第二十話 宗教都市


 ローザスの説明を聞いた。

 ロルフから聞いていた話とは違う。多少の脚色が入っているのだろう。ローザスの説明では、教会にも、王国にも、都合がよすぎる。


「ローザス。過去の話はわかった。それで、現状の教会を教えてくれ、俺たち・・・。神殿の敵になりそうな連中がいるのだろう?」


 ハーコムレイは頭を抱えてしまった。


「リン=フリークス。現状の理解は?」


「現状?教会の関係者はいるけど、よくわからない」


「そうか・・・。教会内部にも派閥があるのは知っているか?」


「派閥?知らないけど、派閥くらいはあるだろう?それがどうした?」


 俺の返答を聞いて、ローザスは少しだけ困った表情をして、ハーコムレイを見た。


 ハーコムレイは、ローザスでは言いにくい事なのだろう。説明を続けてくれるようだ。


「そうだ。その派閥が問題だ」


「ん?」


「リン=フリークス。教会の総本山が、一国の王都の中にあり、宗教都市ドムフライホーフと呼ばれているのを不思議に感じないか?」


「不思議?俺が産まれる前から、そう呼ばれていたのだろう?確かに、宗教都市と呼ばれているのは、違和感を覚えるが・・・」


 そういう物だと認識している。

 俺だけではないだろう、事情を知らなければ、国と宗教が密接に結びついていると認識するだけだ。


「宗教都市と呼ばれる経緯は・・・。歴史の勉強でもしてくれ、それよりも、リン=フリークスが感じた、”違和感”が問題だ」


「何が・・・。そうか、共依存になってしまっているのだな」


 経緯はわからないが、”神”を名乗っている者たちが存在する世界で宗教は一定の権威と権力を持っている。どちらかだけなら、大きな問題にはならない。しかし、両方を持つと、それは”国家”と同じだ。そのために、国家の中に国家として存在する形になっている。


 俺の考えが当たっているのか、ハーコムレイは目を見開いてから、頷いて肯定している。

 ローザスは、それでも困惑した表情を浮かべるに留めている。


 ここまでは、前段なのだろう。


「王家と教会は、目指すべき方向が同じだった」


 ローザスが口を挟んできた。

 ハーコムレイも、ローザスに説明を譲るようだ。


「”だった”?」


「そうだね。リン君の思っている通りだよ。以前の教会は、王家に協力して、民衆を・・・。違うね。正確に言うのなら、王家と一緒に、民衆を奴隷化していった」


「ローザス!」


「ハーレイ。いいよ。本当のことだ。王家と一部の貴族は、教会の力を使って、民衆から学習の機会を奪った。それだけではなく、戦う力を奪った。それだけでも、十分に悪辣なことだが、教会はそこから一歩進めた」


