第四章 マガラ神殿

幕間 ミトナル=アカマース・マノーラ


 ミルは焦っていた。

 自分がついていけば・・・。何かができたかもしれない、リンとマヤが無事で居てくれる事だけを祈って、覚えたばかりの身体強化を使って、走り続けていた。


 メロナに到着したのは、リンとマヤがマガラ渓谷に入ってから半日近くが経過した頃だった。


 ミルは、商人を捕まえて詰問するが、リンとミルの姿を見たものは居なかった。


 それもそのはず、村長がアゾレムから付けられた護衛兼監視が認識阻害の魔道具と魅了の魔道具を使っていたのだ。

 リンとマヤとサラナとウーレンと村長を囲うように認識阻害を発動していた。魅了は、それほど強い物ではなく、思考低下や思考誘導が少しだけできる程度で、”いい方向”に解釈する程度の物だ。何か強い衝撃を受けたときには解除される程度の物だが、始末する寸前までおかしな気にならないようにするために使っていた程度のものだ。

 実際に、サラナが切られた事で、リンとマヤとウーレンの魅了は解除されてしまっていた。

 マガラ渓谷に入ってから認識阻害を使っていたために目撃者だけではなく、商隊の中にいても認識が阻害されるので見られない状況を作り出す事ができる。声の遮断はできないので、悲鳴は聞かれてしまうのだが、村長と護衛は魔物に襲われて、リンとマヤとサラナとウーレンが渓谷に落ちたと口裏を合わせる事にしていたのだ。


 ミルは、マガラ渓谷を越える商隊を見つけて、一緒に連れて行ってもらう事にした。


 今のミルならマガラ渓谷の表層部に出るような魔物に遅れをとる事は無いのだが、成人したばかりで後ろ盾になってくれる人(は居るのだが証明できる物がない)が居ない状態ではマガラ渓谷をメロナ側から越える事は控えたほうがいいと判断したのだ。


 これからのことを考えて、メロナにもアロイにも自分の名前が残るような事はしたくなかった。

 商隊に混じって越えれば商隊が検査を受ける為に、商隊の中の人員まで細かく検査する事はない。反対にアロイからメロナに抜けるときには、商隊の個人でも検査が行われる。これでいいのかといいたくはなるのだが、突き詰めていけば通行料さえ払ってくれれば問題なく通してしまうのだ。

 なにか問題になりそうな場合でも多少多く握らせれば賄賂次第で、関所にいる人間も見て見ぬ振りをしてくれるのだ。


 ミルも、リンから預かっているお金から賄賂を出して商隊に潜り込んだ。


 マガラ渓谷を超えて、まず向かったのはナナの店だ。店の場所や特徴はリンから話を聞いている。

 店はすぐにわかった。ミルは、リンとマヤがアロイに来たのなら必ず寄って報告すると考えていた。何も情報が無い状態では、考えられることをすべて行う必要が有ると考えていたのだ。


 ミルは店に入って、女性と思える店員に声をかける


「すみません。ミトナルと言います。店主のナナ様はいらっしゃいますか?」


「あら。可愛い子。私がナナだけど?アナタの様に可愛い子はマヤちゃん以来ね」


「マヤ!ナナ様。マヤは、リンは、来ているのですか!?」


「あら、アナタ。二人の知り合い?」


「二人は、リンは無事なのですか!?」


「え?あなた、ミトナルと言ったかしら?」


「はい。ミトナルと言います。リンとマヤからは、ミルと呼ばれています」


 ミルはまっすぐにナナの目を見つめる。

 真剣な眼差しを受けて、ミルが冗談で言っていない事や、ナナを騙そうとしている意図がない事が解る。


「あんた、表をお願いね」


 ナナは厨房で仕込みを行っていたガルドバに話しかける。


「俺が”いつ”お前の旦那になった!アスタ!」


「はい。はい。私は、少し奥に籠もるからお願いね」


「わかった!」


 ナナは、ミルを見つめてから・・・。


「こっちに来て、話を聞きます」


「え?あっお願いします」


 ミルは、”藁をも掴む”思いだ。溺れてはいないし、”頼りにならない”とは思えないが、ミルには他に頼る人が居ないのも事実だ。リンとマヤが見つからない。この一点だけで、ミルは軽くパニックになっている。冷静になれば、違う道を行った可能性や、商隊と一緒に居た為にナナの店に寄れなかった。いろいろ考える事ができる。その上、リンとマヤの村の場所は見当がついている。村に急ぐという方法もあったのだ。

