22 ―桂御園の企み―

22―桂御園の企み―


 過書さんとの戦いを終えて私と葉子は下山する。

 私が自力でもぎとった勝利はない。

 どれも他人の手伝いがあって勝ったようなものだ。

 だからこの心に霧がかかったような感情はそのせいだと思いたい。

「なんや辛気臭い顔して。これで終わりなんやろ?」

「うん……そうなんだけどさ」

「咲良君、別にあいつらの計画邪魔したからってへこまんでエエで? 対立した以上お互いが幸せにっちゅうんはあんまないからな」

 お互いの考えなどが食い違って対立している以上ウィンウィンはそうそうないということだ。

 それは理解できる。

 私は葛葉さんを守るために行動した。彼女と桂御園が幸せになるというのを潰したくなかった。

 だから彼らに味方をしたし、葛葉さんを狙うユートピアを迎え撃った。

 そして成功した。それでいいんだ。

「ん? なんやこれ? 祠?」

「祠?」

 葉子が何かを蹴とばしてしまったらしい。

 それに目を向けてみれば桂御園の部屋に置いてあった祠だ。

 祠は山道にいくつも置いてある。

 ヘンゼルとグレーテルのパンクズのようだ。

「それ、桂御園が信仰してる神様の祠だよ。あめのびさいのかみとかいうの」

「なんやそれ、知らんな。それにあのボンクラのもんか……あらよっ」

 葉子は祠を置いてあった方とは反対側に投げ捨てた。

 そこまで嫌いなのか。

 にしてもなぜ桂御園の祠がここに置いてある。

 ……桂御園がここにいるのか?

