第十一話 夢


 これは・・・。


 俺の目の前に、破壊された家が・・・。パシリカに行く前の状態で建っている。

 マヤが居る。ニノサも居る。サビニの声が奥からしている。俺を呼んでいる。


 まだ何も知らなかった頃の・・・・。夢だ。


 泡沫うたかた過去

 もう取り戻すことが出来ない。泡のように消え去った過去。未来に繋がるはずだった現実


 ニノサが笑いながら俺を見ている。サビニが作ってくれたご飯を食べる。マヤが、俺を見つめる。


 俺が欲している全てがあると言ってもいい。


 だが、夢だ。俺が知っている現実ではない。

 マヤは殺された。ニノサもサビニも・・・。


「どうしたら・・・」


「リン。どうした?困っているのなら、俺や母さんに話してみろ」


 やめろ!ニノサの顔で、声で、俺に話しかけるな!


「ニノ・・。父さん。お、僕、どうしたら・・・」


「うーん。お前の好きにすればいい」


「え?」


「そうよ。リン。貴方は、私とニノサの子供よ」


「あ・・・」


「そうだ。俺も、サビニも見ている。お前が”やりたい”ことをやればいい」


 俺の”やりたい”こと?


 父さんと母さんと、ゆうと一緒に過ごしたかった。

 マヤとニノサとサビニと一緒に過ごしたかった。


 ”やりたい”ことなんてない。やらなければならないことだらけだ。


---


「マスター!マスター!」


「ん・・・。あっ猫・・・?」


「猫ではない。猫型精霊のロルフです!」


「やっぱり、猫・・・」


「マスター!」


「・・・。ん。あぁ・・・。ロルフ」


「よかった。うなされていまして・・・」


「そうか、ありがとう。なんか、懐かしい夢を見たよ」


「そうなのですか?最初は幸せそうでしたが・・・」


「あぁ最悪な夢だ」


「え?」


「もう取り戻せない、懐かしい、暖かな、優しい夢だ。夢の中に、引きこもってしまいたくなる、儚く、優しく、そして、残酷な夢」


「・・・」


「ロルフ。それで、村に動きは?」


「はい。大人が一箇所に集まっています」


「場所はわかるか?」


「村で一番大きな建物です」


「いつくらいから集まり始めている?」


「昼くらいだと思います」


「わかった」


『マスター。ラット族が面会を求めております』


 アウレイアの後ろに、ねずみの群れが控えている。


「後ろに控えているのが、ラット族なのか?」


『初めて御意を得ます。ラット族の族長です』


 いろいろな種類の”ネズミ”が居る。

 ジャンガリアンハムスターのようなラットも居れば、プレリードックのようなラットも居る。


「種類が違うように思うが?」


『はい。種族はラット族ですが、個体差です』


「個体差?」


『はい。環境で変化します』


「わかった。それで、長の”名”は?」


『我には”名”はありません』


「そうか、族長に”名”を付けたいが受けてくれるか?」


『よろしいのですか?』


「アウレイアも、そのつもりで連れてきたのだろう?」


 アウレイアが頷いているので間違いは無いだろう。それだけではなく、ロルフもその方が良さそうな雰囲気を出している。猫って、ネズミを襲わないのか?


