第十話 依代


「旦那様」


 俺が、ミルに魔力を循環させてから、どのくらいの時間が経過しているのか・・・。循環を行っている魔力が、ミルの身体に溶け込むようになった。


「どうした?」


 ブロッホが何か慌てだす。


「旦那様。依代を用意したほうがよろしいかと・・・」


「依代?」


「はい・・・」


 ブロッホの説明では、 ミルとマヤが、一つの身体に共存しようとして、身体が耐えきれなくなっている。ミルの身体では、2つの魂の入れ物には小さくなってしまっている。俺が、魔力を循環させたことで、ミルの身体の崩壊は止まったのが、マヤとミルの存在が大きくなってしまって、共存が不可能な状況になっているようだ。

 それで、魔力の逃げ道としての”依代”があれば解決する可能性がある。


「依代は、人でいいのか?適当に殺せばいいのか?」


「魔力を持っているものでは難しいと考えます。遺体でも同じです。遺体から、魔力を抜かなければならないために、不可能ではありませんが・・・」


 ブロッホが言葉を濁した理由もわかった。

 ミルとマヤのどちらかが、遺体に移動したとしても、長く保てる可能性が低いということだ。いわゆる、アンデットと言われる魔物になってしまうようだ。極小の確立でリッチなどの上位のアンデットに成長する可能性も在るようだが、俺が考える蘇生ではない。


 そこで、空にした魔石を大量に含んだ依代を用意すれば、そこに余剰の魔力を譲渡できるのだと教えられた。

 忘れ去られたいにしえの技術で、すでに使う者がいないと教えられた。


「依代は何でもいいのか?」


「はい。しかし・・・」


 ブロッホが、ミルを見つめる。

 確かに、美少女だ。マヤも可愛かった。ブサイクな男では、俺が我慢できない。


「どうした?」


 ブロッホが何か考えているようなので、聞いてみたら明確な返事ではないが、心当たりがあると言われた。


「それは依代に丁度いいということか?」


「はい。元々、魔力溜まりから生まれる魔物ですが、弱いのですが、魔力を大量に保持できます。それだけではなく、他者の魔力を吸収して変異します」


「そうか・・・。それで、その魔物は、特殊な魔物なのか?」


「いえ、特殊ではありませんが・・・、私では難しく、旦那様なら可能かもしれません」


「それは?」


「妖精です。私たちは、魔物のなり損ないと呼んでいます。魔力から形が作られるのですが、弱いために、他の魔物に捕食されてしまいます。しかし、まれに魔石を得て、変異した者は、進化します。それに、姿かたちが、望んだ形に変異します。今の状態を考慮した場合に、一番、依代には向いていると考えました」


 ブロッホの説明では捕獲が難しいように思えてくる。

 もしかしたら、何か違う方法なのかもしれない。


「それで、妖精はどこに行けば捕獲できる?」


「あっ失礼しました。妖精は、捕獲はできません」


「ん?どういうことだ?」


「はい・・・」


 ブロッホの説明では、妖精の出現は不確定要素が多すぎて、わからないらしい。それなら、依代には”向いていない”と思うのだが、俺が勘違いしていたようだ。ブロッホが言っている”妖精”は、俺の認識では、”ゴーレム”に近い。俺の魔力で妖精を作り出せばいいのだと言っている。

 途中から話を聞いていた、ロルフが作り方を知っていた。実際には、ブロッホもロルフも”不可能”らしいが、俺ならできる可能性が高いのではなないかと考えたようだ。

 そして、大事なことは、俺の魔力で依代を作れば、同じく俺の魔力を循環させていた二人の依代には最適だと考えられることだ。


 方法がわかった。

 あとは、実践していくだけだ。準備は、皆が手伝ってくれた。マガラ渓谷や外にいる意識なき魔物から摂れる魔石を集めてくれた。

 ブロッホが空の魔石に作り変えた。ロルフが、空になった魔石を神殿の権能を使って一つの魔石にまとめる。小指の先ほどの大きさの魔石を集めて、こぶし大の魔石にした。上位の魔物が持っているような魔石ができた。


