第十二話『復讐の定義』

頁参拾漆

 もう夏も終わりに近づいてきましたね。……夏休みが終わるのが寂しい?

 ふふ、そうなんですね。僕は学校に行った事がないので、少し分かりませんが……。


 ええ。読み書きはほぼ独学で覚えました。故郷の村に学校はありませんでしたし、学校のある隣町には、最初に言った通り、徒歩で半日はかかりますから。


 実は、僕の父は元々作家でして。

 だからか、父は自身の小説を絵本代わりにして、僕に字を教えてくれました。

 難しい漢字は、死後に残された辞典で調べながら覚えました。

 こういう話をすると、毎回驚かれますね。まあ、確かに職業柄、普通は学校に行くものですし。


 ……僕の話はここまでにして、今日も白咲さんとの旅の話をしましょうか。

 さて、どんな話が聞きたいですか?


──────


 透無虚鵺とうむからやと出会ってから、白咲さんは駆り立てられるように東へと向かっていました。


 一つの村や町に滞在する日数も自然と短くなり、ある時は野宿すらせずに夜通し歩いた事もあります。


 よほどの事がない限り、その場で不死者の情報を集める事もなく、やっと得た透無虚鵺とうむからやの手掛かりを逃してたまるものかという彼女の執念を感じました。


 そんな旅路の中、僕達は観光で栄える町を訪れました。

 その町はいたる所で温泉が湧いており、数々の効能を求めて多くの人が訪れていたのです。


 僕達も温泉宿に泊まったのですが、普通の宿と違って宿代が前払いでした。

 不思議に思い理由を尋ねると、店主はため息混じりに答えました。


「たまにだが、宿代も払わずに消えちまう奴がいるんだよ。だから旅の者には先に払ってもらう事にしている。この町の宿はほとんどそうだぜ」


「なるほど……」


「ただなあ、消える奴は決まって……そう」


 店主は突然白咲さんを指差しました。


「嬢ちゃんみたいに、首にリボン巻いてる奴なんだ。色はそれぞれ違うがな。ほら、今のうちに払え。文句言われたくなけりゃな」


「…………」


 それを聞いた白咲さんは僅かに怒っているような、訝しむような、複雑な表情をしていました。

 

 その反応が気になった僕は、部屋で何故か聞いてみました。


「消えた旅人が全員このリボンを巻いていたと言うのなら、全員不死者総滅隊ふししゃそうめつたいよ」


不死者総滅隊ふししゃそうめつたいって……あの?」


 これまでにも何回か話に出てきたと思うのですが、覚えていますか?

 はい、不死者総滅隊ふししゃそうめつたいはかつて白咲さんが所属していた、不死者に復讐するために結成された秘密組織です。

 白咲さんが止めの一撃に使用する銀の弾丸を発明、製造していた所ですね。


「ええ。このリボンは組織の一員である証拠でね。特殊な金属を糸状に加工して織られている。少し重たいけれど、燃えたり破れたりしない優れものよ」


 確かに、そのリボンはよく見ると普通の物より光沢が強く、布よりかは金属に似た輝きをしていました。


「持ってみる?」


 白咲さんからリボンを受け取ると、確かに少しずしりとした重さを感じました。

 そうですね……、金属製のネックレス程度の重さだと言えば分かりますか?

 ああ良かった。 色? 色は赤です。白咲さんの目と同じ、鮮やかな赤。

 いつも白と黒しかない白咲さんの格好に、そのリボンはよく似合っていました。


「それは、私達そのものでもある」


「え?」


「私達は常に、複数で一人の不死者に挑んでいた。けれど、それでも味方側に死者が出る事がある。不死者に道連れにされたり、仲間を庇ったりしてね。そんな時に、唯一遺せる形見がこのリボンなの」


「形見……」


「だから、このリボンだけが私達の生きた証だと。……そう、聞かされたわ」


「聞かされた、というのは……」


「組織に入る時、リボンを渡されると同時に必ずそう教えられるの。一人一人色違いで、すぐに誰か分かるように。私も皆の色は全て覚えているわ」


「…………」


 手の中のリボンを見つめる白咲さんの目は遠く、当時を懐かしんでいるようで、僕は胸が締め付けられました。

 その目だけで、白咲さんにとってどれだけ大事な場所だったのかが分かったからです。


「もしも店主の言う通り、消えてしまったのが白咲さんのお仲間だったら……」


「きっと何かあったはず。……例えば、そう──不死者に関する何かが」


「そうとなれば、手掛かりを探しましょう。もちろん、僕もお手伝いします」


「……ありがとう。よろしくね」


 そうして僕達は、その旅人達が消えた理由を探す事となったのです。


──────


 次の日、僕達は町のあちこちへ聞き込みに行きました。ですが特にこれといった情報も掴めず、宿に戻ろうとした矢先。


「あの、そこの人。旅人さん、ですね?」


 突然背後からそう声をかけられました。

 驚いて振り向くと、そこには一人の青年がいました。

 年と身長は当時の僕と同じくらい。黒髪と茶色の目を持った、ごく普通の一般人に見えました。


「はい、そうですが……」


「ああ良かった。先程近所の人から、貴方が消えた旅人を探していると聞きまして。実は僕もそうなんです。協力しませんか?」


「本当ですか!?」


 それは願ってもない提案でした。まるで、仏様のようだと思ってしまったくらいです。


「ああ、申し遅れました。僕は弓季渉律ゆみときわたりと言います。しがない物書きです」


「明哉春成です。早速ですが、貴方も消えた旅人を探しているというのは……」


「立ち話も何ですし、もしよかったら僕の家に来てください。案内しますよ」


「はい、お願いします」


 僕は二つ返事で、渉律さんの家に行く事にしました。

 ですが、今思えば白咲さんと一緒に行った方が……いえ。

 僕一人で正解だったのかもしれません。


 そこで僕は、重大な命の危機に見舞われる事となったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る