第三十二話 マガラ渓谷


 リンとマヤは村長を待つ事にした。

 待たなくても良いと思ったのだが、約束してしまったので、待っている事にした。


「ねぇリン」


「ん?村長なら、多分”敵”だぞ?」


「うん。僕にもそれはわかった・・・。ねぇリン。おじさんなら、居場所を知っているかな?」


 マヤが言いたい事はわかる。

 ニノサとサビニがどこ居るのか・・・。誰が敵の本丸なのか・・・。


「知らないと思う。知っていたら、俺とマヤを狙ったりしないだろう?」


「うーん。そうだね。リン。本当に、僕たちが狙われているの?」


「違うのなら、それでいいけど、狙われていると考えて行動したほうが安全だろう?」


「うん。わかった」


「でも、マヤは普通にしていていいからね」


「え?」


「演技なんてできないだろう?疑っていると思われる位の方がちょうどいいと思うからね」


「わかった」


 村長が狙うとしたら、荷物だろう。魔法の袋マジックポーチに入っていた大事な物はもう預けている。

 中に入っていた物を説明して、もうローザス殿下に預けていると説明しても無駄だろう。


 15分くらい経ったか?


「リン。マヤ。待たせてしまったな」


「いえ、大丈夫です。それで、問題は解決したの?」


「問題?おぉ・・・。ウノテ殿には事情を説明したら、村まで一緒に行ってくれる事になった。それに、もともとの護衛も一緒に行く事になった」


「護衛?」


「あぁ儂がメロナに向かう道中で雇った護衛じゃよ。その者も一緒に行く」


 おじさんは後ろを振り向いて合図をした。あんな奴らさっきまで居なかった?


 二人の男性が頭を下げる。あれが護衛なのだろう。


 どっかで見た顔だけど思い出せない。

 何かが引っかかる。


 一人の男が村長に話しかける。


「それでは、私が先に行きます」


「そうじゃったな。頼む」


 一人が前で、もう一人が後ろから護衛する形になるようだ。

 はじめから決めていた?

 何かがおかしい?


「おじさんの護衛でしょ?僕とマヤは大丈夫だよ?」


 とりあえず牽制の意味もあるが、遠慮して見るが答えはわかりきっている。


「そういうな。また渓谷に落ちたら困る。それに、護衛に聞いたら、ある程度の間隔を開けて渡れば魔物も襲ってこないそうじゃ」


 護衛の二人が村長の話に合わせるように説明をする。

 かなり怪しい感じがするが、たしかに固まって移動している方が魔物からは餌が固まっている様に見えて、襲ってくる可能性が高そうな気もする。


 人と人との間隔を開けておいたほうが襲われた時に対応する時間が取れそうだ。


 先頭を歩く護衛から距離を開けて、俺が先に歩いて、次にマヤが歩く。そして、村長が歩いて、サラナとウーレンが歩いて、最後にもう一人の護衛が歩く事になる。


「わかった。マヤ。荷物は僕が持つから、全部魔法の袋マジックポーチに入れておこう」

「うん!」


 村長の前で、魔法の袋マジックポーチに荷物を詰めていく。

 狙うのならこれだろう?


「リン。その、魔法の袋マジックポーチはどうしたのじゃ?」


「ニノサの知り合いという人が、届けてくれた。僕にしか使えない設定になっていて、マヤにも使えないから、僕が持っている」


 そこまで凝視されると魔法の袋マジックポーチが照れてしまいますよ。なんて軽口が言えないほどに真剣な表情だ。


「その中に、なにかニノサからの・・・。その預かった物はなかったのか?」


 やはり書類か?

 領主繋がりで間違い無いのだろう・・・だが、なにか違和感がある。

 時系列がおかしいのか?違うな・・・。見落としていないか?


 とりあえず疑惑を晴らしておく事にしよう。


「うん。なんなら全部出す?腐った食べ物とかも大量に入っているからおすすめできないよ?」


「なんで、そんな物が・・・?」


「さぁ・・・母さんが食べると思って入れてくれたらしいけど、魔法の袋マジックポーチの中は時間が緩やかに流れるって知らなかったみたいだね。あとは、僕とマヤが使う武器と防具が少しと、金貨が数枚入っていただけだよ?おじさん。何か探しもの?」


「いや、お前とマヤの父親と母親は腕が良かったからな。ただの好奇心じゃよ」


「そう・・・・」


 明らかに前を歩いている護衛や後ろの護衛が聞き耳を立てている。

 全部出してもいいと言った時に反応した。


 こんなにわかりやすい人だったのか?


