第六話 猫人族


 力の波動?を抑える話になっていたが、元々は、ブロッホに洞窟の奥に潜んでいる獣人との接触を頼むためだ。


「ブロッホ」


「はい」


「洞窟の中に居る獣人は、無事なのか?」


「無事か・・・。解りませんが、こちらを警戒しています」


「わかった。俺とミルは少しだけ離れた方がいいか?アイルが居れば、大丈夫だろう?」


「はい。旦那様たちは、入口から離れた場所でお待ちください」


「ミル。少しだけ離れるよ」


「うん」


 ミルが、俺の腕を取る。

 洞窟から直接見えない位置まで下がる。丁度いい場所に、露出している岩があったので、腰を降ろす。


 ミルも、俺の横に座る。


「リン」


 ミルが腕を絡めて来る。覗き込むように見て来る、ミルの頭を撫でながら、ミルを見つめる。マヤを、ミルを・・・。”失いたくない”と、思ってから、ミルをまっすぐに見ていると恥ずかしく思えることがある。


「ん?」


 ミルは、まっすぐに俺を見る。その瞳には、俺しか映っていない。


「リンのステータスはどうなっていたの?」


 俺のステータス?ミルは、鑑定が使えたはずだよな?それも、他の奴らと違って、触っていなくても大丈夫だったはずだ。


「ミルも鑑定があるよね?見なかったの?」


 ミルの鑑定は、相手に知られないで鑑定ができる。他の者が持っている鑑定とは違う。そんな違いが出た理由は解らない。もしかしたら、マヤと一つになったことが影響しているのか?

 判断は難しいが、眷属の中にも鑑定のスキルが芽生えた者がいるが、非接触で鑑定を行える者でも、攻撃と同じように対象者に知られてしまう。


「・・・。見えなかった」


 見えない?

 鑑定を使っても?


「え?見えなかった?今は?」


 ミルが見えないのには理由があるはずだ。

 それが解れば、今後の戦いで有利になる。


「今は、見える。けど、偽装された数字だよね?あっ魅力だけは、前と同じで数字の一部だけが見える」


 今・・・。ステータスを偽装したら見えるようになったのか?


「そう・・・。魅力は、偽装が不可能だった。他の数値は、概ね1/100くらいかな?」


 鑑定で見られる数値には限界があると考えるのが妥当か?

 時間があるときに、どこで見られなくなるのか、偽装を連続で行ってみるか?


「え?100倍?」


 驚くようなことか?

 ステータスの数値だけが大きくても戦闘では何も役立たないのは模擬戦で解っている。


「数値だけ大きくても使いこなせていないから意味がないのだろうけど・・・」


 ミルのステータスだって、かなり上昇している。

 当初の10倍にはなっている。マヤが底上げしているとは思えない。俺のように、眷属から、ギフトを貰った・・・。わけではない。純然たる努力の結果だ。ステータスと技量レベルが揃っているのだろう。


「うーん。そうだね。ぼくも、ブロッホは当然として、ヒューマにも勝てないからな」


 え?


「模擬戦?」


「うん。身体に馴染むように、戦うのが一番」


「そうか・・・。ミル」


 せっかくだから、ミルに聞いておきたいことがある。

 ミルとマヤが眠っている間の判定だ。俺たちは、死亡すると”白い部屋”で待機になる。はずだ。ミルが死んで生き返ったのなら、白い部屋に行ったはずだ。その後に戻ってきたとなると、なにかルールが別に存在していることになる。


