頁陸拾弐

 あれから、何時間か経った頃でしょうか。目覚めた僕は顔を上げました。

 透無虚鵺とうむからやの姿は見当たらず、ずっと一人で放置されていたようでした。


 どうにかして縄を解き、ここから逃げ出せないか考え始めたその時、ドアの向こうから複数人の声と足音が聞こえてきました。


「春君っ!!」


 開け放たれたドアから、白咲さんを始めとした不死者総滅隊ふししゃそうめつたいの人達が現れました。

 その時の白咲さんは、とても切羽詰まっているような表情で、そんな顔も出来るのかと少しだけ驚いたのを覚えています。


「大丈夫!? 怪我は? 何かされたりしてない?」


 すぐに駆け寄って僕の縄を解くと、彼女はそう矢継ぎ早に訊ねてきました。


「落ち着け、立華! 気持ちは分からんでもないけどさ」


「でも仕方ないんじゃない? 一番心配していたのはこの子なんだから」


「そうさな。しかし早くせねば──」



「早くしないと、何だい?」



『────ッ!!』


 いつの間に来たのか、ドアの前に透無虚鵺とうむからやが立っていました。

 またあの威圧感が、僕達を襲います。


「ふうん。なんだ、ハヤミは来てないのか。魔力は少しだけ感じるけど……。ああ、多重霊魂結界か。確かにそれならボクの魔力にも耐えられるかもね? まあ……」


 くすくすと嘲笑うと、彼は冷え切った瞳でこちらを見ました。


「それだけでボクを殺せる訳ないけどね?」


「………………」


 それを聞いた白咲さんは立ち上がると、透無虚鵺とうむからやの方へと近付きました。そして部屋の中心に来たところで、逸弥さんから貰ったあの短刀を抜きました。


「お前の殺し方ならとうに分かっているわ」


「……へえ? じゃあ聞かせてもらおうか。どうするんだい?」


「お前はあの時、銀を克服したと言ったわ。けれどそれは不可能。でしょう? 逸弥さんから聞いたわ。どう足掻いても、その縛りが解ける事はないって」


「本当にそうかな? 一度それで試してみるといいよ。それとも……ボク自身が実証した方が早いかな?」


 透無虚鵺とうむからやは懐から銀色の弾丸と拳銃を取り出すと、弾丸を銃に込め、何の躊躇いもなく自身の頭部を撃ち抜きました。


「ほら、ね?」


 ですが彼は灰になる事はなく、傷もすぐに塞がってしまいました。


「これは、君達のいたアジトから手に入れた正真正銘の銀の弾丸さ。まあ、見れば分かると思うけど」


 透無虚鵺とうむからやの言葉やそれを見ても、白咲さんは特に動じていませんでした。


「……前に不死者が、変わった特性を持っていたわ」


「うん?」


「今のお前みたいに、銀の弾丸を喰らっても死ななかったの。おかげで、手足が使い物にならなくなるほど追い詰められた。けれど、春君の持ってきたを撃つ事で殺す事が出来た」


「あ──」


 僕はそこであの不死者を思い出しました。そう、七羽与形しつうよがたです。

 彼を殺す決定打になったのは、人魚の少女から貰った……、でした。


「一番、この答えを信じようと思ったのは、あの人を……虎遠さんを殺してからだった。あの人は、お前の目を埋め込まれたせいで、人間でありながら半分不死者のような状態になっていた。──同じような状態の人間に、一人だけ心当たりがあるの。どんなに大きな怪我をしても生き延びる。他の人より怪我が早く治る。……両足と左腕を失っても、こうして生きている」



「──お前の心臓は私の中にある。違う?」



 その場にいる誰もが息を呑みました。

 その話が本当ならば、彼を殺すには……。


「……ああ……!!」


 白咲さんの答えを聞いた瞬間、透無虚鵺とうむからやは心底感動したような、興奮したかのような声を上げました。


「やっぱり、あの時に君を選んだのは間違いじゃなかった……! そう、正解だよ! 君の中には、ボクの心臓がある!! 正確には君の心臓の右隣だよ! でも……」


 意地の悪い笑みを浮かべると、透無虚鵺とうむからやは白咲さんを蔑むように見ました。


「それで? 分かったところで、どうやってボクを殺すんだい? ……出来ないよね? 君は、ボクの心臓によって生かされているも当然なんだから! ボクを殺すために自分を犠牲にするだなんて、そんな事──」


「出来るわ」


「──え?」


 白咲さんは短刀を構え、──あの時はよく見えませんでしたが、おそらくは──自身の胸に押し当てました。


「な、何をして……。嘘だろ? だって君達人間はいつだって自分の命が大切で、誰かを殺すためだけにそんな……」


 出会って初めて、透無虚鵺とうむからやは狼狽していました。本当にそれは予想外の行動だったのでしょう。その時だけは、まるで普通の人間のようでした。


「人間を舐めるな透無虚鵺とうむからや!! お前はここで死ぬんだ!!!」


 そう叫ぶと、白咲さんは振り返ってこちらを見ました。そして


「──今までありがとう」


 彼女は穏やかに微笑みました。皮肉な事にそれが初めて見た、白咲さんの笑顔でした。

 目を閉じると、彼女は短刀を……



 自身の胸に、突き刺しました。

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