第二話 契約と神殿


 屋敷に移動すると、セバスチャンが出迎えてくれた。


「旦那様」


「セブ。屋敷は大丈夫か?」


「はい。後は、旦那様が譲渡に関する契約書にサインを行えば終了です」


「契約書?何か、問題があったのか?」


「聞いていた話では、譲渡では無かったので・・・」


「ん?譲渡?セブが聞いていた話と違うのか?」


「はい。王家から渡された書類では、旦那様に譲渡されると記載されています」


「何か問題か?」


「問題は、ありません。税も、免除されることになっています。契約の内容だけの判断ですが、貴族家・・・。それも、伯爵と行う譲渡契約に近い感じです」


「わかった。条件が良すぎるのが問題なのだな?」


「はい」


 条件を提示してきたのは、ハーコムレイだろう。

 もしかしたら、ニノサのことが影響している可能性がある。口止め料が入っていると思って、黙って受け取るのがいいだろう。何か、問題があっても神殿を握っている限りは、屋敷への影響は最小限に抑えられる。

 政治的な争いに巻き込まれないようにだけ、セバスチャンに頼んでおけばいいだろう。


 どうせ、ギルドに近づいた時点で、俺や神殿は、ローザスの派閥だと思われているのだろう。

 宰相派閥には、アゾレムが居る。教会派閥は、ごちゃごちゃしている。それに、奴らの誰かが関係している可能性が高い。


「わかった。保留しても、意味がなさそうだ。サインをしよう」


「よろしいのですか?」


「あぁ多分、口止め料が入っているのだろう」


「”口止め料”ですか?」


 セバスチャンには、ニノサ文章の話はしていない。


 タイミングも丁度いいだろう。

 ニノサ文章やアゾレムとの関係を説明した。町長に、”ご退場いただいた”経緯は、少しだけごまかした。


「ありがとうございます。旦那様の推測通り、口止め料を含めての契約だと思われます」


 セバスチャンも納得してくれたようなので、さっさとサインをして手続きを行う。

 渡される書類にサインをしていくだけのお仕事だ。


「ん?」


「旦那様?」


「すまん。今、サインした書類を見せてくれ」


「はい」


 セバスチャンから戻された書類をしっかりと読む。内容は、俺に譲渡される土地の区分だ。

 屋敷の周辺は、当然だとしても、屋敷の後ろに広がる森まで、屋敷の一部として譲渡契約に含まれている。使い道の制限は何も書かれていない。森の大きさは不明だが、広さではなく、”メルナの森”とだけ書かれている。


「セブ。この書類だけど、メルナの森の管理が含まれている。これは、メルナの森で発生する魔物の討伐も含まれているよな?」


「はい。しかし、メルナの森には、低位の魔物が殆どです。旦那さまの眷属の狩場とするには、丁度良いのでは?」


 そうか、そういう考えもあるのだな。

 だから、セバスチャンは何も言わなかったのだな。


 神殿への入口を作るのに丁度いいかもしれない。


「セブ。この契約では、森を俺が好きに使っていいのだよな?森の範囲は書かれていない?そうだよな?」


 俺の言い方に、セバスチャンも解ったのだろう。頭を下げて、”その通りです”とだけ答えた。

 これも、後でロルフと相談だな。神殿のカバーストーリを作る事が出来そうだ。


 アロイ側は最初に教えられた場所だ。


 契約は、セバスチャンに任せることになった。

 屋敷の清掃と修復も、セバスチャンが手配をしてくれることになった。


 これで大丈夫かな?


「セブ。他に、何かあるか?」


「数日中に、アロイ側の場所を確認に行きたいと思います」


「少しだけ待ってくれ」


「はい」


「神殿で、ゲートを作成する。わざわざ、マガラ渓谷を越えるのも面倒だ」


「はい。かしこまりました」


 屋敷の報告は、セバスチャンに任せれば大丈夫そうだ。


「人員の過不足は?」


「敵対者を考えれば、警備に不安があります」


「それは、眷属たちでは不足を補えないのか?」


「失礼しました。目に見える形での警備が不足しております」


 セバスチャンが言っている事は理解ができたが、人を雇うにしても時間が必要だ。

 最初は、ハーコムレイに頼るか?


「旦那様。よろしければ、アロイの街に居る昔馴染みを頼ってよろしいでしょうか?」


「ん?セブの知り合いか?」


「はい。護衛を引退して、宿屋を始めているはずです」


 ん?


