5.逢魔の瞳と人形少女
逢魔の瞳と人形少女/1
彼女は、白いベッドの上で、己の精神を抑えていた。
身体のいたるところに包帯が巻かれ、ガーゼが当てられ、腕には点滴が刺さっている。唯一、動くのは首から上に限られ、視界は以前のそれと比べて質感が薄い。右眼が潰れてしまっていたからだった。
これならば、起きていても眠っていても変わらない。
彼女はそう思考して、それ以上の思考を放棄しようと努めた。痛みという痛みが全身から伝わっても、既に彼女にはそれを耐える他に手段が無く、苦しむだけ無意味だと判断する。彼女が最ももの思うべきは、けれどもその身の傷の数々に増して深刻な現実にあったが、それも彼女の無力さを前にしては、ただの無意味な悩みか、心配か、不安か、或いは悲しみに過ぎなかった。
彼女は、ある惨劇に遭って尚、生き残った唯一人である。
全身に傷を負い、一時は意識を失って生死の境を彷徨っていた彼女であったが、殆ど奇跡的に一命を取り止めた強運の持ち主だった。少なくとも、事実のみを知る人にはそう思われた。彼女は人知れず、自らに命ある事を呪い諦め切っていたのだが、表には出さなかった。ただただ、孤独に、傷が癒える日を待ち続けている。
そうして表面上は平然と微睡んでいても、日がな毎日、眠り続けられはしない。蒼の強まった烈しい光に思わぬ昂りを憶えて眼を開けて視れば、其れは、ブラインドの隙間から差し込まれた月光であった。時計を確かめれば、午前二時。幾ら夏至を過ぎて半月も経っていないとはいえ、朝が来るには早過ぎる時刻だった。
月の光如きに覚醒した己の頭を、さては頭を強く打ち付けたせいでいよいよおかしくなったかと苛立ちながら、彼女は再び瞼を閉じ――、
――神崎美優は、全身総毛立つ異様な気配に、双眸を開いた。
――死した……、
迫る。
――死した、
白い気配。粛々と、猛然と。
――生者――。
白い、致命の気配。
死した、生者だ――!
逃げよう。
そう思考するも、美優の身体の自由は効かない。
身を捩れば捩るだけ、無視していた痛みが叫び暴れ狂う。内側で爆ぜる痛みに、けれども歯を食い縛って身を起こそうともがく。が、そもいたるところが壊れた身、臥したまま寝返りすらも打てぬ身体では、ベッドから這い出ることすらままならない。
――死した、生者だ。
直ぐ耳元で、声無き声が呻った後。
きぃん、と小気味好い音と共に、おぞましきソレは気配を消した。
美優は、強張っていた全身を、理由も解らないままに脱力させながら、身体中を暴れ回る痛みの余韻によって、明るい蒼の夜の淵へと落とされていった。
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