景色泡沫/9

 手段を選んでいる余裕は無かった。薫にとっての最大戦力は、しかし行方が知れない。明け方まで待っていられそうにはなく、連絡手段を用意しておけば良かったと後悔したところで、目の前が消えてくれるコトもない。

 だから、使えるモノは総て使うしかなかった。

「外れてる」

「云われなくても」

 知っている、と付け加えるより先に、手負いの獲物は屋敷の外へと跳躍する。

 夜のしじまを切り裂いた銃声は、けれど誰の眠りも妨げず夜空に吸い込まれていった。

 蜘蛛の如き姿をした其の妖は、致命となる筈だった最後の一撃から逃れている。

 ――衝動的なクセに、妙なところ、理性が残っている。アレではまるで――。

 本来の左腕も失って、霊柩の修理も不十分。こうする他に手段は無く、あるモノ総てをかき集めてどうにかするしか無かった。世間に背を向けたこの屋敷でも、骨董品Gewehr 98の派手な炸裂を隠し通せたかは疑問だ。掃除だって敵わない。

「まだ夜も深い。あの子は帰って来ないだろう。雪を起こして来てくれないか」

「私が?」

「片付けだよ。君にも手伝ってもらいたいけれど、どうだろう」

「……そう」

 彼女の眼となっていた少女は、二色の双眸で薫に一瞥をくれると、屋敷の奥へと戻ってゆく。

 不出来で、無惨。

 そんな感想を抱きながら、彼女は、貪られ散らばった人形たちの残骸を見詰めていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る