第二十四話 契約


 アッシュ=グローズの話を聞いて、少しだけ考えてみた。

 奴隷と考えるから、ダメなのだろう。


 従業員だと考えれば・・・。働いたことがないけど、なんとなくイメージはできる。眷属たちは、家族という認識だが、奴隷は従業員だと考えれば、棲み分けが可能だ。


「リン様。奴隷の準備が出来ました」


「わかった。場所を移動するのか?」


「順番に連れて来ることも可能ですが?」


「まとまっているのか?」


「職制別にしております」


「わかった。移動しよう」


「ありがとうございます。執事候補だけは、一名ですので、連れてまいります」


「わかった」


 アッシュが、俺に一礼してから部屋を出て行った。

 執事?今、執事と言ったよな?


 ハーコムレイの仕込みか?違うな。多分ローザスの仕込みなのだろう。


 アッシュはすぐに戻ってきた。

 年齢の・・・。そうだ、スキルを使えば、詳細に情報が見える。


「アッシュ。スキルを使っていいか?」


「スキルですか?」


「俺は、鑑定が使える」


「それは、素晴らしい。大丈夫です。攻性のスキルでなければ、大丈夫です」


 アッシュは、男を俺の前まで移動させた。

 男も、俺を観察するような目つきで見ている。そうか、これがアッシュの言っていたことだな。お互いを認めない限り、どちらかが不幸になる。


 鑑定を発動する。


真命:セバスチャン・フォン・ベルティーニ

ジョブ:シーフ

体力:210

魔力:430

腕力:220

敏捷性:240

魅力:70

魔法:黒(2)

スキル:簡易鑑定 鍵開け 暗殺術

ユニークスキル:瞬間記憶


 ん?

 フォン?貴族なのか?ジョブが、シーフ?盗賊系?ステータスが高すぎる。初期のミルを越えている。それだけではない。瞬間記憶なんて、貴族家で必要なスキルだろう?

 もしかして、他のスキルが酷いから奴隷になったのか?


 年齢は、20代だろうか?詳細鑑定をすればわかるだろうけど・・・。それに、”ベルティーニ家”。俺でも知っている。侯爵家だ。なぜ、侯爵家の関係者が奴隷商に居る?俺は騙されているのか?


「セバスチャン。いくつか質問をしていいか?」


「もちろんでございます」


 何を質問しよう?

 質問の仕方がわからない。


「うーん。素直に聞く」


「はい」


「ジョブが、シーフで、スキルに鍵開けや暗殺術があるから、奴隷になってしまったのか?」


「そうとも言えますが、違うとも言えます」


「ん?」


「それは?」


「リン様。”ベルティーニ”という家名はご存じですか?」


 記憶には自信がある。

 ベルティーニ家が複数存在しているは思えないから、侯爵家だ。


「たしか、侯爵家だな?」


「ご存じでしたか?」


「あぁ」


「それでは、陛下の第三夫人は、ご存じですか?」


 第三夫人?

 正妻の一人だったな?確か、現国王は3人の夫人が支えている。はずだ。


「いや、詳しいことは知らない」


「私の姉が、第三夫人です。姉の婚姻が決まった時に、私は自ら奴隷になることにしました」


「え?」


 姉?

 姉と言ったか?そうか・・・。確かに、弟のジョブが、シーフでは、でも政略結婚なら問題にはならない。ローザスに聞けば解るかもしれないけど、俺が聞いていいような話ではない。気になるが、スルーだな。


「リン様」


「ん?」


「リン様は、これから、どうなさりたいのでしょうか?」


「・・・。あっ・・・。アッシュ!」


「はい」


「セバスチャンを買う」


「ありがとうございます。早速、契約をいたしますか?」


「頼む。セバスチャンは、構わないのか?」


「はい」


「スキルでの契約を・・・。俺は望むぞ?」


「構いません」


「アッシュ。頼む」


「わかりました」


 そうだ。

 アロイの方は、ナナが居る。

 しかし、両方とも・・・。貴族家への対応が絶対に必要になる。メロナ側は、上級貴族は、ミヤナック家側に対応を頼めるとしても、下級貴族やミヤナック家と距離を置いている貴族家は、俺が管理することになる屋敷から神殿に入る。