「咲良君? どしたん? 帰るで」

「……葉子、先戻っておいてくれる?」

「別にかまんけど……この山にあのボンクラがおるんか?」

「かもしれないし色々さ、話したいこともある」

「……まぁ報告とかあるし、そうやね。まぁウチは先帰らしてもらうでお互いに顔合わさん方がエエからな」

 さっさと葉子は下山していく。

 恐らくどこかから神域に帰るのだろう。

 私は彼女の背中に気を付けてと言って、祠の列を見る。

 山の下から上に続いている。下山しながら祠を設置したとは考えにくいだろう。

 私は山を登っていく。疲れているためか足が少し重い。

 元々山登りをするタイプの人間でもない。

 山を登っていくと開けた場所に出た。木は切られ、野原のようになっている。

 そこの中心に桂御園がいた。祠を塔のように積み上げている。

 時間が時間なので葛葉さんはいない。しかし葛葉さんを入れた達磨は桂御園の足元に転がっている。

「こんな所で何をしてるの?」

「……式の準備だよ」

「そう。五山の送り火の準備かと思った」

「馬鹿言え。お前こそここでなにしてる」

「過書さんと戦ってきたんだよ」

 式の会場はこの山だったか。

 過書古市がもし適当ではなく意図してここにあの洋館を設置し隠れていたのならそれは桂御園の行動を読んでのことだっただろう。

 いや、過書古市は確実に桂御園がここで式を挙げると分かったうえでここにいたはずだ。

 山の中に入ってきた所を妖を用いて襲う。きっと彼ならばそういう風に罠をはるだろう。

「そうか。で、結果は?」

「勝った……んだと思う。彼は下りた」

「ならもっと晴れやかな顔をしてた方がいいぞ。負けたのかと思った」

「それはどうも。式の準備には塔で作った京都タワーが必要なの?」

「儀式には必要なものだ……そうか。恵美須屋」

「菊屋」

「……話の続きをしてやろう。俺の夢と式によってなにがなされるかをな」

 桂御園は最後に一つ残った祠を塔の一番上に置いた。

 なんともいびつな塔だ。強風が吹けば倒れてしまいそうなほど危うい。

 京都タワーよりピサの斜塔の方がお似合いかもしれない。

 繊細微妙なバランスで祠を積み上げたのは桂御園の腕前だろう。

「座れよ。あめのびさいのかみについてお前には語ったことがあるな」

 確か招待状を渡された時のことだ。

 聞き流していたからあまり覚えてはいないが。

「あめのびさいのかみについて、もう一度教えてやろう。あめのびさいのかみの伝説だ」

 あめのびさいのかみ、桂御園の頭の中に存在する神様。

 桂御園の創作神話だ。

 あめのびさいのかみという神は高天原にて多くの芸術品を生み出した。

 絵画をはじめ文筆、器楽に生活用品の設計に至るまで多くの物品を生み出したのだ。

 高天原において彼女は多くの芸術を生み出したが、彼女は決して満足しなかった。

 というのも流行の先端に立つ彼女が何を作っても神達は喜ぶ。

 トレンドは自由自在。彼女がこうだと思えばそうなる。誰よりも自由であるがゆえに不自由。

 あめのびさいのかみは芸術の境地に至り、一つのマンネリを迎えていたらしい。

 そこで現状打破のために選んだのは人の世に下りることだ。

 人の世ならば神とは違う目線で物を見てくれるだろうと。

 あめのびさいのかみが出会ったのは一人の男だ。誰にも理解されず山の中で暮らしていた。

 彼女がその男に興味を持ったのは男が絵を描いていたからだ。

「まぁ、あめのびさいのかみからすればナンセンスの塊だったろうよ」

「神様と人間じゃあ考え方が違うって?」

「そういうことだな」

 あめのびさいのかみは男の芸術を否定した。

 そしてお返しのように男もあめのびさいのかみの芸術を否定した。

 男の批判はあめのびさいのかみが高天原で望んでも得られなかったものだ。

 お互いへの批判はお互いへの原動力となった。

 男も会ったころとは比べ物にならないほど上達し、あめのびさいのかみも作品の構想がどんどんと浮かんできたらしい。

 ただ、お互いにお互いを認めつつも芸術性は決して合致しなかったらしいが。

 しかし何事にも終わりというものがある。人と女神の奇妙な縁は命という壁の前に断ち切られる。

 男は流行り病に倒れ、死んだ。あめのびさいのかみは男の死を見届け高天原に帰っていったという。

「ここまでがお前に話したことだ」

「あぁ、そうだね」

 全く覚えていなかった。

 おさらいがなければ死ぬまで思い出すこともなかったかもしれない。

「だが、続きがある。それが本題だ」

「続き? あめのびさいのかみが高天原に帰ってからってこと?」

「いや、男が死ぬときのことだよ。心残りが男にはあった」

 病に伏せた男の心残り、それは完成していない絵画のことらしい。

 長い年月をかけて作っていく絵だ。

 あめのびさいのかみと出会う以前からそれを彼は描き続けていた。