 パシリカの事も聞いてこない。自分の行動が矛盾している事にも気がついていないようだ。


 仕掛けてくるのなら、渓谷を渡っている最中か?


 関所から渓谷に入っていく、商隊の話し声が聞こえなくなっていく・・・。


 中継地点まで後少しの所に来た時に、マヤが俺のすぐ後ろに寄ってきた。


「どうした?」


「ううん。なんか、嫌な感じがしただけ」


 落ちたときの記憶が有るのだろう。

 護衛も村長も慎重に下っているし、商隊にもおかしな動きはない。


「大丈夫だ。マヤ」


「うん。リンと一緒なら平気!」


 その瞬間、後ろから悲鳴が聞こえた。


「サラナ!」


 ウーレンの悲鳴混じりの声だ。


 サラナが護衛に切られているのが見える。

 なぜ?サラナが?


「サラナ!」「まて、マヤ。動くな!」


「いやぁぁぁぁサラナ!!!」


 後ろにいた護衛がサラナを蹴って渓谷に突き落とした。

 そのままウーレンの首に剣を突き立てて殺している。


 なぜ?!

 俺たちではないのか?


「マ・・・ヤ・・。ごめ・・・ん」


 護衛が、ウーレンの身体から剣を抜いて、サラナと同じ様に渓谷に蹴り落とす。 

 ウーレンの最後の言葉は、”ごめん”だった。なにがどうなっている?

 ウーレンとサラナは何を知っている?


「マヤ!」


 マヤに武器を渡す。受け取って構える。

 俺も武器を取り出す。なんでもいい。身を守る物が必要だ。


「リン。マヤ。すまない。これも村のためじゃ」


「え?」

「マヤァァァァァ!!!!!!」


 村長がいつの間にか後ろに来ていた。


 マヤを渓谷に落としやがった。手を伸ばすが届かない。


「村長ぉぉぉぉ!!!!」

「・・・・」


 村長と対峙するが、こんな男よりも、マヤが気になる。

 早く助けにいかなければ・・・。


「リン。お前達が悪いのじゃ」


「そうか?それで?それが最後の言葉でいいのか!」


 くそぉ!マヤ!無事でいろよ!

 今ゴミを始末したら、すぐに助けに行くからな!


「リン。話を聞け!」


「なんだ、今更命乞いか?卑怯者の臆病者の言葉なぞ・・・。聞きたくない。死ねよ!」


 村長に斬りかかる。狙いは首。

 護衛に剣を弾かれる。弾かれた。弾かれて手がしびれたがそれがどうした!

 魔法の袋マジックポーチからナイフを取り出して、護衛に投げつける。一歩下がったすきに村長の腕を狙う。手応えあり。腕一本は切り落とせなかったが、左手首を切り落とせた。村長のうめき声が渓谷にこだまする。


「そこまでだ・・・」


「え?」


 前を歩いていた護衛が、俺の腹に剣を突き刺して呟いた。


「マ・・・ヤ・・・」


 残されている力で剣を投げる。

 村長には届かなかったが、村長の前にいた護衛の首に刺さったのがわかった。


 残された護衛に中指を立てながら”ざぁまぁみろ!”と怨嗟の声を投げかけた。

 力が入らない。


 俺は死ぬのか・・・?

 護衛の所が、俺を蹴り落とす所がスローモーションのように脳裏に焼き付く。


 絶対に生き残って、マヤと一緒に帰ってくる。


---


 ここは・・・?どこだ?

 白い部屋?違う。あの部屋じゃない!


 やはり、俺は死んだのか?

 おかしい。死んだのなら、アドラの所に行くはずだよな?


 身体は・・・。リン・フリークスのままだな。神崎凛に戻っていない。そういう事は、まだ異世界だよな?


 どうなっている?


”クスクス”


 誰だ!


”大丈夫だよ。僕は、マノーラ。リンを見守る者だよ”


 俺を見守る!?


”そう。観測者アドラステーアも、慈愛神エリフォスも、強欲神パーティアックに出し抜かれるようじゃダメだよね”


 どういう事だ!


”ごめん。ごめん。リンには関係無いことだね。あっ君は死んでいないよ?少し気を失っているだけだから安心して”


 マヤは!マヤはどうなった!


”それは、目が覚めてから自分で確かめて。僕の権能ちからはリンだけ・・・。だから、ごめんね”


 ごめん?ごめんってなんだよ。マヤは!マヤはどうした!

 神ならなんとか言え!


”僕は、そこまでの事はできないよ。リンを見守って導くだけ・・・”

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