 魔石の準備と同時に、俺は”妖精”の作成に取り掛かった。

 イメージは、”マヤ”に6枚羽を付けたイメージだ。大きさは、依代の大きさは関係がないと言われた。こぶし大の魔石と同じくらいのサイズにする。魔石を吸収して変異するので、大事なのは妖精の素体を作る魔力の量なのだと思う。


「ブロッホ。こんな感じでいいのか?」


 ブロッホに、俺が手元で形成していた、魔力で作った妖精を見せる。


「・・・。旦那様」


 唖然とした表情を見せている。違うな、驚いているようには見えない。妖精の解釈が違ったのか?


「ん?まずかったか?」


「大丈夫ですが、問題があります」


「え?」


 問題があるのなら、作り直せばいいのか?


「私だけでは制御が難しいので、ロルフ様をお呼びしたほうがよいかと思います」


 制御?

 何か、方法儀式があるのだろう。先程、いにしえの儀式と言っていたからな。妖精を依代として、ミルとマヤに与える儀式があり、それがブロッホだけでは難しいのだな。確かに、マヤの復活に繋がるのだから、ロルフが居たほうが安心だな。


「わかった。外で待機している者に、ロルフを呼びに行かせてくれ」


「かしこまりました」


 ブロッホが、外で待機している者に指示を出している声が聞こえる。

 依代になる妖精に魔力を注ぎ入れる。妖精の素体は、魔力だ。遷ろいやすい。制御し続けなければ形の維持が難しい。確かに、妖精としての姿を維持できなければ、依代にもならない。このまま、魔石と融合できれば、妖精として定着はできるという話だが、難しそうだ。


「マスター」「旦那様」


 ロルフとブロッホが、祭壇に入ってきた。


「・・・」


 ロルフが黙り込んでしまった。


「どうしたロルフ?」


「マスター。その妖精は?」


「あぁ魔力を流していないと、維持できないのだろう?」


「・・・」「旦那様。妖精が形成されていれば、依代としては十分です。明確な形を維持する必要はありません」


 ブロッホの説明では、妖精=魔力の塊なので、形が重要ではないようだ。確かに、最初にそんなことを言っていたけど、形をつくり始めたら・・・。


「そうか、でも、問題は無いのだろう?」


「はい。それで、ロルフ様。大丈夫ですか?」


 ロルフが頷いたので問題は無いのだろう。

 魔石と妖精をミルの身体の上に置いた。ブロッホが、ミルを覆うように結界を展開する。ブロッホだけでは、妖精と魔石の片方にしか対応できないので、ロルフがサポートする。


「マスター。結界の中を、魔力を注いでください。結界の中を満たすようなイメージでお願いします」


「わかった」


 結界越しなので、最初はうまく魔力が浸透していかなかった。循環させるように、結界に魔力を注ぎ込めばいいのだと気がついた。コツが分かれば魔力を注ぐのは難しくない。

 徐々に、結界内が俺の魔力で満たされていく・・・。


 ミルの身体の上に置いた妖精と魔石が溶け合うように融合する。形が崩れた妖精は、新しい形をつくり始める。俺が思い描いていた、妖精の姿だ。最初は、ミルに似た妖精の姿になってから、マヤに似た妖精の姿になった。今は、二人を足した感じになっている。


 そして、ミルの身体が・・・。息をしているだけの動きしか見せなかった身体が・・・。指が動く、小さな小さな・・・。でも、大きな変化だ。指が動いてからの変化は早かった。目は開いているが意識が在るようには思えないが、上半身は起き上がっている。


 妖精は、しっかりとした形になっている。手の上に乗る程度の大きさだ。形がしっかりとしてから、ミルの半身が起き上がると、妖精は身体の中に溶け込むようにして消えた。


「リン」


「っ」


 はっきりと、意思が在る。

 俺を見て、俺の名前を呼んでくれた。

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