書さんはここの中にいるということなのだろう。

 突然、葉子が口元に手を当て近くの木の陰に隠れる。

 私もそれに従って木の陰に隠れた。

「咲良君、あそこ見てみ」

「ん?」

 洋館の前。特に植物などもなくただ塀に囲まれた洋館が見える。

 正門の所から見えるのは何人かの人。

 誰も彼もがぼろぼろの服を身に纏っている。

 そして彼ら自身もどこか薄汚れている感じがするのだ。

 彼に雇われた人間かと思ったが雰囲気が異常だ。

「あれ、人間ちゃうで。なんか変な気がぷんぷんしとるわ」

「……どうする? 結界自体は壊してるし、他の侵入経路を探す?」

「しゃらくさい。一気に突っ切った方が早いやろ。タイミング、しっかり合わせや」

「……分かった」

 呼吸を整える。ここからが本番だ。

 葉子が数字を数える。

 スタートまでのカウントだ。

 三、二、一。

 進め。

「咲良君きつかったら言いや!」

 葉子が先頭、後ろに私がついて走り出す。

 目標は正面のドア。一気に突っ切って中に入る。

 洋館前の人物達が私や葉子に気づいたのは私達が正門を通った時だ。

 彼らは行く手を阻むように接近してくる。

 葉子が指を振ればまた鈴が動き相手にぶつかる。

 どちゃりという水っぽい音と共に彼らの上半身が吹き飛んだ。

 頼りなさげに腰が揺れて倒れる。

「なんやこいつら!」

「葉子、下! 下!」

「下ぁ!?」

 地面から生えた手が葉子の足を掴んでいる。

 彼女の足を叩かない様に気を付けてその手にバットを振り下ろす。

 するとまるでスポンジのように簡単に手の甲は砕け指がありえない方向に捻じ曲がる。

 おかしい。少し気分が悪くなってきた。

「なんやこいつら、簡単に倒せんのに倒してもトカゲのしっぽみたいに動いてんで。ゾンビみたいやな」

「いや、葉子。冗談にならない」

 彼らは本当にゾンビなのだ。

 鼻が曲がりそうな悪臭を放つ彼らや、今目の前で地面から這い出てくる彼らを見ていればそう感じてしまう。

「ぺんぺん草みたいに生えてきよって! まとめて豆腐みたいに砕いたるさかいな」

 葉子の指を振る速度が上がる。

 さらに鈴をどんどんと空間から出現させる。

 いくつもの鈴が私達の周りを回り、接近する敵を砕いていく。

「葉子。多分キリがないよ。玄関に行こう」

「了解」

 ゆっくりと周囲に気を配りながら玄関までたどり着く。

 ゾンビどもを迎撃する葉子。私は玄関に手をかける。

 がちゃがちゃがちゃがちゃ。どれだけ動かしても開かない。鍵がかけれている。

 しまった。

「咲良君? どないしたん」

「鍵が閉まってる……」

「マジか」

「マジだ」

 ぞろぞろとタイムセールにでも群がるような感じでゾンビどもが迫ってくる。

 葉子の攻撃があればしのげるが足元からゾンビがやってくることもある。

 急いで中に入りたいのだが。

「咲良君! バットやバット使い」

「バ、バット?」

「それでぶっ叩いたり」

 葉子に言われるがまま私は何度も扉を叩いた。

 なんとも荒々しいノックだ。

 決して真似はしてはいけないし、こんなことはそもそもしてはいけない。

 びくともしない扉にめげずに私は扉を殴り続けた。

 しかし私の力で本当にこの扉の鍵に勝てるのだろうか。

「頑張れ! 咲良君頑張れ!」

「僕は強い……僕は強い……僕は強い」

 若王子羽彩のように強い。

 私はそう思い込んで一気にスイングした。

 ホームランだ。扉は吹き飛び玄関は見通しが良くなった。

 私と葉子は急いで中に入る。

 ゾンビは中に侵入しようとしてきたが葉子が巨大な鈴を作り出し入り口をふさいでしまった。

「ここもう使えんな」

「もう逃げられないか……」

