第二十五話 住民


 アッシュに案内されて、奴隷商の中を歩く。建物は、大きく、掃除が行き届いている。しばらく、歩くと大きめの扉が付いた部屋に案内された。扉の方に向けて、大きめのソファーが置かれている。ソファーに勧められて腰を降ろすと、横にあるテーブルに飲み物が置かれた。


 セバスチャンは、俺の横に居るようだ。


 アッシュは、俺に少しだけ待って欲しいと言ってから、隣の部屋に移動した。


「セブ。子供たちを知っているのか?」


「はい。何度か、世話をしたことがありますが・・・」


「どうした?」


「この部屋は、もっと大口のそれこそ、2-30名の奴隷を見定める時に使われます」


 周りを見ると、俺が座っているソファーの前には、広い空間がある。

 セバスチャンが言っているように、9名程度の子供には広い場所に思える。それに、9名の子供なら、俺が足を運べば済む話ではないのか?


「セブ。俺が、子供たちが居る場所まで足を運べばいいのではないのか?」


「それは、お辞めいただきたい」


「なぜだ?」


「リン様。旦那様が、奴隷の前に出れば、奴隷たちが旦那様を甘く見ます」


「甘く?」


「はい。奴隷の所まで、足を運ぶのは、身分が下の者で、アッシュ様がお認めになっていない人だと判断されます」


 よくわからない。

 そもそも、俺は平民だ。この国では、辺境に位置する。村の、更に端に住んでいた。身分で言えば、底辺の底辺だぞ?


「セブ。俺は、田舎から出てきた平民だぞ?」


「存じております。しかし、お屋敷をお持ちになって・・・。マガラ渓谷を越えるための」


 セバスチャンが言おうとしていることが解ったから、手で言葉を遮る。

 王国の身分制度で言えば、平民だ。底辺の底辺で間違いはない。しかし、神殿の主・・・。ではないが、管理者で、眷属たちの主だ。


「セブ。ありがとう。自覚を持つよ」


「ありがとうございます」


 セバスチャンが頭を下げたタイミングで、ドアがノックされた。


 アッシュが、使用人?を連れて戻ってきた。


「リン様。準備が出来ました」


「わかった。そうだ。アッシュ。費用だけど、足りるか?」


 神殿で得た、魔石を取り出す。本来なら、換金してからの方がいいのだろうけど、手持ちで価値がありそうなものは、魔石しかない。眷属たちが集めてくれた魔石だけど、死蔵しているよりはいいだろう。


「リン様」


「足りないのなら、まだあるから言ってくれ」


「違います。この大きさの魔石ですと、オークションに・・・。そうですか、いくつもお持ちなのですね」


「あぁ」


「ニノサ殿の血縁なのは、間違いではないようですね」


「そこで、ニノサが出てくるのは不本意だが・・・。まぁいい。ハーコムレイやローザスに借りを作ると、返すのが大変そうだから、魔石で支払いたい」


「わかりました」


 アッシュが、セバスチャンを見る。セバスチャンが何も言ってこないところを見ると、間違っていないのだろう。

 魔石を渡そうとしたが、やんわりと拒否された、購入する奴隷を見てからにして欲しいとのことだ。魔石は、セバスチャンに持っていてもらうことにした。今更、しまうのも面倒だし、支払いの時に取り出すのも面倒だ。


 アッシュが手を叩くと、使用人がドアを開ける。

 最初は、家族か?子供では無かったのか?セバスチャンをみても、納得しているようなので、何も言わないで流れを見極める。


 一緒に入ってきた使用人が、セバスチャンに資料なのか、羊皮紙を手渡す。


 セバスチャンが、俺に資料を手渡す。

 俺には、鑑定があるから必要がない。鑑定で、見えた内容が書かれている。違うのは、奴隷になってしまった理由と値段が資料には書かれていることだ。


「セブ。どう思う?」


「はい。理由に関しては、アッシュ様が調べているので、書かれている内容に間違いはないと思われます。購入額も、妥当だと思います」


「わかった。セブ。渡した魔石5個の範囲で、購入を考えている。セブの判断で、越えそうなら言ってくれ」


「かしこまりました」


「それなら、資料は俺に見せなくていい。問題があるようなら、セブの判断で退室させてくれ」


 俺の言葉に、セバスチャンは深々と頭を下げてから、渡してある魔石をまじまじと見つめてから、アッシュに頷いている。アッシュにも、俺とセバスチャンの会話が聞こえているのだろう。アッシュも、魔石を見てから、首を横に軽く振ってから、セバスチャンに向かって頷いている。


 この家族の購入が決まった。

 奴隷紋は、同じように魔法での契約を行う。


 父親?を鑑定すると、俺の奴隷である証拠が刻まれている。

 元々は、農家だったが、税が納められなくなり、一家離散ではなく、一家で奴隷になる道を選んだ。


「アッシュ。次」


「はい」


 次も家族だ。夫婦か?宿屋をやっていた?