「それが、パシリカか?」


「そうだね。パシリカは、教会が行っていたのではない。神の権限を委譲された、各国の王家が担っていた」


「ん?」


 俺がロルフから聞いていた話と違うが、今はローザスの説明を”是”としよう。


「それを、教会が各国から取り上げた」


「?」


「多分だけど・・・。リン君。神殿に、パシリカが行えるような施設が有ったよね?」


「・・・。祈りを捧げるような部屋がある」


「やっぱり・・・」


 完全に話が横道に逸れてしまっている。

 知りたい内容ではあるが、神殿で調べないとわからないことも多い。ロルフあたりなら何か知っているかもしれない。


「ローザス。教会は、宗教を弾圧したのか?」


「弾圧・・・。そうだね。国家間の争いを治めるという建前で、各国から、パシリカに必要な装置を没収した。神の名の下に・・・」


「神?」


「そうだ。パーティアック神の神託に従って、教会が強行した」


「ん?神は、一柱だけなのか?」


「違う。それが派閥にもつながっている」


「そうか・・・。教会の派閥は、神の力に関係しているのか?」


「以前は・・・。今は・・・」


「リン=フリークス。宗教都市は教会が仕切っている。その教会が一柱の神託で強権を発動できたのを不思議に思わないのか?」


「・・・」


 ハーコムレイのいっている内容は理解ができる。

 しかし、ローザスやハーコムレイが言っているのは、トリーア王家から見た歴史だ。判断できるだけの情報が与えられている状況ではない。


「ハーレイ。リン君に、この件で判断を聞くのは間違っている。僕たちが、判断しなければならない」


「わかっている。しかし、リン=フリークスは、神殿を得ている。教会に渡すことも、王家に渡すことも拒否するだろう。そうなると、神の争いに巻き込まれるのは・・・」


 ハーコムレイは、その先の言葉は紡がなかった。


 沈黙が場を支配する。


 雑踏も、沈黙の中に消えていくような感覚になっていく、この場に居ながら意識は違う場所に飛ばされるような感覚に近い。


「リン君。君は、既に教会と王家派閥から狙われている」


「え?」


「教会は、二つの派閥が君を狙っている」


「二つ?」


「そうだ。君を抑えたいと思っているのは、エリフォス神を祀る派閥と、どこにも所属していないパシリカを取り仕切っている派閥だ」


「ローザス。パシリカを取り仕切っているのは、パーティアック神を祀る派閥ではないのか?」


「そう思うよね。それが、王家の罪につながる」


「え?」


 ローザスが語るのは、罪というにはあまりにも愚かな行為だ。


 パシリカの結果を、王家が秘密裡に収集して、国家運営に役立てようとした。

 それだけを聞けば、いい事のように思える。有益なスキルを持つ者を国家で保護すればいい。力を持つ者に、力を発揮する場所を与えればいい。


 しかし、王家と一部の貴族の考えは違っていた。

 民衆が力を持つのを恐れたのだ。力を持った者を秘密裡に捕らえた。


 存在しない神の名前を語った。


 王家が用意した道筋を、教会は利用した。

 新しく神を作り出した。人神。人が神になった。壮大なストーリーが用意された。そして、王家と結託した一部の教会関係者が力をつけるきっかけになった。


「今の話だと、王家と教会が結託して、パシリカの情報を握っているように思えるのだが?」


「そこは、安心してほしい。一部の聖職者は、いまだに情報を盗んで、売っているようだが・・・。今ではパシリカの内容は本人以外には知らせられなくなっている」


「ん?それなら、どうやって、情報を売っている?」


「スキルの力に頼っている」


 鑑定のスキルとかか?

 隠蔽が使われていると、判別できなくなる程度のスキルならいいけど、強力なスキルだとわかってしまう。


 そうか・・・。

 パシリカを受ける全員をスキルで見張れない。だから、一部の情報だけを売っているのか?


「それで?」


「今の教会は、パシリカを牛耳っている者たちの派閥が大きい。そのために、王家は教会には強く言えない状況になっている」


 感想としては、”まぁ。そうだろう”以上は出てこない。


「王家が、クズの処分ができなかったのは、クズが属しているのが、その派閥なのだな」


「そうだ。他の派閥も黙ってはいなかったが・・・」


「まぁそうだな。貴族にも、教会とつながっているものたちが居たのだろう?」


「そうだ。僕たちは・・・」


「これからの話は、俺が聞いてもしょうがない」


 俺の言葉で、ローザスは黙ってしまった。


「リン=フリークス。これからの話は、おまえに、違うな。おまえたちにも関係している」


 まぁそうだろうな。

 実際に、教会から狙われた女の息子がいる。そこから連れ出した男の息子でもある。義理だが娘もいる。他にも、第三王女も身を寄せている。そして、神殿の力が知られてしまえば、教会は黙っていないだろう。

 普段なら足の引っ張り合いをする派閥関係も、協力して神殿を手に入れようとする可能性が高い。


 既に狙われるだけの下地ができあがっている。

 しかし、それは教会から狙われるだけの話ではない。王家からも狙われる可能性が高い。そして、王家から距離を置いている貴族からも狙われる可能性は高い。

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