「はなから逃げる気ないやろ。それにもしもの時があったらウチの鈴に乗ってひとっとびや」

 出来ればそれを使わずに終わりたいところだ。

 逃げる気はないとは言い切れないが、やらねばならぬことだ。

 とんとんと肩が叩かれる。

 びくりと私は身を縮こまらせた。葉子ではない。叩けるはずがない。

 私はゆっくりと振り返った。

 そこにいたのは白い髪とヒゲが特徴的な老紳士だ。

 紳士は落ち着いた口調でこういった。

「赤い紙が欲しいかい? 青い紙が欲しいかい?」

 心当たりがある。

 赤紙青紙。ならばこの質問はつまり、私に生きていたいか死にたいかと聞いているのだ。

 空也から教えてもらった対処法はなんだったか。

 赤でも青でもない色だったか? しかし赤青以外では冥界に連れていかれるとも聞いている。

 どうしたらいいんだ? どうしたら。

「お、おおおおおおお!」

 私は思い切りバットを老紳士の頭に叩きつけた。

 嫌な感触が手に伝わり老紳士がうめき声をあげる。

「あ……赤い紙、欲しいかい? 青い……」

「やかましい!」

 頭部をバットで殴られた老紳士だったが今度は葉子に顎を蹴り飛ばして倒れることになった。

 なんというか見た目が見た目なので少し悪い気もする。

 横たわる老紳士の姿はゆっくりとしかし確実に変化していく。

 彼の体は輪郭があいまいになり液体のように変わり、墨のようになってしまうとそのまま床にしみ込んだ。

「そう。それでエエんよ。まともに取り合うと面倒くさいんもおるからな」

「うん。わかったよ……」

「にしても……敵はどこにおるんかなぁ」

「そこはちょっと……」

 私だってどこにいるかは分からない。

 なにかヒントでもあればいいが、どうするべきか。

「じゃあいっこずつやってこか。咲良君、気ぃつけや。空也ちゃんから自分の手助けしたるようにって言われとるし、実際に手助けする。まぁ神様であるところのウチがおるから? そう簡単には負けへんけど、アンタが倒れたら終わりや。向こうは理不尽な攻撃もしてくるやろしな」

 日本の怪談ってそういうもんやろ? と葉子は言う。

 確かに。空也が言っていたことだが過書古市の基本戦法を三つ教えてくれた。

 大量の妖による物量攻撃。

 新たに作り出した妖による正体不明の攻撃。

 そして一撃必殺ともいえる回避困難な一撃。

 この三つが基本らしい。表のゾンビどもが物量攻撃なのだろう。

 残る二つ、葉子がいるので純粋な戦いで新種の妖に苦戦することはないだろうが残る一つが問題だ。

 葉子は無事でも私は無事にすまないことが一番恐ろしい。

 敵地にいるのであまりのんびりもしてはいられないが、むやみに進んで藪蛇は避けたい。

 葉子と相談をと思い話しかけようとすると、音が聞こえてきた。

 エンジン音だ。なぜそれが室内で聞こえる。

 まさかここを高速道路か何かと勘違いしている妖でもいるのか?

 音はどんどんと近づいてくる。

 葉子は音がする方に顔を向けた。

「あ。ヤバイわ。咲良君目ぇ閉じ……死ぬよりマシやさっさとせえ」

 葉子のドスの利いた声からはこれは冗談ではないという色がにじむ。

 私はそのエンジン音を発する物体との衝突の可能性を考えながらも目を閉じた。

 音が近づく。私のすぐそばにエンジン音がやってきた。

 しかしその後に交通事故が起きた。

 目を閉じている分耳に意識が集中しているのだろう。

 物が壊れる音がよく聞こえる。

「エエで。目ぇ開け」

「……大丈夫? なにがあったの?」

「くねくねや」

「くねくね……?」

「なんや知らんのか。都市伝説に出てくる化けモンや。白い糸みたいでくねくねしとる。見たら発狂するんやと。バイク乗っとったから、多分首なしライダーかなんかと混ぜたな」

