逢魔の瞳と人形少女/4-2
七月一日、黄昏刻。綾川病院の駐車場に停められた、紺色のミニワゴンの運転席。
白羽薫は、旧い友人に電話を掛けていた。傾いた陽を視ながら、残された時間を計る。余裕は無かった。
コール音は、決まって、三回。
「久しいな」
相手の名乗りも待たず、勝手知ったると云った調子で、薫は電話の相手に問う。
「頼み事があってな。今、何処にいる。どうせ近くにいるんだろう。御浜か、源か。」
「少し待って」
明るい声色の女が応えた。機械的な声だった。何かを察したように、薫は笑みをこぼす。
「ああそうか、いや、伝言で良い」
「――そうはいかないわ、薫ちゃん。貴女から電話なんて、いつぶりかしら」
声音が変わる。再び、薫は笑みをこぼす。相手側の変容の早さに。
「エマ」
薫が、相手の名を呼んだ。薫の用件も訊かず、電話の向こうで、エマと呼ばれたその女は早口でまくしたてる。
「おかげでドイツに帰られなくなったじゃない。都合の良い国ね、日本って。普段は内々で処理して私たちには指一本触れさせたがらないクセに、ちょっと事故ったからって私たちを使うのよ? 本当、勝手だわ。だから薫ちゃんの声くらいは聞きたかった! じゃないとこんな国の依頼なんて、幾ら積まれても蹴っ飛ばすところだったもの。ああもう面倒。狭っ苦しいったらないわ」
愚痴のようでいて、声は底抜けに明るい。その様は、まるで、自分の宝物について語る子どものそれである。
「そう云ってやるな。こっちにはこっちの勝手があるのさ。抜き差しならない事情が、ね」
「ふうん。國久だか嵯峨だか知らないけど、私たちは便利屋じゃあないんです。ハザードしたらしたで、こんな時くらい、それこそ内々で手を取りあってくれたって良いんじゃない?
なんて、薫ちゃんに愚痴っても駄目ね」
ごめんね、と、付け加えられた。
「すぐに行けるのは御浜の、ね。でも少し待ってくれれば、私本人が到着する。そっちが待ってくれるのなら」
「いつだ」
最初から、薫に、彼女の到来を待つ気は無かった。
エマ本人が来てしまっては都合が悪い。助けにならない程度の彼女であれば不十分だが、御浜にいる彼女であれば相応の彼女である筈だ。だがそれ以上の彼女であれば、何が起こるかわからない。殊、人形絡みとなれば、エマは平然と暴走する。危うい橋だ。
そんなふうに、考えていた。
「御浜に着くのは、今からかっ飛ばして、明日の……あー、全部放り出せば、明日のお昼? でも、そんなわけにはいかないから……明後日の朝……」
最後は、歯切れが悪くなる。
「遅い。今夜の話だからな。お前本人は来なくて結構だ」
「性急ねえ。それで? そんなに急いで、何を私に助けて欲しいの?」
「それは、な――」
薫は、エマに依頼を告げる。
(あの人形は何処へ行った。何に憑かれた。あの家に帰った猫の妖を喰らって、何を視た。――紗羅)
これで良いのか。そう、一抹の不安を抱えながら。
エマが電話の向こうで息を呑む気配を、薫は感じ取った。
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