第八章 王都と契約
第一話 ナナ
神殿から出て、王都に向かうことになっている。
シミュレーションを兼ねて森の中の出口を使った。
今は、セトラス商隊が神殿から出て来るのを待っている。
商隊の全員が現状で考えられる手続きをした場合に、商隊がフリークス村から廃墟の村に抜けるまでにどの程度の時間が必要になるのかを計測している。言い出したのは、リカールだ。
フリークス村と廃墟の村の住民以外からは、入場料を取ることに決まっている。
俺としては、銅貨2-3枚でいいと思っていたのだが、セトラス商隊から待ったがかかった。
提案されたのが、商隊が抜けるのに必要な時間を計測して、そこから現状のマガラ渓谷を越える場合に必要な時間との比較で料金を算出する方法だ。
皆が、最初の値付けとしては妥当だと言ったので、計測を行うためのテストを行っている。
ゲートが見える場所で、待機している状況で、やることも無い。
教えられている商隊の規模から考えれば、半数がゲートから出てきた程度だと思う。まだ、半分だ。時間もまだまだ必要になる。
チェックなど慣れていないこともあるだろう。
シミュレーションとしては意味があった。もう少し、簡略化しないと手間だ。
急遽決まったシミュレーションだし、慣れてくれば、いい意味で手抜きができる。自動化できる部分も出てくるだろう。
「本当に便利ね」
ナナが俺の横に来て座った。
ミトナルとマヤは、ゲートの近くで問題がないか確認を行っている
「どうした?」
「アロイの町には悪いけど、気分だけではなく、便利すぎるわ」
「便利?そうか?」
なんとなく、飛行場とかのゲートを想像していたから、もっと簡単に通過させるイメージでいた。
「そうね。リン君がどんなイメージを持っていたのか解らないけど、マガラ渓谷を越えるのに、”死”を覚悟する場面も多いのよ」
「それは、身を以て体験したから解っている。でも、”まれ”に発生する事だろう?」
「”まれ”でも、月に1~2件は聞くのよ?通行料の値上げで使う人が減った状態でも、
「そうか・・・」
「それにね。アロイの町で、何日か泊まる必要もない。メルナに到着して、疲れ切っているのに、立ち去る必要もない。セトラス商隊のリカール殿なら、神殿の入場に”金貨”を払ってもいいと言い出すわよ?」
「はぁ金貨?俺は、銅貨2-3枚で・・・。商隊規模なら、商隊で支払えばいい」
遠くから俺を探している声がしている。
マヤかな?
妖精の状態のマヤが飛んできた。
「リン!」
「どうした?何か、問題か?」
「ううん。リカールが、リンを探していた。話がしたいらしい」
「リカールが?最後だと聞いていたけど?」
「なんか、すぐにリンと話をしたいらしいよ?」
「わかった。ゲートの近くに居るのか?」
「うん。今は、ミルが話を聞いている」
「わかった。ナナ。行ってくる」
ナナに一言だけ告げて、マヤの後を追いかける。
遠慮なく、速度を上げるマヤにはついて行くだけで大変だ。飛んでいるので、地面の影響を受けない。それがアドバンテージになるのは解っているが、後ろについていると理不尽に感じてしまう。
---
走り去るリン君を見送った。
(ニノサ。サビニ。貴方たちの子供は、いい意味でも悪い意味でも、貴方たちの子供ね)
二人から”悪い”所だけを抽出して、濃縮したら出来上がったのがリン君だと思える。
ニノサの人を寄せ付けない態度なのに、人が周りから離れない所とか・・・。
サビニの頼まれごとをしているのに頼んだ方がより大きな仕事をしている所とか・・・。
二人の持っていた、人脈をいいように吸収している。
リン君は解っているようには思えないけど、辺境の・・・。それも寒村の弾かれ者でしかないリン君が、ミヤナック辺境伯の跡継ぎやご令嬢と対等に話をして、優位な条件を勝ち取る。その過程で、アデレード殿下を抱え込んで、ローザス殿下と知り合う。それも、話を聞いていれば、ほぼ対等な立場だ。
他にも、ナッセ・ブラウンやアッシュ=グローズ。そのうえで、セトラス商隊?
