第三十話 提案


 馬車に乗り込むと、ローザスとハーコムレイが座っている。

 雰囲気は、悪くない。


 セバスチャンも乗り込んでくるかと思ったが、俺が馬車に乗り込むのを見送るような状態で、頭を下げている。セバスチャンには屋敷で働く者の統括をお願いしている。人員に関しても、まだまだ足りないのだろう。

 そうか、屋敷で働く者たちの給金や生活の補償をしなければならないのだよな。考えると、金がない。


「リン君」


「なんでしょうか?殿下」


「固いよ。ローザスと呼んでよ」


「わかりました。アルフレッド=ローザス・フォン・トリーア第一皇子様。私の様な、庶民には、この中は居心地が悪いので、帰っていいですか?」


「リン=フリークス。アルフレッドは、最初は、居ないものとして無視していい。俺から、提案とお願いがある」


 提案とお願い?

 それに、”最初は”ということは、後でローザスから話があるのだな。面倒な話でないことを祈ろう。


「わかりました」


 ハーコムレイの方を向いて、ローザスを視界から外す。


「まずは、マガラ渓谷を、現在のアゾレムが管理している屯所を使わないで抜けられるとする。後で、確認はさせてもらいたいが、今は通過が可能だと仮定する」


「わかりました。お話の前に、いくつかお聞きしたいのですが?よろしいでしょうか?」


「なんだ?」


 問題はないようだ。


「マガラ渓谷の先は、王国が以前の戦争で奪ったとお聞きしましたが、正しいのでしょうか?」


「正しい」


「マガラ渓谷以西は、王国の領地となったのですが、当時伯爵だった宰相が、派閥の貴族に与えたと聞きましたが?」


 現在の宰相ではないはずだ。

 何代か前の宰相だろう。


「っち、それも正しい。王都に居た法衣貴族が領地を得た形になった」


「まず、最初の疑問が、なぜ法衣貴族が領地を得たのでしょう?戦争で活躍した者たちに分け与えるのが筋なのでは?」


 ハーコムレイは、少しだけ躊躇した雰囲気を出したが、ローザスが頷くのを見て話を始めた。


 要約すると、王家が騙された形だ。

 宰相派閥の者たちが資金を出したから、新しい領地は金を出した貴族の者だと言い張った。王家もそれを承認してしまった。


 それなら・・・。


「状況は、理解できました。それならば、貴族家がマガラ渓谷を越える必要性はないですよね?宰相派閥の者だけだと思うのですが?」


「そうだ。それで、リン=フリークスに提案がある」


「え?」


「たしかに、宰相派閥以外では、マガラ渓谷を越える必要性は皆無だ。しかし、貴族家が抱える商隊は別だ」


 そうか、商隊が居たな。

 でも、アゾレム領を抜けて、取引をしたとしても・・・。


「その顔は、取引の内容までは把握が出来ていないのだな」


 素直に頷いておく。

 それにしても、馬車はどこに向かっている?

 動いているけど、目的地はどこだ?


「大陸の形は知っているのか?」


 以前に、サビナーニに教えてもらった。それだけではなく、マガラ神殿が起動した後で、大陸だけではなく、この世界の全体像を模した模型が表示された。この世界には、俺たちの大陸以外では、真裏に位置する大陸以外は小さな島で成り立っている。正確な大きさは、解らないが、最大は俺たちがいる大陸だ。真裏の大陸は、魔物たちの楽園だとロルフが説明してくれた。

 俺たちが住む大陸には、大きな湖があり、湖を取り囲むように大地があり、国が乱立している。湖の中央に、島があると言われているが、島を確認できた者は居ない(模型では、島が表現されている)。ドーナッツ状になっている大陸の一部を切り裂いているのが、マガラ渓谷だ。渓谷の深さは不明。幅は、大陸を横断するほどだ。ドーナッツ状の大陸でも、ドーナッツ部分は広い。300キロは余裕である。トリーア王国は、大きな国だが、最大ではない。最大は、湖の反対側に存在する。南方連合国サウスワード・コンドミニアムだ。大陸の半分を支配している。いくつかの国が集まって合議制で国家運営を行っている。


「もちろん」


「それなら、国境の街シャルムは知っているな?」


 辺境の村と言われていた、俺たちが住んでいた村から、西側に進むと、国境の街シャルムと呼ばれる、場所がある。

 街と言っているが、城塞都市だ。イスラ大森林で覆われた場所だが、湖側に通過できる道が作られている。その場所に作られた都市で、トリーア王国とマカ王国の国境になっている。


「マカ王国との国境だよな?」


「そう・・・。イスラ大森林が間にある。マカ王国とは、国境の街シャルムだけで繋がっている」


「・・・」


「もともとは、アゾレムやマガラ渓谷以西は、マカ王国の領土なのは知っているよね?」


「あぁ」


「現状では、マカ王国とは一定の距離での付き合いが可能になっている」


「ん?あぁそういうことか・・・。塩や香辛料か?」


「そうだ。そのために、商隊がマガラ渓谷を越えなければならない。実質、アゾレムに一回の通過で、金貨1枚程度は持っていかれる」


 金貨一枚?