 詳しいな。私よりも都市伝説の知識があるのではないだろうか。

「空也ちゃんに本貸してもらったからな。あのボンクラがウチの家に来た時や」

 なるほど。桂御園を神域に連れて行ったときに賽銭箱の中で読んでいたのはその本か。

 しかし空也に貸してもらったということはつまり空也はこうなるのを予想していたのだろうか。

 ないとは言い切れない。

「バイクにはねられたら重症、避けよう思って音の方見たら発狂。ずいぶんと手荒な歓迎やなぁ」

 またエンジン音が聞こえる。

 一体だけじゃないのか。周囲を囲むようにエンジン音が響く。

「……しゃあない。ちょっとだけカモフラージュしていこか。ちょっとはマシになるかもしれん」

「カモフラージュ?」

「時間ないから、さっさとするで。バイク何台も来られたらしんどいわ」

 葉子の考えたカモフラージュというのは私達の能力を使った連携だ。

 神である前に妖狐である葉子。人々を化かす狐としての能力と私の変化する能力を組み合わせることでよりリアルに変化する。

 敵がどうやって私達を探知しているのかは分からないが、洋館内に侵入した時点で襲い掛かられている。

 あてずっぽうということはないだろう。

 この妖だらけの洋館において人間の私は異物だ。それが探知に使われている可能性もある。

 なので私も妖になることにした。

 私の能力で骨組みを作り、葉子の能力で肉付けをする。

 今、私は妖になった。

「おーおーさっきまで追いかけとったのにくねくねライダー共、右往左往しとるで」

「この状態でも目をつぶっておかないとダメ?」

「一応な。にしてもよう土蜘蛛なんか知っとったな。しかも結構リアルやで。サイズはちょっとちっちゃいけど」

「色々あるんだよ……」

 肩を食われそうになったりね。

 壁に張り付いた私の背中側から葉子の声が聞こえる。

 どうやって変化したかというと、私が葉子をおんぶして能力を使っただけだ。

 バットは私と葉子の体で挟み込んでいる。

 重なり合った私達二人の上から土蜘蛛の姿をかぶせたと思っていただければいい。

 土蜘蛛の能力は使えるはずだ。

「咲良君。これからやけどな、いったんあいつらが消えるまで待っとこ。あいつらおらんなったら移動する。戦闘はなるべく避ける。まずは探索から。それでエエか?」

「……うん」

「ん。じゃあちょっとしんどいかも知れんけど。ちょっと耐えてや」

 土蜘蛛になるというのは肉体の能力も土蜘蛛に近づくので壁に張り付くぐらいは問題ない。

 蜂のようにぶんぶんとエンジン音が聞こえるのが少し緊張するくらいだ。

 しかしバイク集団も途中で諦めたのか音がどんどんと離れていくのを感じる。

 それは私達が土蜘蛛に化けて数分ほど経ったころだ。

「葉子。上の階に行こう。下の階はあれがうじゃうじゃいる」

「オッケーや。行くで咲良君」

 土蜘蛛となった私の尻の辺りから糸を吐き出す。

 なんだか奇妙な感覚だ。糸を天井に張り付け、私は壁を思い切り押した。

 ジャングルを駆ける野生児のごとく振り子式で私の体が宙を舞う。

 そんな感じで長距離移動を繰り返しつつ私はどこかに階段がないかと探す。

 一階の端の辺りに行くとそこに二階に続く階段を見つけた。

 気を付けつつ壁を使って上がっていき、二階に人影はないかと確認する。

 もちろんするのは葛葉だ。またさっきのくねくねがいると大変だ。

「……咲良君。あれや。過書古市」

「え?」

 目を開けて確認する。上階には洋館の雰囲気に合わない着流しを着た男。

 間違いない。過書古市だ。

 彼は何の気なく廊下を歩いている。後姿しか見えないが確かにそうだ。

 私達は壁を歩いて彼に接近してく。

 過書さんはきょろきょろと周囲を見渡した。

 私はどきりとしてその場で動きを止める。しかし過書さんは私達を気にした様子はなく、懐から一枚の紙を取り出す。

 なにかが描かれている。それは絵のようだった。

 どんなものかと近づいて確認したいがバレる危険性を考えてそれは出来ない。

 過書さんがそれを投げると紙は空中で丸くなり、再び開けば紙から何やら人型が現れる。

 それは先ほどの老紳士そっくりの姿をしている。なるほど彼はああやって妖を呼び出しているのか。

 なんというか思ったよりまっとうそうな手段で感心した。もっとおどろおどろしいやり方だったらどうしようとすら思っていたからだ。

「……咲良君」

「うん。鍵だ」

 赤紙青紙の老紳士に過書さんは鍵を手渡したのだ。

