第十三話 王都


 ミルが戻ってきた。

 怪我もしていないので、相手は問題になるレベルではなかったのだろう。


「リン!」


 ミルが駆け寄ってきて、ミアを見つけて、安堵の表情を浮かべる。その表情のまま、俺に抱きついてくる。


 ミルの頭を撫でながら、状況を聞く。


「どうだった?」


 ミルの様子から、奴らでは無い。貴族関係の者でもなさそうだ。


「関係ない人たちだった。僕や、ミアを見て、奴隷として売ろうと考えたみたい」


 それは、それで問題だけど、確かに、ミアは珍しい種族だし、ミルは”美少女”だ。狙うのは理解ができる。でも、簡単に捕まえられないくらいは解らないのか?


 一応、気になっている事だけは聞いておく。


「わかった。殺していないよね?」


「もちろん。殺していないよ」


 微妙な言い方で気になる。特に、”は”を強調されてしまった。

 死んでは、居ないようだけど、死んだ方がましだと思っている可能性は・・・。否定できない。


「ふぅ・・・。そうか、死んでいないのならいいかな」


 ミルの表情から、襲撃者たちに”何を”したのか、聞かない方がよさそうだ。

 ミアもいる事から、問題になりそうな事はしていない・・・。と、思いたい。


「そうだね。でも、残念だったね」


「まったくだ」


 奴らにつながる連中なら、捕まえて、ハーコムレイに突き出せば・・・。面白い者が釣れたかもしれないのに、残念だ。


「あるじ!」


「ミア?どうした?」


「ううん。あるじと、ミルお姉ちゃん!」


 ミアが、いきなり抱きついてきた。

 身体の大きさから、俺とミルの両方に抱き着くのは無理だけど、必死に腕を伸ばしている。


 ミルが、離れていて、心細かったのかもしれない。

 ミルが俺に抱きついているのを見てから、二人の間に入ろうとする。ミルも抵抗しない。身体は少しだけ離れる。


「リン?ギルドの場所?わかる?」


 なんか、細切れだけど、意図はわかる。


「さっき、簡単な地図を貰った。なんとなく、場所は把握できているよ」


「そう・・・」


 ミルが心配そうな表情を浮かべる。

 何を心配しているのかは解る。解っているつもりだ。ギルドのメンバーが、俺を裏切る可能性がある。今は、協力できる状況なのかもしれないが、状況はいくらでも変わる。

 俺たちに、同情的で協力的だった村長が、俺とマヤを殺そうとした。実際に、マガラ渓谷で、実行した。


「ミル。大丈夫だ」


「え?」


「大丈夫だ」


 ミルをしっかりと見つめる。

 俺は、俺たちは大丈夫だ。ギルドのメンバーが裏切っても、神殿がある。帰る場所がある。マヤもいる。勝負は、微妙な状況になってしまうが、まだ逆転の”目”は残されている。

 勝利条件も曖昧だ。”影響”を与えればいい。それなら、神殿の戦力を使って、王国を滅ぼしてしまっても、勝利条件が満たされる。


「うん!」


「ミル。ミア。レオ。行くか?」


「うん」「うん!」「わふぅ」


 ミアが、レオの上に乗る。

 歩いても良いのだろうけど、さっきのような事を考えれば、ミルがミアをレオの上に乗せるのは理解ができる。

 俺とミルだけなら、なんとかできるが、ミアが狙われたら・・・。捕えられても対処はできるだろう・・・。しかし、対処が遅れる可能性がある。それなら、最初から、レオと一緒に退避させたほうが建設的だ。レオなら、ミアを乗せたまま神殿に逃げ帰ることができる。神殿まで・・・。逃げて、近くまで行けば・・・。


「リン?」


「すまん。少しだけ神殿のことを考えていた」


「??」


「なんでもない」


 俺が歩き出せば、ミルとレオも一緒に歩き始める。

 ギルドの本部?があるのは、貴族街と職人街と平民街?が交わる広場に面している。

 場所としては一等地といってもいいだろう。


 ミヤナック家が所持していた物件か?

