第七章 神殿生活

第一話 殿下と騎士


 当初の計画の3倍以上の時間をかけて、神殿に向かうことになった。

 些細な問題は発生したが、概ね予定通りに進むことができた。


 3倍の時間が必要になったのは、殿下・・・。の、責任ではなく、殿下に付いてきた騎士たちが、当初の計画に苦言を呈してきた。


曰く

「殿下がお疲れになる」

曰く

「殿下の為の休憩が少ない」

曰く

「殿下の食事が質素だ」

曰く

「殿下が・・・」「殿下が・・・」


 騎士たちが最初からこの主張をしてきたのなら、素直に”殿下の為”というセリフを信じられるのだが、ハーコムレイが神殿まで一緒に行動しないとわかると、態度を変えた。話を主に聞いていたイリメリの感想では、殿下の名前を借りた自分たちの要望を伝えてきているだけだと言っていた。

 実際に、殿下は俺たちが恐縮する位に腰が低かった。

 特に、俺に対しては、深々と頭を下げてきた。

 初対面だと思うのだけど、なぜかじっくりと観察されてしまった。


「リン君?」


 イリメリが、騎士たちの愚痴をまとめてくれている。

 全部を叶えていたら、1ヶ月経っても到着できない。


「ルナに出てもらってくれ、それでもダメだな」


「ダメなら?」


「置いていく。俺たちが保護する義務があるのは、殿下だけだ。殿下を連れて逃げる」


「でも、それじゃ、私たちが反逆罪にならない?」


「あの騎士たちなら可能性がある」


「それなら!」


「ルナが居るし、ハーコムレイなら大丈夫だろう。それに、ナッセが居る。そうだ、ルナとナッセに出てもらってくれ、それでも話がまとまらないようなら、最初は殿下を置いていくと言ってくれ」


「・・・。わかった」


 イリメリが、騎士たちとの打ち合わせの場所に、ルアリーナとナッセを連れて行った。

 それでも、騎士たちは無理を言ってきたようだが、無理の範疇を抑えることが出来た。それが、3倍の日程だ。


 しかし、アロイに着いてからがまた面倒だった。。


 ルアリーナがハーコムレイから聞いていた話は、騎士たちはアロイまでの護衛だ。

 アロイに到着して、まずはミヤナック家の屋敷に殿下が入った所で、騎士たちは役目が終わって、引き返せばいいのに、ミヤナック家に逗留した。2-3日なら、疲れを癒す目的があるかと考えたが、よくわからなかった。


 騎士がいる時に、神殿との転移門を開くことはできない。まだ転移門は知られるわけには・・・。


 なので、オイゲンに探らせることにした。


 オイゲンから、探らせた翌日に話がしたいと連絡が入った。


「リン。わかったぞ」


「早いな」


 オイゲンが、俺が貰った屋敷に戻ってきた。

 会議室に指定した広めの応接室には、イリメリとタシアナとフェナサリムが来ている。ルアリーナとサリーカは、騎士たちの相手をする為に、ミヤナック家の屋敷で待機している。


「あぁ任せろ」


 オイゲンが、偉そうにしている。


 偉そうにしているのを見ていてもしょうがないので、本題に入ってもらう。


「それで?」


「あぁどうやら、奴らは、ミヤナック家からの追加報酬が目当てのようだ」


「追加報酬?」


「言葉を選ばなければ、”たかり”だな」


「ははは。ハーコムレイに文句を言わないと・・・。奴らが、クズなのは解ったけど、ミヤナック家がそんなクズを殿下の護衛に押し込むとは思えないのだが?」


「あぁそれも聞き出せている。奴らは、ミヤナック家が手配した騎士ではない」


「え?」


 皆が不思議そうな表情をする。

 確かに、ミヤナック家の紋章が入った命令書を持っていた。


「オイゲン。どういうことだ?」


「ん?奴らを酔わせて、あぁパートナーたちに酌をさせたら、口が軽くなって、教えてくれたぞ」


 オイゲンが聞き出した話では、奴らは教会関係の人間から依頼を受けた自称騎士だ。ミヤナック家が指示を出した騎士から指示書を奪って、潜り込むように言われたようだ。

 ハーコムレイは、俺やギルドのメンバーが戦える事を知っている。そのうえで、ナッセやセトラス商隊がいるから、騎士も訓練が終わったばかりの新人を派遣した。新人に、護衛の練習を行わせるつもりだったのだろう。ハーコムレイに聞かなければ解らないが、それでなければ、新人に近いような連中を派遣する意味がわからない。

 装備も、正規な物で、ミヤナック家が支給した物を装備していた為に、身元を確認しないで、ハーコムレイが帰ってしまった。自称騎士たちが増長してしまった。商隊の馬車に乗り込んでいたので、殿下との接触も最小限に抑えられていた。