 セバスチャンが下げさせない所を見ると、理由にも問題はないようだ。購入でいいだろう。神殿の中にある宿屋を営んでもらおう。


 奴隷に問題がなくて、資金にも問題がなければ、購入してもいいだろう。人手は必要だ。


 アッシュに奨められて、家族での奴隷を6組ほど見たが、アゾレムやそれに近い領からの奴隷が多い。違うな、全てが、アゾレムとアゾレムに近い領からだ。これは、アゾレムに問題があると言ってもいいのかもしれない。


 4家族が農家。宿屋が1家族。もう1家族は、村の守衛をしていた。


「アッシュ」


「はい」


「家族で奴隷になってしまった者たちの資料を、セバスチャンに渡してくれ」


「かしこまりました」


 使用人が、アッシュに資料の束を渡す。準備をしていたのはいいとしても、数が多くないか?10や20じゃ無いぞ?50家族はありそうだ。俺が言い出さなければ、順番に面談をしていたのか?

 親は、ある程度、諦めの表情をしている。自業自得だとは思わないが、奴隷になるというのを理解している。問題は、子供だ。パシリカ前の子供は、親と一緒に奴隷になっている。目で、親と別れたくないと訴えるのは止めて欲しい。あれは、ずるいと思う。


 セバスチャンが、書類を吟味している。

 数を聞いたら、57家族もいるようだ。この場所に居なくて、系列店や地方の支所に居る奴隷家族も入っているようだ。


 セバスチャンが資料を見ている間に、俺は出された珈琲もどきを飲んでいる。


「旦那様」


 セバスチャンから渡された資料は、53家族分だ。4家族は、下級とはいえ爵位を持っていた家だ。家族ではなく、夫人と娘が奴隷落ちしている。確かに使い道が限られる。


「アッシュ。この爵位を持っていた者たちは、爵位を持たない。俺のような者に買われるのに抵抗はないのか?」


「確認しております」


「そうか、もう一つ重要な事だが・・・」「はい」


「この爵位を持つ者たちは、アゾレムや連なる貴族を恨んでいるのか?」


 資料に目を通して、違和感があった。

 貴族だと言いながら、理由が酷いものが多い。借金とかではない。


「宰相派閥を恨んでいると言ってもいいと思います」


「わかった。セブ。面倒をかけるが、全員を購入しよう。資金は」「大丈夫です」


 全員が女性だ。子供と言われる年齢の女性は、メイド見習いができる。ギルドで受付でもいいだろう。希望を聞いて、判断すればいい。夫人は、下級貴族だけあって手に職ではないが、知識も技能もあるようだ。年長者には、メイド長を頼めそうだ。

 俺の考えをセバスチャンに伝えて、”後はよろしく”で終わるのは嬉しい。


 全部で、63家族。既に、ポルタ村の戸数を越えてしまっている。


 一度、ここで休憩を挟んで、子供や成人している者たちで、問題が無い者たちを面談する。


 パシリカ前の子供は、購入を決めている。

 全部で、9名だ。屋敷に住まわせることにする。


 パシリカ後の者たちも多く存在していた。


 商隊の護衛をしていて、野党に襲われて、奴隷になった者や、貴族に捉えられそうになり自ら奴隷になったエルフ族の姉妹や、貴族からの無茶ぶりを無視し続けた鍛冶屋のドワーフ族。

 この国は大丈夫か?貴族が腐りきっている。


 セバスチャンを見ると、まだ大丈夫なようだ。本当に、大丈夫か?

 手持ちの魔石はないけど、素材ならまだあるから、換金すればいい。ローザスやハーコムレイに借りを作るのは面白くない。でも、アッシュが紹介する奴隷は、奴隷に落ちた理由が貴族がらみの物が多い。本人に瑕疵が無い。アッシュも、奴隷を養っているだけで、赤字になるのに・・・。


「旦那様」


「足りないか?」


「いえ」


 セバスチャンは、俺を見てから、アッシュの方を向いて、質問を始めた。


「アッシュ様。あの者が居ないのですが?」

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