第三十三話 詰問


 ルナが何かまだ考えている。


 少しだけぬるくなってしまったお茶に口を付ける。

 誰が入れているのか解らないけど、おいしい。


 ミルと一緒に野営している時には、ミルが飲み物を出してくれたけど、お茶はなかった。設備がないししょうがない。神殿に戻ったら、調理器具を含めて整備しよう。


「リン君?」


「なんだ?」


「ローザス殿下との話を聞いた?」


「ローザス?あぁルナが婚約者なのだろう?」


「!!違う。違うからね。婚約者候補。いい。候補!婚約者じゃない!」


 ルナが椅子を倒す勢いで立ち上がって、テーブルに手をついて訂正してくる。

 そんなに強く訂正しなくても、”候補”なのは知っているけど、家柄を考えれば、ルナが第一候補なのは当然なのだろう。ハーコムレイの表情からも、ルナをローザスの婚約者にするのは好ましくはないが、”しょうがない”という表情だった。


「わかった。わかった。家柄を考えれば、しょうがないよな?」


「それは・・・。でも・・・。あっ!そうだ。私は、神殿に行くから、殿下の婚約者レースから脱落。で、いいと思わない?」


 ”いいと思わない?”と聞かれても、俺は平民で、王侯貴族の考えを聞かれても困る。

 それに、貴族と王族との結婚は、そんな簡単に”脱落”にはならないだろう?ハーコムレイは、喜んで”婚約者候補”から外すように動くだろうけど、ミヤナック家が望まない限り、”破棄?”にはならないだろう。

 それに、ミヤナック家は辺境伯だ。上には、侯爵と公爵だけで、公爵と王族との婚姻は認められていなかったはずだ。そうなると、辺境伯の上は侯爵だけだ。話を聞いた限りでは侯爵家は、既に婚姻しているか、婚約者が決まっている者だけで、ローザスに釣り合う年齢では、ルナが筆頭だと聞いている。

 ハーコムレイが嫌な表情で説明してくれたから、間違いはないだろう。


「俺に聞かれても困る。それは、是非、ハーコムレイを巻き込んで、ミヤナック家で話してくれ、ルナが神殿に来てくれたら助かるけど、強制するようなことでもない」


「え・・・。そうね。わかった。リン君は、私が神殿にいると助かるの?」


 立ち上がっていたルナが、椅子の位置を直して座った。

 表情はどこか嬉しそうだ。


「ん?そうだな。タシアナとかイリメリとかフェムとかいるけど、まとめ役が必要だろう?」


「え?まとめ役?」


 そんなに不思議か?

 女子の団結を守っているのは、ルナだろう?

 カルーネやフレットやアルマールは、異世界で競い合っている状況を”別世界の出来事”だと考えて、なんとかしようとしている。俺は、白い部屋のやり取りや、この世界に伝わる”神々”の話から、異世界で、スキルがある世界だけど、住んでいる人たちは地球と同じだ。ゲームや別世界ではない。生活を行って、仕事をして食事をして家族を守る。だから、別だと考えると、しっぺ返しが来ると思っている。


「ルナが皆をまとめてくれるのだろう?」


 イリメリは、クラスをまとめようとしていたけど、出来ていなかった。

 ルナは仲間をまとめている印象があった。フェムは、引っ張っていくけど、統率は無理だ。


 異世界に来てからの話をまとめると、まとめ役は”ルアリーナ”なのだろう。


「え・・・。うん」


 何か、不服か?

 さっきの嬉しそうな表情から、少しだけ表情が曇った。


 ドアがノックされた。


 ルナが答えて、ドアを開けた。

 ハーコムレイがナッセと一緒に部屋に入ってきた。


 ハーコムレイが、ルナの隣に座って、ナッセは誕生日席?に座る。


 どうやら、アデレード殿下を神殿に連れて行く話の関係で、ナッセが俺に聞きたいお願い事があるようだ。


「リン君。ハーコムレイ殿から、大筋の話は聞いた。あと、神殿の話は、タシアナがミトナル嬢から聞いて、私に教えてくれた」


「まずは意識や情報の合わせをしたいという事ですか?」


「頼めるか?」


「はい。当然の事だと思っています」


 ナッセが聞いている話を聞いて、合っているのか、間違っているのなら訂正を加えた。


「そうか、リン君も、まだ完全に神殿の権能を、把握が出来ている状況ではないのだな」


「はい。最低限の機能の把握ができる状況だと考えています」


 ナッセの言葉に、正直に答える。

 隠してもメリットはない。嘘を織り交ぜる事で、デメリットが発生する。それなら、信頼が勝ち取れるのか解らないが、デメリットになるような事は避けた方がいい。


「ミヤナック家としては?」


「ミヤナック家は動きません。私が動いているのも、ローザスに依頼された、アデレード殿下の避難先を探しているだけです。ルナが・・・。ルアリーナが居るのは、何をどう間違えたのか偶然です」