 このときのミルは自分で考えている以上に冷静さを失っていた。リンとマヤなら、ナナの店に寄ると思い込んでしまっていたのだ。


「ミルちゃん。どういう事?」


 ミルは、ナナに付いていった。

 奥の部屋に通されて、勧められた椅子に座った。ナナが魔道具を起動するのがわかったが緊張する必要もないと思えた。


「遮音の魔道具ですか?」


「そうよ。あまり効果は広くないけど、この部屋程度なら十分範囲内よ。人に聞かせていい話でも無いでしょ?」


「はい・・・」


 ミルは、少し落ち着いた自分に気がついて、目の前に座るナナがなにかしたのかもしれないと考えたが、教えてくれそうにない事も瞬時に理解した。


「いい子ね。賢く、可愛い子は好きよ。リンくんの次位に好きかな」


「ナナ様・・・。私は・・・」


「様は止めて、リンくんの友達に、様付けされるのは、嬉しくないわ。ナナお姉さまでいいわよ」


 ミルは、ナナのペースに載せられていると感じながらも何故か焦っていた気持ちが落ち着いてきている事に気がついた。


「わかりました。ナナお姉さま」


「キャァァ。嬉しい。でも、特別に、”ナナ”と呼び捨てでいいわよ。お姉さまと呼ばれると変な気持ちになってしまいそうよ」


「それはちょっと。ナナさんでいいですか?」


「いいわよ。それで、ミルちゃんとリンくんとマヤちゃんの関係を教えてくれる?」


「はい」


 ミルは、転生者である事を隠して、パシリカで知り合った事や、襲われそうになったところをマヤに救われてリンに助けられたという話をした。ナナは、ミルの話を黙って聞いた。


 ミルが一気に話した内容を聞き終えてからナナは次の話に入るように言う。


「出会いはわかったわ。何か隠しているようだけど、それはいいわ。ミルちゃんがリンくんの事が好きで、マヤちゃんが大切な存在だって事はわかったわ。それで、何があったの?違うわね。ミルちゃんは何を聞いて、リン君とマヤちゃんが危険だと思ったの?」


「え?」


「だってそうでしょ?危険だと思ったから急いでいたのでしょ?」


「・・・。はい」


「聞かせて」


 ミルは、ローザスとの関係や晩餐会で聞いた話を説明した。


 ミルは話し終えて、ナナの顔を見る。

 ナナは難しい顔をしている。


「ナナさん?」


「ミルちゃん。ちょっとまってね」


 ナナは魔道具を停止させて、部屋のドアを開ける。


「あんた!」


「だから、俺は、お前の旦那じゃない!っで、なんだ?」


「あんた。今朝だったか通過した商隊で、なんか子供が4人メロナで引き返したって言っていたわよね?」


「あぁウノテの所だろう?奴は信頼できる奴だぞ?俺も何度も取引している」


「そうそう、そのウノテさんの所で、メロナから商隊に加わった村長と護衛が怪我をしたとか言ってなかった?」


「あぁ商隊には直接加わっていなくて、マガラ渓谷を越えるために加わったやつだろう?そのまま、アゾレムの屋敷に入ったと言っていたぞ?」


「その村長でも護衛でもいいから話ができない?」


「無理だな。村長は片手を潰されたという話だし、護衛はもう駄目だろうな」


「そう・・・。どこの村なのか、ウノテに確認できない?」


「無理だな。ウノテの奴ももう出ちゃっている。急いでいないが、朝はやく渓谷を越えた利点を活かすだろうからな」


「そうね・・・」


「あっそう言えば、ラーロの奴ならなにか知っているかもしれないぞ?ウノテの商隊から人を雇うとか言っていたからな」


「あんた!聞いてきてもらえる?あと、知っていそうな人にメロナで返した子供の名前か怪我をした村長がどこの村長が調べてきて」


「わかった!おっと、厨房の仕込みが終わっていないけどいいのか?」


「いいわよ。私とミルちゃんでやっておく」


 ナナは、ミルを見ていいわよね?とだけ言ったが、ミルも他に手がかりがないので、承諾するしかなかった。


 15分後に、ガルドバがナナの店に戻ってきた。ラーロと若い男を連れていた。


 そして、若い男はマガラ渓谷の手前で休んだときのことを話した。リンが、商隊の人間と揉めてウノテがうまくまとめたと聞かされた。

 その後にリンの村の村長と名乗った男が二人の護衛と合流してから、リンたちを見ていないと証言した。


 マガラ渓谷を越えるときには、村長と護衛が二人だったが、アロイの街で確認すると、村長は手首を潰されて、護衛の一人は魔物に殺されたと言っていた。

 そして、男が見た事で確証はないという事だが、村長の怪我は魔物が付けられるような怪我ではない。剣で切られた怪我で、手首から先を切り落とされた感じだったと証言した。


 その場は暗く重い空気が支配した。

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