 100万?渡るだけでか?


「はぁ?」


「少ないときで・・・だ。多い時には、積み荷の半分程度。金貨4-5枚を要求されることもある」


「・・・。そりゃぁ・・・」


「そこで、君のマガラ神殿を経由するルートでは、通行料を銀貨50枚程度に抑えて欲しい」


「ん?ちょっと待って欲しい」


「なんだ?」


「それが提案なのか?」


「そうだ」


 悪い話ではない。

 銀貨50枚。どの程度の通行があるか解らないが・・・。ん?


「ハーコムレイ殿。通行料は、もう少し抑えてもいい」


「50枚でも、破格だぞ?」


「荷物の重さで、マガラ神殿に入る場所。メルナの屋敷とアロイ近くの門で、計測する」


「重さか?」


「そうだな。最大銀貨30枚。それ以上は、取らない。まぁ年に1回か2回程度の改訂は認めて欲しい。重さは、1ケグキログラムで銅貨1枚。入口で計測して、出口で支払う形にしたい。実際の運営は、動かしてみてから決定でいいよな?」


「こちらとしては、助かるがいいのか?」


「大丈夫だ」


「わかった。ひとまず、リン=フリークの案に従う」


 荷物の重さは、入口で計測する。

 別に、呼び込むための方便だから、金額はそれほど問題ではない。ギルド員なら無料でもいいと思っている。


「それから、これは、ルナからのお願いなのだが、ギルド員は格安で通るような仕組みが作れないか?と、いうことだ」


「え?俺としては、ギルド員なら無料でいいと思っている。仕組みは、ルアリーナ嬢やギルドのメンバーと考えます」


「あまり、安くして欲しくないのだが・・・」


 宰相派閥の人間が使うことを懸念しているのか?

 別に使われてもいいと思うのだけど・・・?まぁ神殿の中で、悪さされても面白くはないけど、神殿の中なら捕縛は簡単だ。それに、隠れて居られる場所はない。場所の把握は、神殿の機能で行える。

 今、説明することではないので、説明はしないが、俺が困ることはない。


「わかった。少しだけ考えさせてほしい。ギルドとの調整も必要になりそうだ。それから、商隊は、ミヤナック家か王家は面倒だな・・・。ミヤナック家と、教会筋はコンラート家か?・・・。許可証が無ければ、通過できない様にしたい。大丈夫か?」


「こちらとしても、王家を外して、ミヤナック家とコンラート家のどちらかの許可制にしてくれた方が助かる」


 やはり、ローザスをチラッと見ているが、王家となると宰相だけではなく、軍部も絡んできそうだ。こちらの事情を考えない者が多く居るのだろう。王家に喰い込んでいる者も居るのだろう。


 あとは、認証の方法を考えればいいのだな。

 日本なら簡単だけど、何か認証の方法を考えなければならない。


 神殿の力で何かできないか検証が必要になりそうだ。


 ハーコムレイの話は終わったが、目的地にはついていない。

 そもそも、目的地が無いのだろう。先ほどから同じ場所を回っている印象がある。既に、同じ店の前を通るのが3回目だ。確かに、動いている馬車だ。中の会話を盗み聞くのは難しいだろう。


 ローザスを見ると、ハーコムレイを見ている。ハーコムレイが、嫌そうな表情をしてから頷いた。


「リン君。君に、僕からお願いがある。そのお願いを聞いてくれたら、君にアロイ近くの森の全てと、国境の街シャルムまでの空白地帯。および、メルナ森林。イスラ森林の全てを提供しよう。これは、陛下の承認は貰っている。僕が王位に付くまでは、リン君に貸し与えるという契約だけどね。あれ、他にも森林はあったけど・・・。まぁ契約の時に確認すればいい」


「はぁ?」


 ハーコムレイは、苦虫を噛みつぶしたような表情を見せるだけで、何も言ってこないのは、本当に陛下からの承認があるのだろう。

 面倒なことになりそうだ。

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