 すぐ近くの部屋の中に彼が入ると、老紳士はポケットの中に鍵を突っ込んだ。

「天上。真上からいくで」

 私達は壁を登り、天井に近づくと糸を使って天井に張り付いた。

 それから糸を伸ばして下りていく。

「咲良君。ウチだけ変化を解除するで」

「わかった」

 土蜘蛛の姿が揺らぐ。私一人では妖になりきるのは難しい。

 私の体を足で挟んで逆さまに吊られる葉子。両手はまっすぐ下、老紳士の方へ。

 なにも知らない老紳士は特に警戒する様子もない。

 準備は出来た。

「せーのっ、きゅっ」

 葉子の腕が老紳士の首に絡みつき締め付ける。

 私が糸を巻き取っていくと老紳士ごと我々の体は上昇していく。

 まるで絞首刑のような状態の老紳士はきゅっと変な音を口から発したかと思うと次の瞬間には葉子が彼の首をぐるりと回した。

 土蜘蛛というのはこういう戦い方をする妖ではないのだが、我々は土蜘蛛ではないので仕方ないだろう。

 葉子にきゅっとされた老紳士はあの時倒した個体同様体がどろどろと墨のように変わっていき、床に滴る。

 ことり、と鍵が床の上に落ちた。

「下して。変化も解除してもうていいで」

 また糸を伸ばして床にたどり着いてから変化を解除する。

 墨まみれの鍵を拾い上げて過書さんのいる部屋の扉に差し込んだ。

「咲良君が回す。それからウチが中に入って一発くらわす」

 私は彼女の言葉に頷き鍵を開けた。

 そして一気に扉を開け放ち、葉子が中に飛び込んだ。

「見つけたぞぼ……け?」

「どうしたの?」

「おらん。過書古市がおらん!」

「え?」

 私も葉子の後を追って部屋に入る。そこには誰もいなかったのだ。

 家具もなにもない。がらんどう。ではさっき入っていった過書さんは一体。

 ふわりと天井から何かが降ってきた。

 私はそれを手に取った。なにやら人の姿が描かれた紙。

 それを裏返すと『はずれ』の文字が私を笑っていた。

「葉子……はめられた」

 葉子に紙を見せようとした時だ。扉が勝手に閉まった。

 不味いと思い、二人で扉に駆けよればやはりというべきか扉に鍵が掛けられている。

 またバットで扉をホームランしようと思い私はバットを振り上げたのだが、背後から声がする。

 子供の笑う声だ。嫌な予感がする。背中を冷や汗が伝った。

 見るべきではない。振り向いてはいけない。本能の警告だ。

「咲良君振り向いたらあかん!」

「わ、分かってる!」

 私は思い切りバットをスイングして扉を打ち飛ばした。

 しかしそれは失敗だったかもしれない。

 廊下にたくさんの子供たちが並んでいる。

 人形のように美しく、人形のような雰囲気をもつ子供達だ。

 真っ白な瞳がこちらを見つめ、一文字に結ばれた口からはなぜか笑い声が漏れ出している。

 きっと私の背後にも同じ光景が広がっているだろう。

 私は罠にはまったのだ。

「ここはメリーさんの館だ」

 この洋館そのものが妖だったのだから。

 メリーさんの館。山奥にひっそりと存在するそれは決して見つけようと思っても見つけられない。

 まるで結界でも張られているかのように見つけよう見つけようと思っても見つけられないのだ。

 しかしもし見つけても中に入ってはいけない。

 メリーさんの館にある部屋に入ると多くの白い瞳をした子供達と出会うことになる。

 そしてそれを見たものは意識を失い山の中で発見される。

 ハメられた。私は自身の意識が薄れていくのを感じる。まるで眠るかのように目がかすむ。

「大丈夫や咲良君! ウチがついてる!」

 背中を強く叩かれて少し目がさえる。

「葉子」

「神様であるウチの助けがあるっちゅうことは、神様の加護を得てるも同じや! そんなあんたが負けるはずがない!」

「葉子、お稲荷さんでしょ?」

「ダキニ天もウカノミタマも全部ウチや!」

 今、私がするべきことはこの場を乗り切ることだ。

 大丈夫。葉子がついている。それにバットには空也の力も込められているのだから。

「洋館が妖やったらやることは一つ。ウチのやりたいこと分かってんな? 行くで! せーのっ!」

「神罰執行!」

 私と葉子は声を合わせて自分の獲物を振った。

 私はバットを床に、葉子は鈴を大量に生み出しそれを周囲の壁や天井に向けてぶつける。

 当然、私の力は若王子羽彩と同レベルか少し下のレベルに変化している。

 床は砕け、壁や天井も砕ける。

 この洋館が罠ならば洋館ごと破壊してやる。

 それが葉子の考えだ。わかりやすい。単純明快だ。