「オイゲン。奴らは、目的を何か言っていたのか?」


「あぁ殿下がどこに行くのか、教会の連中に知らせるのが目的らしいぞ」


「命令を出したのは、教会なのか?」


「”らしい”けど、実際には”解らない”が答えみたいだ。そもそも、あんな簡単に話す連中に、指示を出す時に、自分の身元を示すか?」


「そうだな。宰相派閥か、ローザスと反対側にいる連中か・・・。対象が広すぎて・・・。特定は、無理だな」


「リン君。それで、騎士たちはどうするの?」


 フェナサリムが、当然の質問をしてくる。

 このまま帰しても、ハーコムレイやミヤナック家の失点で、俺たちが責められる状況ではない。しかし、アロイに殿下がいる事が解れば、余計な蟲が湧いて出る可能性がある。その意味では、奴らを潜り込ませた者たちに情報が渡るのは都合が悪い。最終的に、神殿の存在が表面化するのは、諦めているが、まだ状況が揃っていない状態で、敵対する可能性がある奴らに知られるのは面白くない。


「ん?帰ってもらおう。ただ、無事に王都まで辿り着けるかはわからない」


 ニヤリと笑うと、フェナサリムだけが察してくれた。


「フェム。俺は、準備をしてくる。奴らを帰すのは、少しだけ待ってくれ」


「わかった」


「オイゲン。もう少しだけ奴らを足止めしておいてくれ、それから、イリメリ。ルナに、1人辺り、金貨1枚を渡すように言ってくれ、セブに言えば、必要な金貨は出してくれる」


 二人から了承の返事が来た。


「タシアナ!」


「え?私?」


 タシアナは、話が終わったと思って安心していたが、重要な役目が残っている。


「ナッセに、知らせて欲しい」


「それだけ?」


「そうだけど、難しいぞ?」


「え?」


「ナッセにも伝えて欲しいけど、奴らに、『俺たちに知られている』ことを悟られないように、追い返す必要がある。そのために、ルナやサリーカには知らせないで、ナッセだけに伝わるようにして欲しい。特に、ルナに伝わると、面倒な感じになってしまう」


「・・・。え?ん?わかった」


 ルアリーナが、ミヤナック家の為に動いてしまうと、この場で騎士たちを殺す可能性がある。

 出来れば、騎士たちには、アロイの街を出て、王都に向かったという証拠を残しておきたい。


「それから、奴らを鑑定で確認してくれ」


「え?私?リン君。無理だよ。私は、接触していないと鑑定ができないよ?」


 そうか、忘れていた。

 鑑定の種別があるのだった。俺の鑑定なら、離れていても可能だ。他にも、離れていても大丈夫な者はいるけど、ステータスの確認ができない。ミトナルを呼べば・・・。


「ん?リンは、奴らを鑑定させて、何を知りたい?」


「あぁステータスが解れば、嬉しいと思っただけだ」


「それなら、調べてあるぞ?」


 オイゲンが、奴らのステータスが書かれた物を取り出す。

 強いとは思うが、それほど強いとは思わない。


 リデルやヴェルデやビアンコでは、難しいが、ジャッロなら勝てるだろう。ラトギなら、1人で十分だ。ブロッホが出ると、大事になってしまうな。アイルたちに集団で襲わせるか?


 俺の合図で、皆が動き出した。


 イリメリが、俺の服を引っ張る。


「リン君?」


「どうした?」


「セバスチャンさんの所まで・・・」


 人見知りな所は変わっていない。

 当然だけど、イリメリは、少しだけ変わった人見知りだ。今まで繋がりが無かった人には、人見知りを発揮しない。だから、初対面の先生は大丈夫だ。クラスメイトも初めて会う人なら大丈夫だ。でも、誰かの友達とか、誰かの親とか、知り合いの知り合いには人見知りが発動してしまう。

 だから、俺の執事になっているセバスチャンは、俺の知り合いだから、イリメリとしては人見知りが発動する対象になる。セバスチャンの部下は、対象ではない。よくわからない定義がある。


「わかった。丁度、俺も指示を出したかったから丁度よかった」


「・・・。うん。ありがとう」


 イリメリとタシアナと3人で、セバスチャンが待機している部屋に向かった。

 そこで、管理を任せている資金の中から、必要な金貨をイリメリに渡した。セバスチャンにも、事情を説明した。その時に、金貨一枚では奴らは帰らない可能性が高いと言われた。ここまでの手間賃と礼金と帰りの足代として、金貨2枚/人を渡せば良いと言われた。3枚だと、今度はもっと搾り取れると思って帰らない可能性があるので、2枚が丁度いいと言われた。


 あと、俺の指示に追加する形で、セバスチャンから提案があり、タシアナにはナッセに追加で情報を渡すことになった。

 俺の名代として、セバスチャンがタシアナと一緒に行くことになった。イリメリとタシアナが、安堵の表情を浮かべているので、やはり少しだけ心配だったのだろう。


 さて、俺は・・・。

 ロルフに連絡して、騎士たちの捕縛計画を伝えないと・・・。実行は、アイルたちに任せることになるだろうけど、皆の意見も聞いておきたい。

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