 ほぼ完成していると思われた作品だが男はまだ何かが足りないと悩んでいた。

 寝ても覚めてもそのことばかりが気がかりで、絵と向き合っては何が足りないのかとうんうん悩んでいた。

 いよいよ死の足音が近づいてきたある日、男は死人に片足を突っ込んだような状態でいた。

 あめのびさいのかみには死の感覚というものが分からず、ただ静かに男を見つめている。

 男とあめのびさいのかみの目が合った時、男に電流走る。

 ついに絵が完成すると筆をとったが目はかすみ手は震える。

 いつも欠かさず書く準備をしていたというのに体の限界が立ちふさがる。

 待ち望んだ好機が目の前にあるのに目的を達成できない。

 今までずっと悩んでいたのだ完成させるために時間を費やしてきたのだ、しかし無理なのだ。

 もう駄目だと男が思った時、あめのびさいのかみが動いた。

 男の手を取り、はげましの言葉をかけた。

 きっと女神の加護だったのだろう。男はなんとか絵を完成させた。

 喜ぶあめのびさいのかみ。それはたった一度だけの賞賛だ。

 決して男の芸術と相いれなかったあめのびさいのかみ、しかし男の芸術の完成を心から喜んだ。

 しかし限界に達した男はすでに死んでおり、完成した絵を見たのはあめのびさいのかみだけだったという。

「その後、あめのびさいのかみは男の絵を高天原に持ち帰り、以前にもまして芸術に精を出したとのことだ」

「……そう」

「なぁ飴屋。俺はあの男になろうと思っている」

「……葛葉さんがあめのびさいのかみに近づき、君があの男になる。それで夢が叶うってこと?」

「あぁ、その通り。芸術の神の助けを得て男は作品を完成させた。そして俺もまた俺の作品を完成させる。俺はな、世界をキャンパスにして究極の芸術を完成させる」

 子供のように目を輝かせる桂御園。

 こいつは芸術とあめのびさいのかみの話の時だけはそんな目をする。

 私には自分で作った神話にのめり込み、それを芸術として発散する気持ちは分からない。

 しかし聞かなければいけないこともある。

「具体的にどうするつもりなの?」

「そうだな……まずはこの街並みを変えて見せよう。ここはあまり背の高い建造物が多くないから大型のものは栄えないからな。赤々と燃える火をそこらに撒けばどうか。夜になればネオンの光よりも美しいぞ」

「……」

「繁華街が身近にないのがつらいところだ。電気の光と炎の明るさがかち合えばなかなかのものだと思うがね。そうだ、化け物を配置しよう。京都タワーに上るがしゃどくろも一興だ。どこぞのゴリラのようかな? だが京都タワーをがしゃどくろが飲み込むんだ文句は言わせんよ」

「桂御園。お前、本気で言ってるのか?」

「本気で言っているとも。俺はそうそう冗談を言わん性質だ」

「変人だ変人だとも思っていたけれど、そこまでいくとちょっと問題があるよ。大体そんなことが出来るはずがないんだ」

「出来るさ。そのためのあめのびさいのかみだ」

 何を言っているのだろうか。

 あめのびさいのかみなど存在しないのだ。

 こいつが考えた創作神話だ。頭の中にだけいる存在。

 過書古市のいうただの水晶玉の怨念である葛葉さんを自身の考えた神の分霊だというのは勝手だ。

 それで葛葉さんが満足しているのなら私は文句を言わない。

 今話している妄言も止める権利はない。

 だがなぜ桂御園はこんな冗談じみたことを本当のことだと言い切れる?

 頭になにか問題があるのかもしれないと思われても文句は言えない。

「お前だけが見られる景色だ。式に出席するお前だけが俺の作る芸術を見られる。他の奴らはみんな俺のキャンバスの上で芸術品の一部になる」

「阿呆! あめのびさいのかみも何も、お前の頭の中の事だろう。起きるはずがないんだよ」

「はは……分からんだろうなぁ。お前にはまだ。葛葉の力の高まりも、俺の創作意欲の沸き上がりもな」

「……分からなくてもいい」

「分かってもらわねば困る。といっても信じられないのも事実だ。待っておけよ。それが嘘じゃないと証明してやるよ」

「分かってたまるか」

「……お前も俺の芸術を理解しないのか? いや、そんなことはないだろう。多分、おそらくな」

「桂御園……お前、大丈夫なのか?」

 もはやこいつの言葉は変人として扱ってもいいのかどうかも分からないレベルだ。

 妄想が妄執に進化している。

「俺は大丈夫だ。まぁ安心しろよ。俺の言葉が真実だとわかる。お前に新しい芸術の形を見せてやるよ」

 桂御園のいやらしい笑いが私の目に焼き付く。

 私はとんでもない人間の味方をしていたのかもしれない。

 桂御園に気を付けておくといいという過書さんの言葉は私にとっては遅すぎた忠告だ。

 だって私は全ての勝負に勝ってしまったのだから。

 うまくいきずぎたのだ。

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