 この洋館がメリーさんの館なら館を殺せばいい。それだけだ。

 崩れる床や天井。その下敷きにならない様に葉子が私を抱きしめ、その姿を変える。

 風船の中にでも入ったようだ。

 がらがらと館が崩れた音が止むと葉子は変化を解除する。

「ま、咲良君は神様ちゃうから神罰やなくて人罰やけどな」

「やったらやったでなんだよそれ」

「ははは……お見事お見事」

 瓦礫の下から過書古市が現れた。怪我をしている様子はない。

 突然の登場に驚くことなく私達は構える。

 それを見て過書さんは両手を上げた。ホールドアップだ。

「いや、降参だよ。勘弁してくれ。そいつただの妖じゃないっすよね? 神様とかだ。そんなん相手にしたら死んじゃうかんなぁ」

「……随分あっさりと負けを認めるんですね。ともかく僕達からすれば今回の件から身を退いていただければ、それで十分だ」

「いいぜ。俺はあの二人と違って俺自身が戦うの苦手でね、俺がお前らと対面することになったらその場で負けを認めることにしてたんすよ。はーちゃんやうーちゃん倒したやつに勝てる訳ないからな」

 勝ちに執着しない。

 そこまでこだわりもを持ってユートピアの活動をしてないということか。

「楽するためにユートピア入ってんの。桂御園の妖は面白そうだったけど、ありゃ駄目っすよ。蒐集しても使えない」

「使えない?」

「簡単な事よ。ありゃあただただ水晶玉に取りついていただけのなんでもない怨霊っぽいっす」

 やはりあめのびさいのかみなどではなかった。

 いや、当然のことなのだが。しっかりと桂御園の言葉が否定された感じだ。

「それぐらいだったら別に蒐集する必要ないかなって感じだよ。菊屋ちゃん」

「! あなた僕の名前を……」

 覚えているというのか。敵であるユートピアの面々はみんな忘れているものなのだと思っていた。

「他人の会話に出てきた人名をメモする様にしてるんだよ。いつか使えるかもしれないからな。といっても思い出すのは骨が折れた。危うく菊屋ちゃんのメモ捨てるところだったし」

 過書古市は他人の人脈を把握するために色々とメモを取る癖があるらしい。

 曰く、空也がしたのろけ話から私の存在を知ったとのことだ。

 これによって空也がサークルで私の話をしていることが分かったし、そのうえのろけ話をしていることも分かった。

 今度抗議をしておこう。

「菊屋ちゃん調べるの大変だったぜ。なんせ名簿に名前があっても皆が君の事知らないっていうんだからな」

 そうだ。私とは本来そういうものだ。誰もが私を誰かと勘違いをして生きている。

 菊屋咲良は名簿上にのみ存在していると思われている。

 それが世間における菊屋咲良という人間の認識だ。変化の能力のデメリット。

「調べても出てこないって結構興味湧いたよ。でも分かったのは菊屋ちゃんが空也先輩の彼氏で誰にも気づかれないってこと。でも、影が薄いっていうより誰か分かんなくなるって感じが近いのかね? だったら何か別のものになる能力だったりする?」

「……そこまで分かって、それでも降参するんですね」

「するよ。手の内分かってても体が追い付かないし無理無理」

 徹底している。

 徹底しての直接対決拒否。私としては別に構わない。

 ただ、もしも若王子さんや相生さんなら私の手の内が分かっても攻めてくるだろう。

 まぁ彼女達は自身の能力に対しての自信もあるのだろう。

「あの二人は敵を侮り過ぎなんだよなぁ。敵を見て『どこまで本気になれるか』と『どんな味がするか』を考えてるやつらに『どうやれば逃げ切れるか』を考える俺の気持ちは分からんよ」

 人間離れした二人と比べれば過書さんのスタイルはある意味当然だと思える。

 若王子さん達と過書さんを比べて過書さんがおかしいと思うのはお門違いだったのだろう。

「ま、気を付けとくといいっすよ菊屋ちゃん。桂御園信太って男はちょっと変だからよ」

「ちょっとどころかかなり変です」

「よく味方しようと思ったよな。さてと、もう帰りな。これで菊屋ちゃんと俺達ユートピアの戦いはお終いだからな」

 とにかくこれで終わりだ。あっさりとした終わりだったかもしれない。

 若王子さんや相生さんの方が危険度は高かったかもしれない。

 殺意が高かったと言った方がいいかもしれないが。

 なんだか少しすっきりしなかったが私は過書さんに背を向け歩き出した。

 これでめでたしめでたし、なのか?

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