第八話 通行証


「リン=フリークス」


 リカールが、背筋を伸ばして、俺を真正面から見ながら、名前を呼んだ。


 見ていた書類から目を離して、リカールを見つめ返す。


「なんでしょうか?」


「サリーカの言葉を信じて、ここまで来た。まずは・・・」


 リカールの言葉を遮る形になるが、手を上げた。リカールも、俺の意図が解るのだろう。言葉を切って、俺を見て来る。


「わかりました。神殿に行きましょう」


 安堵の表情を浮かべる。

 何があるのか解らないが、商隊の中での駆け引きがあるのだろう。


「助かる。父が・・・。商隊長が煩くて・・・」


 父?サリーカからは、父親の話は聞いたことがない。


「煩い?」


 意味が解らない。

 ”煩い”に繋がる情報は、俺は知らされていない。別に、全部を教えろとは言わないが、情報の小出しだけは辞めて欲しい。


「あぁあの人は、俺の件には絡んでいない。だから、神殿で店舗が持てる可能性が嬉しいだけだ」


 店舗を持つ?

 前に、商隊や行商人は、小さくても店舗が持つ事が目的だと教えられた。


 でも、セトラス商隊くらいの規模なら、簡単に店舗が持てるのでは?

 もしかして、何か条件があるのか?


 店舗だけではなく、従業員の確保やそのために必要になる資金は規模が大きくなるほど、膨大になるのはわかるが・・・。


「え?セトラス商隊なら、王都でも店舗が持てるのでは?」


 疑問は、セトラス商隊の規模や繋がりを使えば、ミヤナック領ではもちろん、王都でも店舗を持つことは可能だろう。


「あぁ・・・。それは、俺の責任だな」


 説明が抜けていたのだろう。

 状況は理解ができないが、なんとなく”神殿”に”何”を求めているのか理解ができた。


 サリーカに、神殿の簡単な説明をした。

 その中で、神殿の”街”を求めたのだろう。俺が、サリーカに”商店”を作って欲しいと話をした。


「あっ!」


 セトラス商隊として、店舗を持つのは難しくないのだろう。軌道に乗るまでの蓄えが微妙なのだろう。セトラス商隊だけが、金主ではないのだろうが、派閥を維持するためには、資金が必要になる。その資金の出元の一つが、セトラス商隊・・・。リカールが工面していたのだろう。


「そうだ。父には悪いが・・・」


 商隊長である父親にどんな話をしていないのか解らないが、店舗を持つだけの資金の余裕はある。しかし、運営を行い、店舗が軌道に乗るまで維持するのが難しい状況なのだろう。


「わかった。それから、俺は、各地にある孤児院をサポートしようと思っている。セトラス商に手伝って欲しいと思っているが、頼めるか?」


 商隊ではなく、商会にお願いをする。


「っ!詳細は、後で聞きますよ?」


 この意味が解るのだろう。

 ”にやり”とだけ口ものを緩ませただけで、表情を戻す。


 差し出された手を俺が握った。


「もちろん」


 詳細は、神殿に入ってから決めればいい。今は、まだ仲間になるという話だけで十分だ。


 リカールが納得した所で、サリーカを呼び戻した。

 もちろん、テーブルの上に置かれていた物は、リカールがしっかりと隠した。サリーカには教えていないようだ。


 サリーカが戻ってきて、簡単にリカールが説明をしている。

 天幕を出ると、すぐにでも移動の開始ができるように準備を始めている。俺とリカールの話し合いが、どちらに転ぶにしろ、移動が行われるのは決まっている。準備を始めているのは当然だろう。


「リン君!」


「タシアナ?どうした?」


「どうしたじゃないよ!」


 何か怒っているようだ?

 面倒だから、謝っておくか?


「ん?すまん」


「・・・。え?」


「ん?」


 何か、間違えたのか?