トリーア王国の実力者で言えば、上から数えた方が早い様な連中と対等な関係?
本当に、ニノサにそっくり。
リン君に言えば、嫌な顔をするだろうけど、偶然だと思うけど、サビニを陥れたかった連中や王家に反発する連中や教会派閥の連中とは綺麗に断裂している。怖いくらいにはっきりとしている。
そのうえで、敵と定めているのが、アゾレム。
宰相派閥の重鎮なのは、貴族社会の噂話が耳に入る者なら知っている。
アゾレムは、位こそ”男爵”だけど、”裏”の仕事を担当する事で、のし上がっている。
今では、アゾレムに逆らうのは、伯爵家でも難しい。
リン君は、敵がアゾレムだとはっきりと宣言している。
それに・・・。マガラ神殿。
話には聞いていた。ニノサとサビニが、アゾレムの悪行を暴く前に・・・。違うわね。生涯をかけてでも探し出そうとしていた”マガラ神殿”をリン君が見つけた。話を聞いたときに震えてしまった。出そうになる涙を堪えるのに必死だった。
夢物語だと思っていた”マガラ神殿”が存在していた。
それだけではなく、管理者になったのが、ニノサとサビニの子供。兄妹だ。
マヤちゃんの素性は聞いていた。
二人が、マガラ神殿を探している時に、魔物に襲われた子供を保護した事を・・・。不思議な子供だと聞いていた。
マヤと名付けられる前は、今にも消えそうな希薄な存在だった。
まるで、魔物に名付けをした時のように、サビニから力が流れ込んだ。
二人は、マヤと名付けた女の子を、リン君の妹として育てた。
そのマヤちゃんが、マガラ神殿の鍵だった。
二人の思いが紡がれた。
サビニが望んだのは、安全にマガラ渓谷を越える方法の確立だった。
王国は、マガラ渓谷を背に発展していった。
しかし、中央にある湖に進出するためにも、マガラ渓谷を越えなければならない。
湖に踏み入れる為には、他国を侵略しなければならない所まで発展した。
宰相派閥の連中は、他国への侵略を主張していた。
その為に、マガラ渓谷を越えた場所に拠点を作って、多大な犠牲を払って、小国家群に侵攻した。
王国の領土は広がったが、広がった場所は侵攻を主張した貴族たちが領有することになった。
表の話と裏の話が相互に絡み合って、何が真実なのか知っている者は皆無だろう。
解っているのは、アゾレムが王国の裏に連なる物事の一部を握っている事だ。教会にも喰い込んでいる。
リン君が相手にするのはそんな相手だ。
ローザス殿下は、リン君の味方であろうとするだろう。
しかし、状況の変化次第では、リン君をスケープゴートにする可能性が高い。
その時には、王国自体との戦いになるだろう。
ローザス殿下が、アデレード殿下をリン君に託したのは、”人質”を預けたことに繋がる。ローザス派閥の筆頭だと考えられているミヤナック家からも、ルアリーナ嬢がリン君の所に来ている。二人は、リン君の思いや本人たちの思いは別にして、外から見れば人質だと思える。
二人の思い。
アデレード殿下とルアリーナ嬢の態度は、どう見ても、リン君に好意を寄せている。
他にも・・・。リン君との繋がりを求めているように思える。強いのは、タシアナ嬢かな?
でも、ニノサの悪い所を凝縮しているリン君は、彼女たちの思いに気が付いていない。
彼女たちもお互いの気持ちに気が付いていて牽制している。間違っては居ないけど、大きな間違いだ。
ニノサもそうだけど、ミトナルちゃんの様にしないと・・・。サビニが行ったように・・・。
気が付いた時には、二人だけの世界を作られてしまう。彼女たちから相談されたら教えてあげようとは思うけど・・・。
本当に・・・。
(ニノサ。サビニ。リン君は、あなたたちの子供よ。間違いなく。周りを巻き込みたくないと思いながら・・・。でも、周りが勝手に巻き込まれて・・・)
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