景色泡沫/夢幻・3

 いややわあ、そんなアホなこと信じてませんよ。

 けど母さん言ってたじゃん。あの子。

 言っとりません。ウチにはそんな余裕無いんわかっとろ。あんた育てるんでいっぱいいっぱいやで。

 ゆとりが無いのは何処も同じ。だって金の話なんてしてないだろ。

 まあまあ、この際ですから。あちらの話は置いておきませんか。もう決まったことですから。

 せやかて、次はウチの番やない。

 次なあ、そんなことないって思いたいんやけどなあ。

 そんなこと、とは。

 は、いやいや、何でしたかなあ。

 あんたは信じとるんやろ。あん子は――。


 ……ばくだんゲームみたいだ。一年のときだったか二年のときだったか、とにかくそれくらいの頃に、クラスみんなでやってたあの遊び。


 後生ですけ、堪忍してえな。

 じゃあどうするのさ。ほっぽり出すか。私ぁ構わんよ。

 決めていた通りに、とは難しいでしょうな。先にやられたんじゃあ、もう打つ手無しでしょう。

 やったら何もこっち見んでええんと違うか。

 くっだらね、何うだうだやってんだか。

 おい。

 最初から結論ありきだろ、これ。何の為のこいつだよ。

 いい加減にしなさい。失礼だろう。や、これはお恥ずかしいところを。これじゃあじいさんも浮かばれませんなあ。

 あんたまでそんな調子じゃあねえ。

 はは、でしたら、ここはひとつ。


 ……みんなで円になって座って、音楽をかけて、ばくだんに見立てたボールを回す遊び。音楽が止まったときにボールも持ってた人がアウト。みんなして隣の人にボールを押し付け合ったっけ。きゃあきゃあ騒ぎながら、時々わざとボールを抱え込んだりして。


 こちらで――よろしいですね。


 ……どうして、あれが楽しかったのだろう。ただボールを回していただけなのに。音楽が止まったら抜ける、たったそれだけのルールの中のどこスリルなんてものを感じて笑ってられたのだろう。何が楽しいの。何を求めたの。どうしてばくだんは爆発してはいけないの。頭から爪先までバラバラになってしまえるのに。音楽が好きなら、どうして。音楽の何が好きだったの。何を思って、あのひとたちはどうして怖がっているの。そんなに、死ぬのが怖いの。全部終わらせてくれるのに。怖いのも、全部。面倒な宿題も、明日が見えない毎日も、押しつぶされそうな私も、全部ひっくるめて。昨日、私はどこにいたんだっけ。一昨日は。一月前は。全部、あったとしても、無かったことと同じ。死んでしまえば。私は私を知れないから。知らないから。とても、今の私なら安心できる。静かになれる。この世が、私が。私がいないから、いないことも私にはわからない。静寂、違う。寂しさも静けさもありはしない。ない、ことすら、ない。だからそこはそこですらないと思う。けれどそこはとても安らかだろう。安らかともわからない私を想像できるそこは、今の私を知る私にはとても好ましいところだ。そこにいる私はその好ましさも知らないのだろうけれど、だからそこがいい。問いかけなくていい。答えはないから。


 どうして、みんな逃げ出すの。わからない必要もなくなってしまえるのに。


 ――それだけを口にするまで、ずっと眼を瞑って思考していた。

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