『マスター。猫ではありません。精霊です。猫型精霊です』


 勘がいい猫は嫌いだ。


『ロルフは、どう思う?』


『マスターの御心のままに・・・』


 ラット族の族長が、俺の前に出てくる。

 アウレイアとアイルが一歩下がる。ロルフは、俺の肩から飛び降りて、ラット族の間を取り持つような位置に立つ。


 族長は、頭を下げて、俺からの言葉を待つ。


「我、カンザキリンが名を与える。汝は、リデル」


『我は、リデル。カンザキリン様に絶対の忠誠を捧げます』


 身体から力が抜けるような感覚になるが、今までのような倦怠感は襲ってこない。

 ラット族が小さいからなのか?それとも、個体差なのか?よくわからないが、問題はなさそうだ。リデルは進化に入るようだ。


「マスター。リデルの進化を待ちますか?」


 ロルフが俺に聞いてくる。

 確かに、進化を待ったほうがいいのは間違いないだろうが、もう夕方になっている。村長おじさんたちを待たせるのも悪い。


「動こうと思うが?」


 ロルフとアウレイアとアイルを見る。


『マスター。お待ち下さい。闇が訪れるまで待ったほうが良いと思います』


 アイルの言葉も正しいだろう。

 闇が支配する時間になってから、動いたほうが、動きやすい。


「そうだな。アウレイア。狼たちの配置は?」


『問題はありません。一部、魔狼と交代しております』


「ありがとう。遠吠えを続けさせてくれ」


『はい』


 族長は、丸くなって黄色の靄が身体を包む。今までと違うのは、一緒に来ていた、ラット族まで進化の霧?に包まれる。


「アウレイア。リデルたちを守ってやれ」


『御意』


 アウレイアの後ろに控えていた狼たちが、ラット族を守るように取り囲む。族長は、アウレイアの背中に乗せられる。


『マスター。リデルはお連れください』


「いいのか?」


『はい。ラット族は、我らの森の支配に力を貸してもらいます』


「そうか?」


『森を、リン様の支配領域に致します』


「まかせる。人族以外で住んでいる者で、話が通じる者は殺すな。出来るだけ話し合いで済ませろ」


『はっ。人族は?』


「話しかけて、撤退する者は追うな。それ以外は殺せ。容赦しなくてよい」


『御意』


 アウレイアに指示を出してから、狼たちの遠吠えが村を取り囲んでいる。

 高台に移動する。村の全容は無理だが、村長おじさんの家や周辺はよく見える。中央の篝火も確認できる。


 辺りが暗くなってきて、村民たちは自分の家に戻っていく。

 何も対策が出来ないのだろう。数名が、村の外に行く様子が見えたが、慌てて戻ってくる。どちらの方向も狼や魔狼が居る。戦闘訓練をしていない村人では突破は出来ないだろう。

 俺の家に来た奴らは、武器を探しに来たのかもしれない。


『マスター。リデルの進化が終わりました』


「え?早いな」


『ラット族などの魔力の弱い魔物の進化は4-5段階あり、種族によってはもっと多い場合もあります。そのために、1段階の進化には時間を必要としません。また、経験を詰めば、更に進化します』


 アウレイアの説明を聞いて納得した。

 リデルを見ると、俺に向かって頭を下げる。


『マスター。これから、よろしくお願い致します』


「リデルも、アウレイアも、配下に、”名”を付けなくてもいいのか?」


『大丈夫です』『リデル。という”名”が種族の”名”でもあります。なので、必要はありません』


「そうか・・・。ファミリーネームのような使い方をしているのだな。ロルフ。皆に、同じファミリーネームをつけるのはいいのか?」


『え?』


「例えば、『ロルフ=アルセイド・フリークス』みたいにしたい」


『繋がりがあれば可能です』


「わかった。皆に、ファミリーネームを授ける。お前たちは”フリークス”だ。ヒューマ・フリークス。アウレイア・フリークス。アイル・フリークス。リデル・フリークスだ。群れの者には、フリークスを名乗らせろ」


 皆から同意した意思が伝わってくる。

 この場所にいない。ヒューマからも伝わってきた。心の繋がりがあれば、遠隔地でも問題は無かった。


「マスター」


 ロルフが、俺の肩に乗って声を掛けてくる。


「そうだな。リデルの進化も終わったようだし、行くか!」


『『御意』』


『マスター。我らは、誰も出ないようにし、誰も入ってこられないようにします』


「アウレイア。頼む」


『はっ』


 アウレイアが、頭を下げてから村の入り口に向かう。入り口で指揮を取るのだろう。アウレイアの動きに合わせて、群れが動き出す。


「アイル!俺を攻撃してくる者が居たら、無力化しろ」


『マスター。殺すのではなく、無力化なら、我よりは、リデルが得意です』


「そうなのか?」


『アイルの言っているように、無力化なら、我のスキルが良いでしょう』


「わかった。方法は任せる。殺さなければ、どうでもいい」


『御意』


「アイルは、俺の護衛と、村民たちの威嚇を頼む」


『わかりました』


 アイルは、サイズを二周りほど大きくなる。俺の腰くらいの大きさの狼になる。

 ロルフは、俺の肩からアイルの上に乗り換えた。俺は、武器を装備して、村に向かって、一歩を踏み出す。


 夢の中では、楽しく暮らしていた場所だ。

 誰かが俺から奪った。村長の行動を問い詰めなければならない。


 一歩一歩が重く悲しい。復讐ですらない。ただの八つ当たりだ。

 村長の守るべき未来に、俺とマヤは必要なかったのだ。


 アウレイアたちが、村の中心にある篝火を消した。


「行くぞ!」


 俺は、走り出した。横には、背にロルフとリデルを乗せたアイルが走る。新しくできた家族だ。

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