「タシアナ。それじゃ解らないよ」


 後ろから、歩いて来ていたフェナサリムがフォローしてくれたが、俺には何も情報がない。手元に出せる手札もない。


「フェム?」


「リン君。リン君が、セトラス商隊に向ったと聞いて、神殿には向かえないのかと思って」


「え?なんで?」


 フェナサリムとタシアナが交互に言い争うように説明をしてくれた。


 二人の話を聞くと、俺が神殿から戻って、屋敷に戻った。そのあとで、商隊に向った。説明が無かったので、なんとなく、皆がそわそわしていた。特に、安全の確保ができると考えていたタシアナは、神殿にすぐにでも向かいたいと考えていた。


 しかし、俺とセトラス商隊の話し合いが終わる前から、セトラス商隊が移動の準備を始めた。

 それも、商隊長からの指示ではなく、サリーカの兄からの指示だと言われている。そこで、サリーカを問い詰めるように話を聞いたら、俺とリカールが話し込んでいると教えられて、サリーカも会議から追い出されたと説明された。

 そこで、二人は屋敷に戻って、セバスチャンに説明を求めたが、セバスチャンは”俺”からの許可がなければ話せないというだけで、何も教えてくれなかった。

 戻ってきたが、今度はサリーカが呼ばれた。


 これで、神殿には行けないと考えた。

 飛躍した考えだが、二人はこれが答えだと思ってしまって、天幕から出てきた俺に詰め寄った。


 二人に誤解だと話をして、神殿に向かうことを説明した。


「今から?」


「皆の準備が終わったら、案内する」


「わかった!」


 タシアナが、フェナサリムを残して、走り出した。

 ナッセ・ブラウンへの説明は、タシアナに任せて大丈夫だろう。


「そうだ。フェム。殿下も連れて行けばいいよな?」


「そうね。一度、リン君が貰った、屋敷に滞在したことにする必要はあると思う」


「そうか?ルナとイリメリが対応してくれるだろう?」


「どうかしら?イリメリは、リン君がお願いしたら対応してくれるとは思うけど、ルナは多分・・・」


「多分?」


「”神殿に着いて行く”ことになると思うわよ?」


「そうか?ミヤナック家として、それでいいのか?」


「ダメだけど、大丈夫だと思うわよ」


「わかった。フェム。任せた。準備が出来たら、屋敷に集まってくれ」


「はいはい」


 手を振るように、移動を始めたフェナサリムを見送って、俺も、神殿への入口がある屋敷に向った。

 まだ誰も来ていないが、セバスチャンが俺に気が付いて、屋敷から出てきた。


「セブ。殿下は、屋敷に滞在してもらおうと思う」


「かしこまりました。準備は出来ています」


 セバスチャンから紙を渡された。


 紙には、セトラス商隊にスパイが紛れ込んでいるということだ。大所帯だ。スパイの1ダースくらい居ても不思議ではない。

 殿下の身代わりになる者の準備が終わっていると書かれていた。どうやら、殿下に屋敷で休んでもらうのは正しかったようだ。ここから、殿下をミヤナック領に逃がす。詳細は、俺は聞かないことにした。セバスチャンからの紙にも、俺や他のメンバーは、殿下の移動の詳細は知らないほうがいいだろうと書かれていた。

 殿下とルアリーナだけが説明を受けることにしたようだ。


 俺が、紙面を読み込んでいると、皆が集まってきた。

 殿下は、何も言わずに、ルアリーナと屋敷に入っていく、最初はイリメリも付き合うかと思ったが、セバスチャンが大きめの声で、貴族以外が世話係と雖も一緒に入るのはダメだと断った。

 イリメリは、俺を見つめてきたので、頷いておいた。それだけで、イリメリは納得してくれた。


 皆に、神殿の説明をしていると、セバスチャンが俺を呼んだ。

 神殿に従者を連れて行って欲しいという要望だ。


 説明を終えて、神殿のゲートを潜るときに、ロルフから提案が届いた。

 どうやら、セバスチャンがミトナルに相談をして、ロルフが解決策を作って、俺に連絡をしてきたようだ。


 神殿の向かう時に、魔力の登録を行うという事だ。

 後々ギルドカードにも運用ができるような通行証になる。別人が使おうとしたら、隔離されている神殿の区画に転送される。


 カードの仕組みは後で追加ができるようなので、今のところは神殿への通行証に使うことにした。


 やっと準備ができた。

 俺に付いてくるという従者の二人も揃った。


 改めて、神殿の入口の説明を行った。

 説明は、セバスチャンが行う。


 今から入る入口は、設備が整ったら貴族向けの入口になるということ、商隊や貴族以外の入口は、森に入って場所にある。俺が神殿を見つけた場所からになると説明を行う。時間的な事や、説明に矛盾もあるが、もう押し通すことにする。


 説明が終わって、簡易的に作った建物の扉を開ける。

 皆には、カードを配って、魔力を登録してもらった。魔力の登録ができない者には、1滴の血液を垂らしてもらった。


 そして・・・。


「さて、誰から入る?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る