「セブ。大剣使いのラーロか?」


「ご存じでしたか?」


 セバスチャンから、ラーロさんとの繋がりを聞いた。

 同門の弟弟子らしい。セバスチャンの経歴も謎だ。なぜ、これほどの人物が奴隷になっていた?


 今は、ラーロさんの話だ。


「パシリカに向かう時に、護衛をしてくれた。護衛の中で、唯一、まともだった印象がある」


 ラーロさんを、屋敷の護衛として雇いたいらしい。

 ”嫁と娘と宿屋をやる”と言っていた人なので、順調なら、誘う必要はないことを、セバスチャンに言い含めた。


 さて、話も終わって、屋敷にある執務室から出ると、いろいろな恰好をした者が並んでいた。

 セバスチャンが屋敷の為に雇った者たちのようだ。皆が、並んで一斉に頭を下げる。


 正直、むず痒い。


 部屋から出る時に、セバスチャンから”頭は下げないで下さい”と注意されていなければ、ペコペコしながら歩いた。なんとか、片手を上げて従業員の間を歩いた。

 そういえば、以前ルナが愚痴っていたことが解った。”貴族も大変だな”と思っていたのだが自分が、その立場になるとは思っていなかった。


 屋敷を出ると、アウレイアが待っていた。

 ブロッホも一緒だ。


「ブロッホ!アウレイア!」


 アウレイアが、俺に飛びついてきたので、頭を撫でる。


「マスター」


「ブロッホ。ご苦労」


 こっちも、ブロッホから注意されている。

 受け答えは、横柄だと思うくらいの方で丁度よいということだ。俺は、マスターで、主なのだ。出来そうもないのならしょうがないが、努力はしてみようと思っている。


「ありがとうございます」


 ブロッホが頭を下げる。

 アウレイアは、久しぶりに会えたのが嬉しいのか、尻尾の動きだけで、周りの木々が倒れてしまうかもしれない。


「それで?」


「マスターをお迎えに来ました」


 ん?

 あぁそうか、神殿に行くには、ゲートを開くか、ヒューマたちが守っているやしろのゲートを使うしか方法がない。


 ブロッホに乗って、やしろに向う。上空を飛翔すれば、目立つこともないだろう。別に、見つかっても正直な話としては困らない。神殿の戦力だと知らしめればいいだけだ。討伐に来るのなら、返り討ちにすればいい。


 ドラゴニュートたちが守っているやしろには、5-6分で到着した。

 離着陸に時間が必要だった。


 やしろには、ヒューマだけではなく、ロルフやアイルやリデルたちが待っていた。

 アウレイアは、自分の脚力でマガラ渓谷を越えてくるようだ。


『マスター』


「ロルフ。マヤとミルは?」


『マガラ神殿でお待ちです』


「わかった。神殿に向かう。いろいろ、設定をしなければならない」


『はい。ミトナル様から聞いております』


 ロルフと話をしながら神殿に向かう。


 ゲートは、俺が設定した通りの場所になっている。

 マヤもミルも変更しなかったのだな。


 ギルドに渡す建物や、ゲートを作成してしまおう。

 俺たちの居住区は、後回しでいいだろう。


 それから、支配地域の確認をしておいた方がいいだろう。間違えて、建物を置いたら問題になってしまう。


「ロルフ。支配領域の確認と変更をしたい」


『わかりました』


 ロルフが、端末装置の部屋に向かう。

 端末確認すると、支配領域が表示される。メルナ側には伸ばしていなかった。森を含めて支配領域に組み込む。屋敷と屋敷の周りは、神殿の領域にした。他は、支配領域だが表層は領域から外した。これで、間違えて、建物を置くことはないだろう。アロイ側は、ポルタ村まで領域を伸ばした。街道沿いに細く伸ばした。街道から湖側は、神殿の領域だ。アロイ近くの森も領域に組み込んだ。

 ヒューマたちが居る森は、領地ではないが、支配領域に組み込んだ。


 かなりの蓄積魔力を使ってしまったが、ギルドが神殿を使うようになれば、また貯まってくるだろう。


 ギルドが使う通路は作ってある。

 細かい変更は、後で行えばいいだろう。


 すぐに欲しいのは、ゲートを4箇所だな。

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