 大きさは、解らないけど、今くらいの人数なら大丈夫なのだろう。もしかしたら、事務的な作業を行う場所は、他にあるのかもしれない。


 俺たちが、王都を旅立ってから、それほど経っていないのに、何か雰囲気が悪い。


「ねぇリン?」


「どうした?」


「うーん。うまく言えないけど・・・。殺気立っていない?」


「そうだな。俺たちのレベルが上がったから、感じたのかと思ったけど・・・」


「ん?」


 ミアを見ると、外を歩いていた時と違って、レオにしがみついた状態で、辺りを見回している。最初は、物珍しいから、周りを見ているのかと思ったけど、貴族街に近づいていくと、警戒心を隠せなくなっている。

 ミアだけではなく、レオからも緊張が伝わってくる。


「雰囲気が悪いな」


「うん。アロイとはいわないけど、似たような感じだね」


 アロイか・・・。確かに、誰かが、何かを警戒して、何かを見つけるために動いているような感じはするが、もっと殺伐とした感じがする。


「そうだな。パシリカの時には、もっと・・・」


 違うな。俺が、俺たちが、王都・・・。貴族やそれにまつわる裏側を知ったから、感じ方が変わっただけなのだろう。


「ん?」「あるじ?」


「なんでもない。大通りに出れば、また違うだろう」


 同じだろうとは思うけど、ミルは解っているようだが、ミアを安心させるには十分な言葉だ。

 それに、俺がミアを見た事で、何かを察してくれて、ミルがミアの手を握る。


 ミアの表情が少しだけ変わったのを確認して、大通りに向けて歩き出した。

 雰囲気は変わらないが、どこからか見られているような感じは弱まった。理由が解らないのは気持ちが悪いが、今の俺ではまだ解らないのだろう。


 大通りに出てから、広場に向かう。

 一度、広場には行っているから道は解っている。


「ねぇリン。なんか、皆、ビクビクしていない?」


「あぁ雰囲気が悪いな」


 レオを見て、びっくりするのなら理解ができるけど、ミルを見て驚くのはよくわからない。手配書でも回っているのか?


 その理由は、すぐに判明した。


「あるじ!」


「どうした?」


「あのおばちゃんが呼んでいるよ?」


「おぼちゃん?ミアが知っている人か?」


 首を横に降る。知らないようだ。ミアが見た方向を見ると、獣人族の女性が、俺を手招きしている。


「リン?」


「罠・・・。の、可能性は低いな。ミル。”逃げる”準備はしておいてくれ」


「うん」


 手招きしているのは、雑貨屋のような店舗から顔を出している、獣人族・・・。猫人族だろうか?女性で間違いはない。ミアじゃないけど、”おばちゃん”で間違いではない。


 俺が近づいていくと、少しだけ表情を変える。俺が来るとは思っていなかったのだろうか?


「なんでしょうか?」


「いいから、早く、あんた達、店に入りな。この店は、私しか居ないから安心しな」


「え?」


「いいから、早く!」


「おぉ・・・。ミル。レオ!」


 二人と一匹は、呼ばれると、すぐに近づいてきた。

 おばちゃんは、ミルとミアを見てから、俺を見比べるようにしてから、ミルとミアの手を引っ張って店の中に連れていく。


「おい!」


「いいから、あんたも早く入りな」


「だから・・・。理由を!」


 おばちゃんが店の中に、ミルとミアを連れ込んだ。文句をいおうかと、声を上げたら、今度は、俺の手を引っ張って、店の中に引っ張る。俺が店に入ったのを確認して、扉を閉める。


 鍵をかけないのは、俺たちに害意がないと示すためか?


「あんた!この子は、あんたの嫁と子供・・・。じゃないだろうけど、大事な子なのだろう!」


 おばちゃんが、いきなり俺を叱り始める。

 意味が解らないが、おばちゃんとはそういう生き物なのかもしれない。


「え?あぁ」


 おばちゃんは、俺をじっくりと見て、ため息を吐き出す。


「あんた。王都には、何で来た?」


「”なにで”とは?」


「乗合馬車か?年齢から、パシリカを受けたばかりに見えるけど?違うのか?」


「あっ。そういう意味なら、徒歩ですね。事情があって、ミア・・・。あぁ猫人族の子と、妻と・・・。王都に来ました。知人が居るので、会いに・・・」


 我ながら、苦しい言い訳だけど、おばちゃんはなんか納得している。


「パシリカは?」


「今年、受けました」


「その後は?」


「すぐに、王都を出て、生まれ故郷に向かいましたが、そこで問題があって、王都に戻ってきました」


「そうかい・・・。それじゃ知らなくても・・・」


 おばちゃんは、王都の現状を教えてくれた。

 俺が考えていた以上に”やばい”状況になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る