「偶然で済みますか?」


「”偶然”で押し通します。その為に、アデレード殿下が、神殿に向かうのは、ミヤナック家としては、丁度よいと判断しました」


 ハーコムレイとナッセの話を聞いていると、貴族家の面倒なやり取りが伺える。

 ナッセも、この辺りの話が理解できるのか?ギルドとしても、貴族の相手は避けられない。ナッセが居るのなら、大丈夫だな。


 今の話が意味するのは・・・。

 そうか、ミヤナック家として神殿に協力はできない。しかし、ギルドには協力ができる。設立時に協力している。それだけではなく、ルナが関係しているのは、ミヤナック家が深く関わっていると知らしめる為だ。そのうえで、神殿に向かうのだ。何か、考えがあると、敵対勢力に知らしめるのだろう。実際に、神殿とギルドが結託して、ミヤナック家が敵対している組織に矛を向けるとは限らない。

 しかし、事情を知らない者から見たら、ギルドと神殿はミヤナック家、延いてはローザス陣営だと判断される。


「アデレード殿下の為ですか?」


「それは、判断が出来ません。しかし、ローザスからは・・・」


 ハーコムレイが、俺を意味深な視線で見つめる。

 ルナが、そんなハーコムレイを睨んでいる。


 俺が何か関係しているのか?

 俺はアデレード殿下なんて知らないぞ?


「ミヤナック家の考えは解りました。リン君」


「はい」


「アデレード殿下の受け入れは、神殿として行いますか?」


「俺としては、ギルドで受け入れて貰って、神殿は間接的に協力する形にしたいと思います。正直、安全には配慮しますが、絶対に安全だと言い切るには、準備が足りません。アデレード殿下の意見も解らないので、監禁生活を提供するわけには行かないので・・・」


 安全を確保するのは、簡単だ。

 神殿に新しいフロアを作って、そこに監禁してしまえばいい。

 それから誰も入らなければ、身体の安全は補償できるが、心の安全は補償できない。


「そうですか・・・。ギルドが関わるのは、貴族や商人に対する言い訳としては、必要な事でしょう。そこで、リン君にお願いがあります。例えば、ミトナル嬢が連れていた、ミア嬢が連れている”レオ”のような者を、アデレード殿下に付けることはできますか?」


「可能です。相性の問題もあると思いますが、レオと同種か、カーバンクルか、フェンリル種なら、可能性はあります。あと、神殿に帰れば、種族が増えている可能性もあるので、今は、正確なことは言えません」


「わかりました」


 ナッセの提案だけど、確かにアデレードに眷属を付けるのは、いい考えだ。

 スコル種なら、アデレード殿下を乗せて逃げることもできる。カーバンクル種なら、幻惑で相手を惑わすことや、癒しのスキルで守ることができる。


 ん?


「リン君?私には?殿下ばかり、ずるくない?」


「え?ルアリーナ嬢のスキルなら・・・」


「そうだけど、それは、それ、これは、これ。レオ君。モフモフで羨ましい。私にも眷属を付けて!」


「わかった。でも、神殿に行ってからだぞ?それに、相性があるから、必ず眷属にできるとは限らないからな。ミアの様に、一緒にいるだけでいいのなら、俺から命令すれば、従ってくれるだろうけど・・・。それでも、相性が悪ければ、不幸になるからダメだぞ」


「うん!解っている。お願いね。多分、イリメリもタシアナもサリーカもフェムも同じだと思うからお願いね」


 面倒だけど、確かにギルドのメンバーだけじゃなくて、タシアナの妹や弟が神殿に来るのなら、眷属に護衛をさせるのは”有り”だな。安全だけではなく、異分子が入るこむ余地を減らす事ができる。


 ブロッホと相談してみるか?

 メロナの屋敷を守る眷属を探してみるのもいいかもしれないな。もちろん、アロイ側の集落の護衛も考える必要がある。人での護衛は、別で考えるとして、本命の護衛は眷属で行えばいいか?

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