 貴族への対応を任せられる人物が必要になってくる。

 アロイ側とメロナ側の総括を、セバスチャンにやってもらえばいい。そのために、スキルで契約を行う。奴隷紋が刻まれない。鑑定が無ければ、奴隷だと気が付かれることはない。俺なら、鑑定結果を”ごまかせる”可能性がある。


「終わりました。ひとまずは、主の情報を他には漏らさないような契約を追加しました。他は、通常の奴隷契約です」


「わかった。それで十分だ」


 奴隷契約の内容は、すでに聞いている。屋敷とアロイ側の管理を任せるのなら十分だ。

 情報は、積極的には公表しないが、漏れてしまっても困らない。神殿の権能が解っても、実際に制御ができるのは、俺とマヤとロルフだ。それに、それぞれが、抑止できるようになっている。


「リン様。よろしくお願いいたします」


「セバスチャン。いろいろ教えて欲しい。俺は、貴族への接し方や対応が解らない」


「かしこまりました」


 セバスチャンの略称は、セバス?セブ?個人的には、セブの方が呼びやすい。


「セブ。屋敷を管理運営するのに必要な人材を教えてくれ、それと屋敷の規模は・・・」


「資料は、ハーコムレイ様からお預かりしています」


 アッシュを見ると、アッシュが封書を取り出した。俺に渡してきたので、受け取って、封を解除してから、セバスチャンに渡す。


「リン様」「資金は気にしなくてよい」


「そうだ。屋敷とは別に、もう一つ管理をしなければならない場所がある」


「それは?」


「そうだな。セブは、マガラ渓谷を知っているよな?」


「もちろんです」


「あの両端を、『まともに管理・運営する』と考えて欲しい」


「少しばかり、お時間を頂いてもよろしいですか?」


「構わない」


 セバスチャンとアッシュが部屋から出る。予想よりも多くの奴隷が必要になるのか?それとも、別の理由なのか解らない。


 気にしてもしょうがない。

 テーブルの上で冷めてしまった珈琲もどきを飲む。冷えても飲める状態なのは嬉しい。アイスコーヒーだと言われたら、信じてしまいそうだ。もともと、ブラックで飲んでいたからなのか、甘味を感じて飲みやすい。


 アッシュからなのか、メイドが変わりの飲み物とお菓子を持ってきた。

 今度は、紅茶か?


 10分くらいしてから、セバスチャンとアッシュが戻ってきた。


「リン様。いえ、旦那様」


「ん?」


「アッシュ殿と相談しましたが、マガラ渓谷を例に考えますと、警備隊が必要です。警備隊の構築ができるだけの人材が居ません。お屋敷の運営とマガラ渓谷の屯所で、手一杯です。もうしわけございません」


「そうか、警備隊も必要か・・・。それは、また後で考えればいい。まずは、体裁を整えよう」


「かしこまりました。アッシュ殿。先ほどの通りでお願いします」


 席を外していた時に、セバスチャンとアッシュで話をしたのだろう。


「リン様。よろしいですか?」


 アッシュが、書類の束を渡してきた。

 どうやら、今回、俺が雇うことになる奴隷の一覧のようだ。


 多いな。

 それに、若いのが多い?


「セブ。若いのが多いように思えるのだが?」


「はい。主要な役職に関しては、経験者を配置しました。その下で働く者たちは、未経験者でもやる気のある者を優先しました」


「わかった。そのまま進めてくれ」


「ありがとうございます」


「アッシュ」


「はい。この奴隷商には、手足や身体の一部が欠損しているパシリカ前後の子供が居るよな?」「旦那様」


 セバスチャンが何かを言いかけたが、態度で言葉を遮る。


 リストには、確かに子供が載っていた。しかし、それだけで無いのは解っている。ローザスやハーコムレイが居るからなのか、”まとも”な奴隷しか出してきていない。アッシュが、真面目に営業を行っている奴隷商だということの証左だが、だから、他の違法な奴隷商で取り扱われた者たちが確保されているはずだ。


「・・・。はい」


 少しだけ考えてから、アッシュは諦めたような声を出して、俺が言った者たちが居ることを認めた。


「何人だ?大人も居るのか?犯罪奴隷以外だ」


「大人を入れますと、23名です」


「パシリカ前の子供も居るのか?」


「はい」


「何名だ!」


「9名です」


「わかった。俺を連れていけ、確認したい」


 セバスチャンとアッシュは、俺に深々と頭を下げるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る