「何?」


「白い部屋には?」


「そういえば、呼ばれなかった。だから、ぼくは、死んでいないと思う」


「そうか・・・」


「ありがとう。でも、気にしなくていいよ」


「だけど」


「それなら、リンが勝ち上がったら・・・。ううん。今は、一緒に居られるだけで十分」


 ミルが何かを言っているが。こんなに側にいるのに、聞こえなかった。

 風が二人の間を駆け抜けたかのように、言葉がかき消された。


「ミル?」


 ミルにもう一度と奇行かと思っていたら、ミルが立ち上がった。


「あっ!」


 ミルが声を上げたのと同時に、俺の視界にも洞窟から出て来るブロッホと数名の獣人族が見える。


「・・・。可愛い」


 ブロッホが俺の前で跪く。続いていた、獣人族も俺に頭を下げる。


「ブロッホ。状況を説明してくれ」


「はい」


 ブロッホの説明では、獣人族は、”猫人族”で構成されていて、一部”人族”とのハーフも居る。俺の前で、頭を下げているのが、この洞窟に逃げ込んだ者たちの長をしている。


 どうやら、森の中で生活をしていた猫人族を人族が襲ってきたらしい。

 それで生き残った者たちが、逃げてこの洞窟に身を寄せていた。


 ミルも落ち着いたのか、座りなおしているが、一緒についてきた小さな猫人族に目線が釘付けだ。確かに可愛いのは認める。猫耳としっぽだけがついている。どうやらハーフと人族の間に産まれた子供で、群れの中でも異質な存在らしい。スコティッシュフォールドの耳がついている。ミルの目線を感じているのか、耳がピクピク動く。まだ緊張しているのか、尻尾が垂れて股の間に挟まっている。顔は、人族と何にも変わらない。

 ”長”の見た目は、20代の半ばだ。猫目に髭と耳がある。猫人だと見た目で解る。俺たちが想像する”猫人”そのものだ。


「わかった。それで、ブロッホ。後ろにいる者たちが、”長”なのか?」


「はい」


 ブロッホの斜め後ろで控えていた猫人族の”長”と紹介された者が一歩前に歩み出る。


「魔物を統べる者よ。我らを受け入れていただけないでしょうか?」


「ん?先に、貴殿の名前を」「旦那様。この者たちは、固有名を持たないようです」


「え?本当?」


 ミルもびっくりしている。

 ブロッホの言葉に、”長”も頷いている。


「なぁブロッホ。”名”を持たないから・・・」「はい。我らと同類だと思われてしまっています」


 そうだよな。

 ”名”を持つのが最初だな。


「よし」


 長に困惑の色が浮かぶ。


「?」


「ブロッホ。彼らの対応次第だが、マヤやロルフへの説明は頼んでいいか?」


「お任せください。アウレイアたちを使って、各地に散らばった、獣人族を探し出そうと思います」


「わかった。頼む」


 ブロッホが、立ち上がって、アイルに話しかける。

 長は、俺との間に居たブロッホが居なくなってしまって、どうしていいのか解らない状況だ。


「さて、猫人族の長。貴殿たちには、二つの選択肢を用意できる」


「選択肢でございますか?」


「そうだ。一つは、ブロッホから提案があったと思うのだが、俺たちが管理、把握している。マガラ神殿に移動して、俺たちを手伝う。もう一つは、このまま洞窟で生活する。その時には、ブロッホたちに言って食料や治療薬を届けさせよう。多少の対価は頂きたい」


 長の状態を見れば、食だけでは足りないだろう。着るものも必要になってくるだろうが、まずは治療薬が必要だ。襲われた時に、戦ったのだろう。傷がある。控えている者も、満身創痍とは言わないが、無傷の者は居ない。

 洞窟から出てこられた者がこれなら、動けない者が居ても不思議ではない。


「え?」


「それから、俺のことは、”リン”と呼んで欲しい」


「・・・。リン様。お伺いしたいことがあります」


 ”様”は外してほしいけど、無理なのだろう。


「なに?」


「神殿での手伝いとは?」


 聞かれると思っていたが、まだ具体的には何も決めていない。

 神殿もマガラ渓谷を越える方法の一つとして提供する予定だけど、正式にはまだ何も決まっていない。王都に言って、ギルドのメンバーやローザスやハーコムレイたちと協議をしなければならない。


「うーん。いろいろだね。その辺りは、マガラ神殿に居る俺の仲間に聞いてほしい。聞いてから、嫌なら出ていくのは自由だ」


 手伝ってくれたら嬉しいけど、無理して留まって欲しいとは思っていない。


「よろしいのですか?」


「いやいや手伝いをしてもらっても、お互いに不幸になるだけだ」


「少しだけ、皆と相談したいのですが?」


「それは、構わないが、俺とミルは王都に向かう。ブロッホ。彼らを頼めるか?」


「かしこまりました」


「リン様。一つ、お願いがあります」


「ん?」

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